24年ぶりの六本木
なぜか、この時期に「3J」が六本木に集合した。.ひと月程前にJSから突然の電話は、「5日の夜,六本木で会食予定を入れておいて」の一言・・・。大専務からの依頼を断る程の度胸など無い。5日当日に再びTELで、「六本木交番前で、六時だから、、、。」と相変わらず?やっとの事で「あとのメンバーは?」と聞き返した。「勿論JTさん」の一言で終わりなら、なぜ一月前には内緒にしたの?別段断る相手でも無いでしょう!JTは、電撃合併をわずか5日前に成し遂げた我が出身損保の大社長!出会うや否や、二人の計算上ではあれから24年たったのだと二人で手帳を見比べる。引き続きはじまった二人の想い出話は、会談の意味が二人には分かっていたからだろうが、こちとら一体何が始まるの???ただ構えるのみいや、二人の記憶のすごい事、大会社の首脳になるには、これ程つまらぬ事も全部頭の中に残っているのだと、マジ感心して、記憶力の弱さに劣等感か、ボケ状態か疑ってしまったり、、、。思えば、25年前、jsに業務引継ぎを行った場所が、六本木アマンド、翌年田舎まわりから赴任したJTの歓迎会をしたのが、24年前という事だった。間違いなく、彼等に都会のバブルをご教授したのは、今や零細企業のしがない経営者Jtであった。(しかし、何度かこの地でその後も飲んでるぞー何でまた??ならば、「お陰で無事勤め上げました。そのスタートがこの六本木,ありがとう」が、会合の趣旨であり、場所が此処でなくてはならないのだが、とても「そんな玉」の二人であるはずも無いし???せいぜい、「零細企業は大変かい?」と冷やかし半分なら承知しないぞ!結局その意味不明な会合は、三人の出会いは24年前の六本木だった事だけは紛れも無い事実であり、その結果が今日の大合併を作った事だけは間違いない事実であると納得して、互いに確認させてもらったのみ!(別に大きな意味は無し!)唯一新たな会話で確認できた事実は、その10年後のゴルフ会談で「将来の社長はJT,副社長はJt,僕は専務でいいよ」と言って、納得した時間(瞬間)が確かにあったこ???その五年後にJTが大社長、Jtは我侭退職、翌年JSは大専務となったんだった。そしてまた10年を経て、今日の六本木。初めて、実体的割り勘負けの現実を味わいつつ、この25年重ねた飲み会と取られた握りの大きさに、大きな溜息とともに我が人生を振り替える。酒が飲めないハンデイは、サラリーマンには致命傷だったのかも、、、と!(この行はきっと三人以外は意味不明かも)あっという間に、最悪の瞬間がやって来る。そう言えばその後も何度かあった気がする。黒塗りの車が近づく瞬間だ。((そういやーやっぱり最近避けていた訳だった。)「今日は、経費でタクシーを奮発するぞー俺だって社長さんだ…」あれから25年、退職して、はや7年。勿論、後悔など微塵も無いし、一人で歩き出したこの7年の充実感は、黒塗りの車に負けるものでは決してない。(断じてない、いやないはずだ!)初めての起業が、やっとスタートする。たとえ大失敗になったとしても、それが自分らしい生き方だった。多少感傷的になったのは、やっぱりあの素晴らしい会社が消滅する瞬間が交錯するからだろう!「また、三人でゴルフを始めよう」が、今夜の結論となったけど、別段こちらから中断した訳でも無し、「喜んで幹事をひきうけますよ」とお返ししておきました。でもこのブログの本音には、どこかに引っ掛かりが見えるよね?なぜかは知らねど、、、でも副社長のポストよりは今の自分が有っているよ!中小企業のおっさんが、似合いどころと自分で自分を評価できるから、、、。