「やりがい 」は、ある意味では、辛い、難しい内容、事項へのトライ、努力の中で体感するものだと思う。

 だから、そこでの充実感や成果に繋がる想いが現れるのがポイントで、結果としては、上手くいかないと「やりがい」とは言えないかと思います。


 既に、リタイアした身での「やりがい」は、身近なテーマであろうとは想定します。

はて、どの様な項目なのでしょうか?


  7月やぎ座の総合運  

やりがいある事を任される

 

周囲の期待を一身に背負いそうな月です。

あなたへの評価が飛躍的に高まり、

非常にやりがいを感じられるうれしい事態。

最後までやり遂げられれば、大きな幸運を手にできるはず。

    提供元:Ameba占い館SATORI  
 

 台風8号、次に台風7号と立て続けに2つの台風が同日中に襲来しましたね。

台風としては、成長して、偏西風の影響や停滞梅雨前線の影響で、この時期としては珍しい日本縦断コースを辿りました。

 幸い、勢力はさほど大きくは無かったが、完全な雨台風となり、梅雨前線と相まって、約2日半に渡って、雨が断続的に続く天気であった。


 雨は、時に大雨に小降りに、更に止んだりと目まぐるしく天気が変化していたが、それでも曇りの天気で、台風一過とはとても言えない状況が続いていました。

 台風が通過したほんの一時だけは、青空も見えたましたが、これも一方向だけで結局太陽は見えず、気温も上がらないジメジメした生活になりました。


 それも昨日まで。

今日は、湿度も気温も一気に上昇。


 やっと、本日は、すっかり青空が出ました。洗濯も出来たし、この大雨の中で発覚した、出窓の雨漏れの対策も本日、塗装業者さんにして貰いました。


 雨降って、〇固まるではありませんが、やっと落ち着いた、爽やかな日かおくれるよくになりました。


 先日、長年の目標であった、物置の増設を行いました。

 

 タイミングは、Quark2号(愚息)が家族旅行のために帰省した時に設置することで計画。

 物置自体は、組立式なので、事前に室内で組立をしておきました。そして転倒防止の対策も追加して物置を加工。

 

 今回は、初めから転倒防止には、気を使いました。何故なら、現在の古い物置は、強風で転倒したことをがあるからです。

 中にそれなりに資材が入っていたにもかかわらず、重心がやや高かったのか、強風で完全に倒れてしまいました。たまたま自宅には被害が有りませんでしたが、その衝撃は物置の変形として残っています。この為、ロープ張る等を含めた対策を追加しました。

 ですがら、今回はフェンスとの間のサポート金具を作成、ブロックの転倒防止金具の強度もしっかり考えました。

 

 この物置増設の目的は、実家にて保管していたタイヤ(今の時期は冬タイヤ)を自宅で保管する為です。

 これまでは、春冬の帰省時にタイヤ交換をしていましたが、交換の場所の都合で、限られたタイミングでしか出来ませんでした。

 

 理由は、実家の駐車場は、傾斜が有るので、タイヤ交換中にジャッキの転倒するなどのリスクがあります。

 そのため、隣地で平面な貸家の駐車場を利用する必要がありました。当然、住人が長期間の休みで不在の時に、場所を借りる事になります。

 

 でも、それはタイヤを取替たい時期と一致するとは限りません。

昨年は、Quark1号(娘)が旦那様の実家に年末に帰省する時に、車を貸す事になりましたが、目的地は、東北地方。

 関東に比較的近いので雪はほぼ降りませんが、道路凍結の可能性があります。やはりスタッドレスタイヤは、必須です。

 

 でも、そのタイヤ交換の為には、実家に行く必要があります。元素は、1ヶ月に1回のペースで帰省はしていますが、このタイミングでの交換に向けた移動は大変です。

 

 この様な事情や今後の事を踏まえて、新たな物置を建て、現在の物置の資材を入れ、空いた物置にタイヤを収納する事にしました。

 

 隣家との狭い設置場所なので、その寸法も方向も制限されてしまいます。

 物置のサイズ、設置方向、運搬の動線を考慮して設置しました。

 

 でも、高さ160cm、幅73cm、重量もそれなりに有るので、1人で据付を調整しながら設置するのは、難しいです。

 今回、力仕事のお手伝いとして、帰省したQuark2号(愚息)に手伝って貰いました。

 

 結果は、正解でしたね。1人が支えて、もう1人が作業する。安定した安全な設置が出来ました。

転倒防止の対策も実施して、約1時間半で無事設置完了です。

 

 既に、実家から運んであった、古い物置にタイヤも収納しました。

後は、Kカー用の冬タイヤを実家から回収します。

これで、無事完了となるのですが、後4本タイヤが入るか?心配ですね~

 ちょっと、一杯で、入り切れない‼ かもしれません???

