◆民主党の小沢一郎幹事長の政治団体「陸山会」名義による土地取引をめぐる疑惑事件で陰の主役としてクローズアップされた水谷建設と小沢氏との接点は、どこにあったのか。年明けからの湯水のごとくあふれる小沢資金疑惑報道だが、その点に触れた報道はない。
水谷建設は三重県桑名市で1960年に水谷建材の名称で設立された。新産業都市建設計画など高度成長政策の波に乗って雨後の筍のように誕生した地方の一土建会社であった。大型重機械による土木工事を得意分野として東海地区から「全国区」へと市場拡大をはかり、50年をへて日本で最大級のダム工事(国営胆沢ダム)に一次下請けとして参入するまでに至った。
◆水谷建設が全国展開できるまでに成長したあとを振り返ると一人の政治家の存在が浮かび上がる、水谷建設本社所在地と同じ桑名市生まれの山本幸雄である。旧中選挙区制時代に桑名市を含む三重一区で60年代から80年代末まで衆院議員を通算7期、中曽根康弘内閣で自治大臣を勤めた。山本は、旧内務官僚で戦後は警察畑を歩き大阪府警本部長を経て建設省事務次官で官僚生活を終えた。政界入り後に田中派へ入り、竹下派へ連なった。
水谷建設は、地元選出の山本幸雄を政界への1つの有力な足場としながら、業界でのしあがる。水谷建設と小沢一郎事務所との間を取り持ったのは山本幸雄議員事務所であった。山本議員事務所と同議員秘書は当時「水谷建設の在京事務所といってもいい働きをしていた」と旧竹下派で一緒だった同僚秘書は語る。山本幸雄秘書の1人は現在、民主党衆院議員の秘書を勤める。
◆1990年2月総選挙で山本幸雄の後継を名乗って初当選したのが岡田克也現外相である。岡田氏の出馬に当たって父・卓也ジャスコ会長が小沢氏を訪れて「息子の自民党公認」を頼み込んだエピソードはよく知られている。岡田外相は、小沢氏の土地取引疑惑問題で終始、口を閉ざしている。
桑名と水沢の2点を結ぶ線が1つに重なるではないか。
水谷建設は三重県桑名市で1960年に水谷建材の名称で設立された。新産業都市建設計画など高度成長政策の波に乗って雨後の筍のように誕生した地方の一土建会社であった。大型重機械による土木工事を得意分野として東海地区から「全国区」へと市場拡大をはかり、50年をへて日本で最大級のダム工事(国営胆沢ダム)に一次下請けとして参入するまでに至った。
◆水谷建設が全国展開できるまでに成長したあとを振り返ると一人の政治家の存在が浮かび上がる、水谷建設本社所在地と同じ桑名市生まれの山本幸雄である。旧中選挙区制時代に桑名市を含む三重一区で60年代から80年代末まで衆院議員を通算7期、中曽根康弘内閣で自治大臣を勤めた。山本は、旧内務官僚で戦後は警察畑を歩き大阪府警本部長を経て建設省事務次官で官僚生活を終えた。政界入り後に田中派へ入り、竹下派へ連なった。
水谷建設は、地元選出の山本幸雄を政界への1つの有力な足場としながら、業界でのしあがる。水谷建設と小沢一郎事務所との間を取り持ったのは山本幸雄議員事務所であった。山本議員事務所と同議員秘書は当時「水谷建設の在京事務所といってもいい働きをしていた」と旧竹下派で一緒だった同僚秘書は語る。山本幸雄秘書の1人は現在、民主党衆院議員の秘書を勤める。
◆1990年2月総選挙で山本幸雄の後継を名乗って初当選したのが岡田克也現外相である。岡田氏の出馬に当たって父・卓也ジャスコ会長が小沢氏を訪れて「息子の自民党公認」を頼み込んだエピソードはよく知られている。岡田外相は、小沢氏の土地取引疑惑問題で終始、口を閉ざしている。
桑名と水沢の2点を結ぶ線が1つに重なるではないか。