もう1年...娘のいない日を重ねて | カウンセリングルームプレム

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突然の、娘の死から1

18日に一周忌法要を済ませて

 

月の初盆、そしてこの一周忌

あらためて、もう娘はいないのだと

思い知らされる時間でした。

 

折々に浮かぶ思い出と

たくさんの「たら・~れば」の問いかけ、

そして自責と諦め。

そんなことの繰り返しの日々でした。

 

家から見える、娘が亡くなった場所の方向の景色。

命日までは「去年の今頃はまだ生きてあそこにいて」とか

思い出を浮かべては悲しさと寂しさに涙して。

それが一年過ぎてしまうと、同じ景色も「すでにいなかった」に。

 

この差の大きさに衝撃を感じた。

それまで悲哀たっぷりの情緒的な景色が

単なる景色になってしまう

本当にいなくなってしまったんだと思い知らされる

 

葬儀が済んで火葬された週末のあの時間がくるこの週末

今度は「この世から肉体すらなくなった」と

重く辛く過ごすのか

そのあとの自分がどんな気持ちになるのか

 

「実は去年娘を亡くしまして」が2年前、3年前となっていく、

娘の死からどんどん時間が過ぎていくのが

とてもとても悲しく、寂しい。

 

喪失から1年の節目に立って、悲しみの質も変わって

さていよいよ、自分の人生の新しい章を始めないとと

思いながらも、なかなか。。

 

それでもグリーフケアに触れる中で

学んだこと、感じたこと、その変化を

ブログに都度書いて、同じ悲しみを抱えた方に

なにか少しでもとなれたらと思う今日であります。