 

 2回目の秋保温泉です(子供の頃の話で、覚えていないが、多分)。

開湯来、1600年と言われる古い東北宮城の温泉地です。

 

 因みに、子供Quark達は、この秋保温泉の「秋保」が読めませんでした?「あきう」です。

 

 年1回集まって出掛ける家族旅。その第2弾です。

普段は、独立し、結婚したりして、それぞれがバラバラに生活しています。

 前回、Quark2号(愚息)は、仕事の都合で休めずに不参加でしたが、今回は、愚息も3連休が取れたので、無事に参加出来ました。

 

 Quark2号としては、遠距離の鉄道旅だったので、切符の買い方一つでも経験が無く大変だったと、思います。

 前日に実家に戻り、当日は東京で集合。帰りも実家に1泊のスケジュール。このため、最終目的地の仙台までの切符を買って、途中下車します。

 

 普段は、それぞれの生活パターンをもっていますが、この時だけは、家族として統一の時間を過ごします。

 

 今回は、東北新幹線で仙台まで移動、更に現地まではバス送迎と、ゆったりと過ごせる、温泉地をQuark1号(娘)に設定して貰いました。

Quark1号(娘)は、旦那様と宿泊したことをがあり、その食事と風呂に感激して、今回の家族旅を計画してくれた様です。

 秋保温泉の中でも大きなホテル「佐勘」なので、大きなお風呂も多数あります。

当然、大浴場、サウナ、露天風呂もあり、ゆったりと更にまったりと温泉に浸かり、風呂間をはしごして、普段の生活の疲れを癒します。

 秋保温泉の源泉は、ナトリウム、カリウム、塩化物泉で、弱アルカリ泉。

 ですから、透明で、かつ匂いもあまりありません。でも、身体はしっかりと温まります。

 

 源泉は、52.5℃と高温だそうですが、浴槽は、42℃に加水しているとの事。まぁ、確かに50℃ては、火傷してしまいますよね。

 広い浴槽、それも趣きのある造りや、現代的な空間演出など、楽しませてくれました😊!

 

 秀逸なのは、お風呂が時間制で男女が切り替わる事。つまり、趣の違ったお風呂を基本全て楽しめるのです。(1箇所だけは…固定)

 

 やはり温泉の入浴を充分楽しんで、更に美味しい料理を頂く。最高の時間です。

 

 夕食は、様々なメニューの中から、メインディッシュを選択。

 元素は、魚介類としてキャビアとマッシュポテトのクリーム和え。

 そして肉料理は、大評判の牛のタン焼き。このタンの厚さとボリュームは、半端ではありません。焼いたタンは本当に美味しいです。ちょっと塩や、醤油を垂らして食べました。食の贅沢ですね。

 

 他にもバイキングで、幾つかをチョイスして頂きましたが、タンのステーキ以後は、とてもおかわりする事も無く。即、デザートのフローズンフルーツのみ。

 

 結局、「こんなに食べ切れない」と言いつつも、皆完食していました。

 

 そして、部屋でひと休み後、更に新たな浴場を探索に。丁度、誰も居ない浴場で、Quark2号とのんびり温泉を楽しみました。

 

 朝も、川岸にある、古くからの露天風呂を味わい、ちょっとした湯治場気分も楽しめました。

 朝のまだ涼しい時間でも、湯冷めはしませんでしたね。

 

 翌朝では、開放的なテーブルで朝食を頂きました。

ちょっと、霧雨模様の天気でしたが逆に落ち着いた雰囲気に。

 しかし、家族の朝食の大食ぶりには、驚かされましたが、夜の間食も無かったのですから、さもありなんですかね。

 

