久しぶりにフルシフトの日だった…。高校の入学式に、親に金銭面で苦労をかけまいと決心した。自分で決めたことだったのに、同い年の友達がポケベル代を毎月お母さんに出して貰ってるとか、原チャリを買ってもらったとか聞くと、うらやましくて妬ましかった。単純に、甘えられる立場なんだな、と、そのことがとても、幸せそうに見えた。
それでも、高校生の頃は、働くことが大好きだった。少しでも多く家にお金を入れようとして、ノルマを達成させたり、売り上げをあげたりして、はりきって働いた。
周りは社会人ばかりで、学校と地元しか知らないわたしにとって、バイト先はまったく新しい世界だった。
進路を決める時期になって、大学への推薦入学を奨められた。文系の4大だった。美大に行きたかったので、文系の4大は魅力を感じなかった。大学へ行くお金もなかった。学ぶより、働きたかった。
でも、学生のアルバイトと社会人は、まるで違った。そんなこと、なってみなきゃ判らなかったけど、当たり前のことだった。
毎日毎日、すり減っていく気がした。
必死になって作るチラシは、毎週誰かの家のポストに入って、運が良ければ赤いペンで丸をつけられて、週末までは見てもらえる。興味ない家に投函されれば、そのままゴミ箱行きだ。レタスの写真の角度も、¥980の書体も、いくらこだわって作ったところで、誰もじっくり見ようとはしない。トマトの写真、先週と同じじゃない?っていうクレームは、ただの一度もこなかった。「先週と同じなんじゃなくて、ずっとトマトの写真、一緒なんです」そう、言い返すことを、ほんのちょっとだけ心の中で期待して、電話が鳴るのを待っていたのに。
埋もれたくなかった。
輝いていたかった。
わたしの中にある1本の白い神経が、細かい削り粕を散らしながらすり減っていく。
「その神経は灯り代わりなんだ。削りきってしまったら、辺りは真っ暗になってしまうよ。元には戻せないんだから」
神経の根本で、わたしの分身が叫ぶ。
わたしはうなずいて、逃げ場を探す。
いろんな言訳を用意して、仕事先から逃れようとした。退職の話し合いをするうちに、押さえていた言葉がぼろっと落ちた。唇から意志が産まれたみたいだった。
「ここで働いていたら、自分の大切な何かが磨り減って、そのうちなくなっちゃう気がするんです」
我ながら陳腐な言訳だった。その言葉を受けて、店長は静かに呟いた。
「自分を磨り減らさずに働くなんて、多分誰もできない」
ゆっくりと両手を組み、わたしをじっと見つめて、続けた。
「みんな、大事な何かを磨り減らしながら働いているんだ」
そんなこと、わかってます。言いかけて、言えなかった。だって、わたしはその事実に目をそらして、逃げようと準備しているところだったから。
ここまでぐだぐだになったわたしでも、また必死になれるんだろうか?条件とかお給料とか労働時間とか勤務先とか気にせずに、好きなことだから、って一所懸命働くことが、できるんだろうか?
誇りをもって、こういう仕事をしています!って、言えるような。
…そんなことを考えながら、夜、クイーンズ伊勢丹へ。STICK SWEETS FACTORYとゆうお店で、その名のとおりスティック状のショートケーキやらキャラルプリンやらを購入。安いし旨い。あーくたびれた時ってやっぱ甘いモンだな。疲れてるからくだらんこと考えるんだ。