東京おば散歩 -17ページ目

東京おば散歩

気分を写す1shot+1型糖尿病備忘録


家のなかをすいすい杖なしで歩けるからって、私、自分を過信してました。


いや、術後の快復に関してずいぶん楽観的だったみたいで🤪


退院直後はスイスイで、どこまでも歩けそうな気がしてた。
ゴミ出しに出て、そのまま裏からエントランスまでゆっくりながらも杖なしで歩けた時には、もう最強の気分。

よし、この調子で一軒置いた先のコンビニまで。
でも、まぁ、念のためステッキは持ってくかなぁ、、、。

ところが!!
買物が終わって、店を出ようとしたところ

あれ? 脚が動かない!!
太ももがゴワゴワで固まっている。
まるでロボット。

一歩出す、その一歩が重いこと、重いこと。



筋肉を使えば当然貯まる乳酸に、先制パンチを食らわされたらしい。

ステッキ付き付き、荷物を持って、何とか家まで辿り着いた。

驚いたぁ。

そうでした。6年前もこんなふうに歩いていると突然固まってしまい、少しずつ距離を伸ばしていったんだっけ

そのことをすっかり忘れていたらしい。


たしか術後1ヶ月で目標500メートルじゃなかったか?


その後、両足太もも、ふくらはぎは筋肉痛で固まり、よちよちとしか歩けなくなっていた。

毎日の家事が、そのまま筋トレになってしまうとは。

ロキソニンテープを貼って寝たら、今朝はだいぶ楽になったので、ゴワゴワになる前に朝、近所のスーパーへ行ってきた。


カートを押して歩くのはとても楽。

でついつい買いすぎると、後が怖い。

ほどほどにして、リュック型のバッグに入れ、背負って帰宅。

何とか帰ってこられました。


この6年半の間に、近所にもう一軒、新しいスーパーができたので、とても助かる。


これからもリハビリと筋トレ兼ねて、日々の買い出しだな。




気持ち悪かったらごめんなさい。

傷はもうこんなです。

てか、これは昨夜の写真。

この後お風呂に入ったらテープがほとんど取れたので、お風呂あがりに貼り直した。

剥がれても、もう傷はくっついているからこのままにしておいていいと、先生には言ってもらえてたんだけど。

なんとなく。


ちなみに、テープを貼った箇所の下に伸びている傷跡は30年前のものです。ずいぶん綺麗になりましたよね。今回はそのときの傷の半分か3分の1くらいの長さかな。


閑話休題
今日の東京のコロナ感染者、ついに4万人超えですね😅
入院していた病院も、当初は患者さん搬送専用のエレベーターだったところが、いつからかコロナ患者専用に変わっていました。

やれやれ。やっぱり7波か。


皆様、お気をつけて。



東京タワーとスカイツリーが並んでクッキリ見えた朝 4時半ごろ

今日は待ちに待った退院日!
入院12日術後11日目になるのかな

朝から採血、たぶん検尿があって
8時に最後の朝ごはん
9:20からリハビリ
10:00から糖尿外来
片付け、会計を済ませて退院

と、なかなかハードなスケジュール。
ファイト!




昨日入った同室の方が朝から手術なので、
早めに目覚めてしまった私は
彼女を起こさないようにデイルームにいる。
6時起床だけど、うちの部屋は点灯が遅めだから6時半ごろ戻れば良いかなぁ
暇つぶしに書くから長いブログになりそうだ。

整形外科での入院は大抵、明るい同室者に恵まれるけれど、今回は特に楽しかった。
最初に病室に入った時は、窓際に2人いて、どちらも入院が長く、すっかり仲良くなっていた感があった。
翌日、手術を終えて目醒めた部屋はなんと個室!
術後1日だけベット上安静のため、個室に入れてくれるらしい。知らなかったから感動した。
痛みや吐き気と闘う時に、他の人の気配があるのはちと辛い。

