こんにちは。寒いですね。
お客様コンサルティングチームの馬渕です。
本日ついに京都でも雪が降りました。
私の自宅は左京の山の側なので、10cm強くらいは積もっていたように思います。


写真はオフィスの近くの私のお気に入りの場所です。
うっすら積もった雪も綺麗だなーなんて思いながらお昼の時間を過ごしてました。
でもなんだか時々、田舎ものの私には京都はすごく都会な気がします。
例えば今日なんかは、急な積雪に道路も渋滞、
焦った運転手が引き起こした事故にも遭遇、街ゆく人もなんだか眉間にしわを寄せて、いつもよりせわしない気がして、、、「あぁ都会だなー」なんて思ったり。
私がここに来る前に住んでいた奈良の山奥では、
雪が降るとみんな仕事を休んで雪かきをします。
誰が何を、どこを何時までやる、なんていう決まりも約束もありませんが、
早起きした人から順にずーっと手作業で、庭や目の前の道路の雪をかいていきます。
子供から大人までそうやって一日がかりで雪かきをして、
やってもやってもまた積もって・・・
でも誰一人憂鬱そうな人はいなくて、それどころかすごく体も心も温かくなります。
便利な世の中になり、私もその便利さに甘えている一人ですが、
何があっても幸せそうでこつこつと働く昔ながらの人たちを、
私は本当に素敵だと思うし、感動します。
今は、日本の四季を体と心で感じる人が少なくなったなあと感じていて、
それが良いとか悪いとかではないんですけど、ちょっと寂しい気がします。
そういう自然の移り変わりをしみじみ感じることが出来ていた時代の人たちはきっと、
食べ物や衣類、何を今すべきなのかということまで、
その時そのとき自分にフィットすることが自然と起きてくるし、
体感で自ずと分かる、そんな感覚を持っていたと思うんです。
裕福ではなくともいらいらすることなんてなかったんじゃないかな、、とも思います。
それが、本来の人間の姿なんじゃないかとも思うんです。
想像ですけど。
うちの子供の感覚はそれに近い物があって、
いつも驚きの連続です。
どんなときも楽しそうで、いつも私を励まし応援し、
高熱でふうふう言いながらもあたふたする私の側に、いつも笑顔でいてくれます。
今日みたいな雨や雪も楽しむ心を持っていて、
外に出るのをおっくうそうにしている私の手を引いて、
預け先までの路をゆっくり歩く時間は本当にかけがえないです。
そんな中、今朝みた近所のお父さんと子供の会話↓
子:「ゆきだるま作ろうよ」
父:「いやもう部屋はいろうや、寒いし・・・テレビ見よや」
うーん・・・ちょっと悲しくなりました。
今の子が大人になったとき、
世の中は無機質な物ばかりであふれかえってしまうのか、
いや、今のような世の中だからこそ、ビビッドな感覚の救世主が現れるのか、
それはわかりませんけれど。
地震、異常気象、地球が上げている数々の悲鳴に
私自身も戸惑いを隠せないままここ数年過ごしてますが、
地球への恩返しを、会社でも個人でも考えて行きたいなと、改めて思いました。
あれ・・・なんだかだいぶ話が逸れたように思いますが
長くなりそうなのでこの辺で失礼します。
皆さん、今日のような天気の日は、生活は不便になったり、
仕事が予定通り進まなかったり、
現代社会においての不都合はいろいろあると思います。
けれど、ほんの少しの間、足を止めて、呼吸をして、
真っ白な雪景色を眺める時間などを作ってみてはいかがでしょうか。
馬渕 清香