届くまでに多少時間もかかったが、憧れに憧れまくった、この銘機を遂に所有出来た。
結局、消費税込みで39万円…!!!!
しかしこの額でも、この機種にしては安い部類だ…
金がある訳でもないし、今では思うように弾けない。バンドをやるつもりもない、何かを表現したい訳でもない。
結局、この自分の魂を鎮めるためだけに、大金を払ったようなもんで、むしろ宗教行事に近い行為とさえ思っている…。
もし自分がこれを手にする前に、突発の事故や病気で死んだならば、現世に未練を残して、成仏出来ないとさえ思っていたし。
そしてこれが届いた時、段ボール・プチプチ…やたら厳重な梱包を解いて、ハードケースを開けると、そこには夢にまで見た名機が横たわっていた。
往々に、楽器には女体的な意匠を凝らすという向きもあるらしく、そう言われて見れば、いわゆるよく見られるアコースティックギターなんかはヒョウタン型で、あのデザインは女体を模した、という説がある。
それをあてはめたら、直線的なデザインではあるものの、フライングVの形状は股間のようなフォルムだ。
…それでいざ、ハードケースから出すと、過ぎ去った30年の想いが一気に蘇って、とても感慨無量だった。
早逝した友達や、犯罪まがいの行為をやや自慢げに話す知人、すぐヤラセてくれると噂される女とか、取り壊された最初に住んだ賃貸アパート…色んな事が頭に浮かんだ。
だが、どれもこれも、過ぎ去った過去のこと。
他人に褒められた事もあったが、ひどく失望されたり、嫌われた事も一度や二度ではなかった。
挫折も当然。
その時々に、妬み嫉みで悔し涙が流れた事までも、苦く頭に蘇ってくる…。
無論、現在の自分とて涙する事はあるが、涙するタイミングも理由も、20代の琴線と現在とではだいぶ異なる。
なのでこのギターは、自分にとっての20代、ひいては青年期の『碑』みたいなモノで、道具としてのギターらしい使途である必要も、ないとさえ思っている。
そもそも弾けないし…
まぁそう言った訳で、動画作ってyoutubeにアップするとかする気も無いし(そもそも20代の頃位に弾けたらまだしも)、39万円払ってまで買ったものは、あの頃の自分の気持ちだったと思っている。
10代終盤の頃から、喉から手が出るほどにこれが欲しかった。
そして当時はそれなりに活動もしていたから、現在と比較するまでもなく、役にも立っただろう…
だがもちろん当時だって、金を貯めるとかローンを組めば、十分に手に入るモノであったが、その時の俺が、俺の技術が…俺のセンスは…バンドの規模が…等鑑みた時、こんな高額の楽器と釣り合いが取れているとは到底思えず、いつの日か、これを持つに見合ったレベルになるまで、道具に頼る事、過度に金をかける事は、したくない…
それくらいに思っていた。
…結局、その日は未だに訪れなかった訳だが…
ただ本心を言えば、出来る事なら、今からでもタイムマシンで過去の自分に会いに行って「これ使いな」と、託したいくらいなんだよな…
…さても、自分の人生もとっくに折り返し地点を通過した。
亡き父に至っては今の僕の歳で3回忌を終えているから、もう自分のポテンシャルもそんなに上がらないだろうし、この先下り坂の人生は必至だから、もう適当に人生をやり過ごしたい。
…尤も、今までも適当だったけど…
そして果たして、自分の魂は浄化されたのだろうか?