6年前とはまた痛み止めの点滴が違うのか、痛みは前ほどじゃなくかなり楽だったものの、ムカムカムカムカものすごい吐き気だった。
ついつい前と比べちゃうから、こんなことはなかったぞ、前より辛いぞ、吐き気より痛みのほうがよっぽどマシだ! と、思ったくらい。
翌朝から食事が出たものの、気持ち悪くて、無理しても食べようと思ったら吐いてしまった。
そんなこと、ここ何十年もない。

「あぁ、そういう方、いますねぇ。女性が多いんですよ。車酔いされる方に多いと聞きますけど」

あぁ、私、車酔いするわぁ、、、。
合法麻薬が使われている痛み止め。
痛い時にはオレンジのボタンを押すと増量される。でも、押したらもっとムカムカするんじゃないかと思うと押せなかった。
ムカムカしない人にとっては、痛みを抑える力は強いし、自分で量を調整できるから、とても良いものだそうだけれど。

結局、1日頑張ってみたもののムカムカが治らないので、別の痛み止めにしてもらった。
それは効果が持続しないので、切れた時に痛みが戻るかもしれないみたいなことを言われた気がするけれど、その点滴で最悪の痛み期間は終了したっぽいし、ムカムカも治った。

ホッとしたところで、前の病室へ戻された。
術後の2日目ってことかな。
なんだかすでに記憶が曖昧だ😭

手術の翌日には車椅子にも乗ったし、恐怖の横向きも体験していたと思う。
横向きに関しては、30年前に自分の骨を継ぎ接ぎして臼蓋を作る回転骨切り術を受けた時のことがものすごいトラウマになっているらしく、看護師さんもたぶん痛くもなんともないことをしてくれているんだと思うのだけれど、恐怖が先に立って、痛い痛いを連発しちゃうのだ。
6年前の手術で痛くないことを学んだはずだけど、今回も騒いでしまった。

看護師さん、ごめんなさい。

大部屋に戻った時には、私のベッドの対面に4人目の患者さんが入ってきた。
話の流れで想像するに、私以外は、たぶん3人とも70代。もしかしたらお一人は80歳になって直ぐくらい。
同年代のよしみということなのか、会話がどんどんヒートアップしていく。最後に入った方も物おじしない人懐こい人。最初からいらした1人も開放的で、誰にでも気さくに声をかけて交友範囲を積極的に広げていくタイプ、そしてもうひとりが少しだけ控えめ、聞き上手。その相性も良かったのだろう。
どんどん賑やかなお笑い部屋へと変貌していった。

コロナ禍ということもあって、原則、各自のカーテンは閉めっぱなし、会話も控えることになっていたが、そんな原則はどこへやら。
1人はいつもカーテンオープンだし、あとの2人も話したい時にはカーテンオープン。
その開け閉めのタイミングも互いに理解があって、嫌な感じにはならない。

いやぁ、お見事なミニ・コミュニティの結成でした。
この世代の方々はご近所付き合いの習慣もあって、こうしたミニコミュ作りがとても上手だと思った。
私たちにはできるかな。
自由なんか叫んで、ミニコミュを否定してきた感のある3無主義の私たちに、、。

歳は10個も違わなかったりすると思うのだけれど、こういう部分はずいぶん違うかなぁと最近、思う。私たちは個人主義の走りの世代。最近の若い人たちはもっともっと孤立してしまった感もある。

私もいつしかお三方のお仲間に入れてもらい、みなさんが退院していく時は、残るみんなで見送った。連絡先なんかも交換してしまった。
こういう文化はか、今はきっと煙たがられるよね

ふと、若い人が多い部屋を覗くと、全員、カーテン引きっきりでシンとしている。
自由に動けない上に、この沈黙ではさぞ居心地が悪いだろうなと思う。
それぞれベッドでスマホの向こうの世界に入り込んでいてヘイチャラなのかもしれないけれど。

私も古い人間に1人になったなぁと噛み締める入院でもありました。
あ、そろそろ採血くるかな。