スコ猫くまきち日和+ -2272ページ目

石原裕次郎トラック

裕次郎トラックが、都内を走ってるんだって。
見かけたら、写真撮ろうっと。
出かけるときはカメラ持参だな。

ニュースソースはここ

裕次郎さんといって思い出すのは、亡くなった日のこと。
当時、記者だったわたしは「いよいよ危ないらしい」ということで「今のうちに関係者のコメント取って来い」と言われて、裕次郎さんの古い友人などに電話していた。

「病床の裕次郎さんの応援企画なんです。頑張ってという願いをこめて、思い出話などを……」

なんて言っちゃってさ。
なんちゅー仕事だとは思ったよ。
ほとんど取材拒否だったけれど、やっとのことで話してくれる方とアポイントがとれた。
約束の時間に出かけると、その方は開口いちばん、

「裕次郎、もう死んじゃったよ。どうするの?」

「は?」

「死んじゃったって。今、ニュースでやったよ。知らないの?」

知らなかった。
わたしが電車に乗ってる間に、訃報が臨時ニュースで流れたんだろう。
でも、こっちはもともとそういう企画だったので、

「そうですか」

と、一応は悲しげに驚いたふりをして、

「追悼企画をすることになると思います。よかったら、裕次郎さんのお話だけ聞かせていただけますか?」

まったくね。なんちゅー仕事だと思ったさ。
でも、相手の方はかなり年配の演劇関係者で、こっちの思惑なんか最初からわかっていたんだろうけどね。
どんな話を聞かせていただいたのかは、もう、忘れてしまったけど。
いいお話だったことは確かだ。
あの年前後は大勢の昭和のスターが次々と亡くなった。
調べればわかるけど、美空ひばりさんも、同じような時期だったと思う。
鶴田浩二さんとか、高峰三枝子さんとか、あと誰だっけな。
昭和天皇もあったしね。
追悼コメントばっかり聞いて回っていたような気がする。
時代の大きな節目だったんだろう。

バブル景気で湧いていたあの頃。
わたしの心は暗かったなぁ。

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