◆電光石火の6月政変劇は、鳩山「下し」が、鳩山の粘り腰で小沢「道連れ」心中へ展開し、さらに親小沢・反小沢派の奪権闘争の火が噴き、49時間後に反小沢派の全面勝利に終わった。ポスト鳩山・小沢を睨んで今年1月から周到な準備を整えていた仙谷(由人)―菅(直人)戦略が図にあたった。
◆仙谷ー菅連携による奪権への策謀は今年1月に密かに始まった。1月6日の藤井裕久財務相辞任が暗黙の狼煙(のろし)となった。藤井氏の財務省辞任は、前年暮れに小沢幹事長が突きつけた民主党としての予算要求で、道路財源をめぐり財務省の予算編成の骨格が覆されたことへの反発が直接原因とされるが、小沢氏の不透明な政治資金をめぐり自由党時代の政党助成金をめぐる処理問題が遠因としてあった。藤井氏が自由党幹事長であった当時の話であり、藤井氏には過去の小沢金脈へのかかわりを断つ含みもあったとされる。
藤井辞任をうけ菅副総理・国家戦略担当相が財務相へ横滑り、国家戦略担当相を仙谷由人行政刷新相が兼務、2月10に枝野幸男氏が行政刷新相に就任した。このときの菅、仙谷、枝野3氏が、6月4日、菅氏が党代表に就任後、事実上の組閣チームを構成した。菅、仙谷両氏は、今年度予算案成立後から、消費税増税と法人税減税とのセットによる抜本税制改革論を声高に打ち上げ、党内外をリードした。今年度予算編成過程で明らかになった民主党政権の弱点である「財源論」を克服するためだ。経済界は菅・仙谷路線を歓迎するとともに、民主党政権に昨年夏の総選挙のマニフェスト路線からの転換を期待した。子ども手当に象徴される集票のためのポピュリズム政策からの脱却を求めた。鳩山―小沢路線の継続では政策転換が、即、公約違反のそしりをまぬかれない。菅―仙谷両氏は、政治とカネ、普天間問題で、いずれ行き詰まり、早晩、鳩山―小沢体制の退陣という事態へ向かいつつある状況を横目に睨みながら、水面下で「反小沢枢軸」を形成した。
鳩山辞任表明後のた菅代表への流れが一挙に党内を制した。水際立った反小沢網の形成には、半年近い熟成期間があったというわけだ。
◆鳩山由紀夫首相が辞任表明した2日午前10時からの両院議員総会は、小沢一郎幹事長サイドが、鳩山「解任」決議を目論んでセットされたものであった。幹事長支持により、党本部職員は早朝出勤を命じられ朝7時半までに党所属衆・参両院議員全員へ両院議員総会の開催通知を連絡させた。欠席する議員については奥村展三総務委員長への委任状の提出を求めた。首相解任決議へシフトを敷いた。総会では、しかし、前夜、小沢氏から辞任の意思を取り付けた鳩山氏が「幹事長の職を引いていただきたいと申し上げ、幹事長も『わかった』と申された」と、そのやり取りを披露し、ダメを押した。最終段階で、反小沢体制の構築に、退陣する鳩山首相も一役買ったというわけである。
◆仙谷ー菅連携による奪権への策謀は今年1月に密かに始まった。1月6日の藤井裕久財務相辞任が暗黙の狼煙(のろし)となった。藤井氏の財務省辞任は、前年暮れに小沢幹事長が突きつけた民主党としての予算要求で、道路財源をめぐり財務省の予算編成の骨格が覆されたことへの反発が直接原因とされるが、小沢氏の不透明な政治資金をめぐり自由党時代の政党助成金をめぐる処理問題が遠因としてあった。藤井氏が自由党幹事長であった当時の話であり、藤井氏には過去の小沢金脈へのかかわりを断つ含みもあったとされる。
藤井辞任をうけ菅副総理・国家戦略担当相が財務相へ横滑り、国家戦略担当相を仙谷由人行政刷新相が兼務、2月10に枝野幸男氏が行政刷新相に就任した。このときの菅、仙谷、枝野3氏が、6月4日、菅氏が党代表に就任後、事実上の組閣チームを構成した。菅、仙谷両氏は、今年度予算案成立後から、消費税増税と法人税減税とのセットによる抜本税制改革論を声高に打ち上げ、党内外をリードした。今年度予算編成過程で明らかになった民主党政権の弱点である「財源論」を克服するためだ。経済界は菅・仙谷路線を歓迎するとともに、民主党政権に昨年夏の総選挙のマニフェスト路線からの転換を期待した。子ども手当に象徴される集票のためのポピュリズム政策からの脱却を求めた。鳩山―小沢路線の継続では政策転換が、即、公約違反のそしりをまぬかれない。菅―仙谷両氏は、政治とカネ、普天間問題で、いずれ行き詰まり、早晩、鳩山―小沢体制の退陣という事態へ向かいつつある状況を横目に睨みながら、水面下で「反小沢枢軸」を形成した。
鳩山辞任表明後のた菅代表への流れが一挙に党内を制した。水際立った反小沢網の形成には、半年近い熟成期間があったというわけだ。
◆鳩山由紀夫首相が辞任表明した2日午前10時からの両院議員総会は、小沢一郎幹事長サイドが、鳩山「解任」決議を目論んでセットされたものであった。幹事長支持により、党本部職員は早朝出勤を命じられ朝7時半までに党所属衆・参両院議員全員へ両院議員総会の開催通知を連絡させた。欠席する議員については奥村展三総務委員長への委任状の提出を求めた。首相解任決議へシフトを敷いた。総会では、しかし、前夜、小沢氏から辞任の意思を取り付けた鳩山氏が「幹事長の職を引いていただきたいと申し上げ、幹事長も『わかった』と申された」と、そのやり取りを披露し、ダメを押した。最終段階で、反小沢体制の構築に、退陣する鳩山首相も一役買ったというわけである。