入院していたのはこの辺りでは一番大きな病院だった。
緩和ケアのチームを作り対応はしてくれたが、入院からすでに三ヶ月が経つこと、急性期の患者でなくては入院を続ける事が出来ないことを言われた。
この頃の父は熱が続いたり、抗がん剤の時のひどい便秘を解消するために浣腸をし、やっと効いたと思ったら今度はひどい下痢。
足下もおぼつかないのにそれでもトイレに自分で行こうとして一晩で11回もトイレを往復した時は、もうこちらが泣けてきた。
いよいよ足が弱り、トイレに間に合わなくなり最後まで嫌がっていたおしっこの管を入れた。
嫌で嫌で管をひっぱり眠れない日々。
夜間のせん妄がひどくなる。
夜中何度も立ち上がろうとする。
精神安定剤と睡眠剤を入れ始めたら少し眠れるようになったが、表情すらなくなってしまった。
薬づけで会話どころか話すことも出来ず立つことも出来ず。
日々悪化していく父を見ているのは本当に辛かった。
この病院には付き添い用のベッドなどなかった。
床に新聞紙とヨガマット、座布団を敷いて毎日寝床を作り、眠れない父を介護しながらろくに眠れず朝焼けをみる日々。
苦しむ父に何もしてやれず、悔しくて、悲しくて何度泣いたか分からない。
私たちもよれよれになっていた。
そして看護師さんたちにはどれだけお世話になったか。
本当に感謝しきれない。
ナースコールのありがたみと、「いつでも呼んで下さいね」の一言にどれだけ支えられ救われただろう。
看護師さんてすごいなあ。
本当に頭が下がる。
そんな中、緩和ケアのホスピタルを紹介され見学に行く。
転院するつもりだったがそこで在宅での緩和ケアが可能であることを知った。
田舎だし、病院から遠いし、在宅なんて絶対無理だと思っていた。
でも父はずっと自宅に帰りたがっていた。
日に日に悪化していく父を家で看れるのだろうか。
もうナースコールはない。
訪問看護師さんも急いでも30分はかかる。
不安は果てしない。
主治医には在宅緩和ケアは難しいからと何度も言われた。
最後は自己責任で、と言われた。
でもやってみよう。
父を家に連れて帰ろう!!
それが私たちの決断。