 出発時は、若女将とスタッフが横断幕を持ってお手振り。

 ありがとうございました。満足です。

 

 仙台駅前まで戻り、レンタカーで、松島へ。

 

 お寺巡りと、松島散策を予定していましたが、はじめに参拝した円通院で、ガイドの色川さんから、光宗公の菩提寺としての謂れや、宗派の教え、三慧殿が鎖国の時代に海外との関連を装飾していたために廟を未開としていたことなど、有意義なお話を約1時間強に渡り、記念写真撮影とともに案内して頂きました。

 

 境内ガイドの最後には、自らが経験した東日本大震災の状況と、これから起こるであろう災害、特に津波への心構えについてもご教示頂きました。

 

 因みに、松島は、島が点在していた為か、円通院、瑞巌寺が海岸に近いにもかかわらず、到達した津波は、寺の入口までで止まったそうです。

 

 ここより北の地域では多くの方が、大津波により亡くなり、また、街が壊滅する被害を受けました。また近隣の仙台市内も名取川付近を中心に多数の犠牲者が出ました。15年の月日は、その教訓を忘れる事も多々増えています。

 

 相変わらず、東北の沖合いを震源とした地震も頻発しています。

本日朝も三陸沖で大きな地震が発生して、青森では震度6強となりました。

そして、今週末は2つの台風が接近し、線状降水帯発生など大雨の災害が予想されています。

 

 でも、決して忘れてはいけないのは、地震の後は、海外線には津波が来る、大雨の後は、河川が氾濫する、山が崩れるまど、確実に安全な所に避難する事です。

 特に、地震が多発している近年、大きな地震での津波などの可能性も増加しているそうです。

「個々人がリスク管理を怠らない」こと必要です。

 改めて、史実の伝承の必要も感じました。

 

 その後は、松島を軽く散策し、昔から気になっていた赤い橋、長い「福浦橋」を渡って福浦島へ、ちょっと、天気が雲っていたので、絶景とは言えませんでしたが、松島の景色を堪能。

 

 名物の焼き笹かまぼこ、焼き生牡蠣も昼食として頂きました。

 

 最後、駐車場に戻る時には、小雨に降られましたが、何とか天気も持ち堪えて、家族旅を終える事後出来ました。

 

 Quark達、企画・参加してくれてありがとう。

久しぶりの家族全員の旅行、楽しめました。


 今から、15年前の2011年11月。
 元素は、関連先への出張で、スペインバルセロナに宿泊していました。 

 そして、回顧録として、12月に上記のブログを書いていたのです。
 それは、サクラダファミリアが、裏の姿と表の姿が、異様なコントラストだった事への思いだったのです。

 このブログは、今でも少数ですが、再生して観て頂いている、長寿のブログになっています。


 この頃は、まだまだサクラダファミリアは、イエスの塔も無く、本当に先の長い建造物として、でも大きな意思を持って、ガウディの思いを継承しながら、設計、建設が行われていた時期でした。

 この建設には、外山さんという日本人の石物の芸術家がそのデザインや具現化に40年? という長期間携わっています。
 それは、スペイン戦争で焼失した、ガウディの設計図を色んな側面から紐解いて、具現化させていく、気の遠くなる様な作業を、ほぼライフワークとして信念を持って進めていました。いや、今も継続されています。(これは、ニュースにもなっています)

 そして昨日、6/10にイエスの塔の完成とガウディ没後100年の記念したミサがレオ14世の手で催されたそうです。
 サクラダファミリアの象徴でメインタワーであるイエスの塔が最上部まで完成したことは、教会としての機能備えた建物となったのだと思います。

 今回のイエスの塔の完成は、ガウディが完成出来無い教会と思いつつも、始めた教会建設が、没後100年にして、一つの区切りとしてバルセロ街全体を高所から照らし続ける象徴となった訳です。

 まだ、周辺建設は残っているそうですが、昔自分の目で見た、ガウディの遺構が完成をみたの事には、畏敬の念を感じます。

 本当は、サクラダファミリアを再訪して完成形を観てみたいと共に、今度は、その内部にも入ってその芸術性と圧倒的な迫力を 肌で感じてみたい。そんな気持ちに駆られています。