「毒親に受けた印象的な言葉は?」と訊かれたら、思い浮かぶ言葉が2つある。
「口返答せられな」(晴レノ國弁=口答えするな)
「素直じゃない」
子供頃の頃、よく言われた言葉だ。
例えば幼い俺がナニかやらかしたとする。
幼稚園や学校からの連絡を伝え忘れたとか、誤って何かを壊してしまったりだ。
「何でこんなことしたん!」と毒母が鬼の形相で俺を問い詰める。
答えに窮してると、決って「どうせ~だから忘れてたんでしょう!」とくる。
「~」は当時俺がハマっていたこと。
例えばTVのアニメのことかもしれないし、マンガでもいい。
それらのコトで頭がいっぱいで、大切なコトを忘れてたんだろう!と決めつけるワケだ。
でも大抵理由はそんなことじゃなくて、ただ単に忘れていたとかうっかりしていたとかだ。
こっちは「決めつけないで欲しい。本当にうっかりミスなんだ」と恐怖にすくみながら回らない舌で訥々と説明しかかると必ず
「口答えせられな!」のセリフと共に頬を張り飛ばされる。
これが本当に嫌だった。
悪いことをしたのは間違いないが、理由を勝手に決めつけられて自分の好きなコトを否定されるのは辛い。
そのうち、何かやらかすと必ず理不尽に決めつけられて怒られるのだから、それが嫌さに嘘をついて誤魔化そうとするようになった。
でも、子供の浅知恵。問い詰められるうちにボロが出てバレる。
そんな時は「なんでそんな嘘をつくの!本当に素直じゃない!」とまたひっぱたかれる。
または理不尽な決めつけに対する『異議申し立て』をしても同じだ。
「なんでそんなに素直じゃないの!」と叩かれる。
もしくは「偉そうに口返答ばかりして!」とぶん殴られた。
説教が長丁場になると毒父の出番だ。
毒母に倍するプレッシャーと勢いで説教のボルテージが上がり、最後には必ずビンタがくる。
そして最後に「お前が憎くて叩いてるんじゃないんだ。お前がマトモな人間になれるようにするための『愛のムチ』なんだ」のセリフで〆る。
『愛のムチ』!?冗談じゃない。
勝手な決めつけで独りで怒って、自分の言葉でさらに興奮して、子供の言葉を信じないで最後には暴力を振るう。
それが『愛のムチ』!?ふざけるな。
殴って言うことを聞くのは動物だけだ。
「俺は動物じゃない」といつも思っていた。
おかげで俺は「とにかく怒らせないように」と毒親の顔色ばかりを窺って大きくなった。
だから世間でいう「反抗期」はうちではないコトになっている。
まぁ毒親から『殺害予告』まで受けたら仕方ないところだが…
これについては後日語ろう。
ご近所や親類周りでは「隆之介君は反抗期もなく素直に育っていいなぁ。親の育て方が良かったのかな」と思われていた。
「やっぱり学校の先生は違うなぁ」と言われて毒父はさぞ鼻高々だったろう。
ホントは全然違うのだが。
全部俺が我慢することで得た「世間様」の評価にあいつらは胡坐をかいていたワケだ。
勝手な決めつけと暴力で築き上げた「理想の親子像」…クソ喰らえだ。
ホントにヘドが出る思いだ。
あんな思いをして育って、心を病まなかったのが不思議なくらいだ。
昔の俺に言ってやりたい。
「本当に、あのクソみたいな親と暮らして我慢できたな」「よく頑張ったな」と。