渡りガニ最後の作戦 | 果樹園の草むしりおじさんpart2

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勝浦をあとにして向かった館山、冨浦でも渡りガニの網篭に鰯や牡蠣、鶏のレバ-などを入れて仕掛けましたが、捕れませんでした。

渡りガニは初夏から夏にかけて産卵のために浅瀬に上ってきます。

時期も早く、水温も低いのでまだ遡上していませんでした。

それでネットで検索して、今でも渡りガニが捕れる場所を探したら九十九里の海岸から蟹網を投げて捕れるかもしれないと思い、冨浦から白子町へ移動しました。


渡りガニという名称は通名で本当はガザミといいます。何故渡りガニなのか、一番後ろの足が櫓のようになっており、水中を自由に泳いで移動することから渡りガニと呼ばれるようになりました。

白子町には蟹取り網を製造している森川漁網店があるのです。

早速お店を訪ね近況をうかがいました。

終わりかけているがまだ捕れるかも知れないからやってごらんなさいと言われ俄然元気になりました。

蟹網は満潮から潮が引いていく離岸流に網を乗せて沖合いに運んでもらい、沖に住むヒラツメ蟹(渡りガニの一種)を網に絡ませて釣る仕掛けです。

早速蟹網を購入して一松海岸に来ましたが、ちょうど干潮が終わり、上げ潮時で、網を投げても海岸に打ち上げられてしまいます。

12時間、満潮から潮が引く時間まで待たねばなりませんでした。

九十九里の広大な海岸を目の前にして、潮騒を聴きながら休みました。

海と陸と大気圏からなる地球はひとつの生き物のように私には思えます。

命を育む生き物が地球です。

潮騒は圧倒的な量の海水が波打ち際で砕ける音ですが、恐るべき海の力と優しさを同時に現していますね。

恐れと安堵を同時に感じるから不思議です。

潮の満ち干も月との遠心力と求心力から起こります。

私は今回の釣行のほとんどを小さな漁港で過ごしました。それで、漁師さんと話をする機会を得ました。

赤銅色に日焼けした顔から澄んだ眼差しで話してくる漁師さんばかりでした。

「本当は港に車で入っちゃいけねえがあんたならいいよ」と言ってくれました。

海ばかり見つめて暮らす男は目が清いのです。漁師さんたちは我知らず心が海により洗われているように思えました。


さて満潮の7:17を迎えました。これから15:30まで潮が下がります。

離岸流を見つけたら網を投入したいのですが、素人の私にはまだよくわかりません。

波が早く砕ける場所の海底は隆起しています。

海にも起伏があり、山と山の間を川が流れるように海流もそうなっているのですが、わかりません。

離岸流の特徴は水が濁ることだそうです。

これから潮が下がる様子から見分けなければなりません。

離岸流はやはり私には見分けられませんでした。

適当な場所で第一投。

網は右から左へ勢いよく流れ、沖には行きません。

200m流れたところで引き上げましたが、小さい蟹が一匹かかっていました。

しかし網は絡まって団子状態となり、ほぐすことができません。

どうしたら網を引き潮に乗せて沖まで運べるのか、途方にくれた私は再び森川魚網店を訪ね、教えを請いました。

森川さん曰く、「潮が横にそんなに速く流れると難しい」

「宮里海岸の工事現場に向かって200mぐらい歩くと砂場が沖に付き出している場所があるからそこでやってみるといい」

私は森川さんに従ってやってみました。

波の届かない処から投げても打ち上げられてしまいます。

意を決して膝まで海に入りそこから投げました。波に足を取られて転倒し、ずぶ濡れになりました。(笑)

しかし4匹のヒラツメ蟹を捕ることが出来ました。

一匹は小さいので放流しました。


美味しそうな三匹で私は満足しました。

これを活きたままおにぎりを作ってわざわざ私を訪ねてくれたつくもさんへのお土産にし、釣行を終えることにしました。

埼玉に帰った翌日につくもさんから蟹を描いた素敵な絵が送られてきました。

釣果の乏しい釣り行脚でしたが、得るものは釣果以上のものがありました。

それでも釣った魚は200を越えています。

命の海よありがとう!