誰でもカチンと来ることはある。

人間だから、お互いにそれを理解し合うことも大切。

 

一国の主が感情をむき出しにして戦争を起こし、
当事国はもちろん、世界を巻き込んで凄惨な日々が続いている。

 

野球界では20歳に対して44歳がカチンと来て18歳が止める、

なんてことも起きている。

 

最近、自分の周りで3件ほど事件があった。

感情のままに、熱くなった感情をぶつけられた。

 

熱い人、情熱がほとばしる程、懸命に生きている人。

でも、熱くなりすぎるとセーブできない。


◎熱くなり過ぎるということは甘え

いずれにしても口から出たら社会だし、

口撃(こうげき)を含めて暴力を振るったら犯罪。

どちらも取り返しがつかない。


私自身も若い頃は熱くなってしまうことがあった。
責任という言葉は知っていたけど理解してなかった。


今は、ようやく半熟くらいになって、
熱くなった後の事も考えながら生きるようになった。
俯瞰的に、第三者という立場から考察してみよう。

戦争はもっての外、審判は試合を成立させる責任がある。
お客様を筆頭に、球場管理、裏方、スポンサー、

様々な人間関係の中で、自分の職務、職責があるはずだ。

仕事やプライベートで熱くなり、人にぶつかってしまう人は、
自らを正当化することに躍起になり、
責任を果たすことを忘れてしまっているのだろう。

個人の感情ではなく、組織の中の役割り、

個人の感情ではなく、グループ内の立場、

個人の感情はなく、友人たちとの大切なつながり、

自分の果たすべき責任を忘れて感情に走ってはいけない。