“早く死にたい”と思っていた。
いのちを削って仕事をして、できるだけ早く、この世から姿を消したい。ぼんやりと、ただそう思っていた。
高い建物の屋上から飛び降りることを妄想した。首を吊る自分の姿を想像した。細かい計画をたて、何度も練り直した。
でも臆病者だから生きていた。惰性の人生。

過去の私を知るひとは、私を「頑張り屋さん」と
からかう。
今は、なるべく感情を殺し物事を斜めに見て、傷つきそうなことには近づかない。頑張ることなんてできやしない。

自分が信じた相手を、最期まで信じ切れずに突き放した。寂しさは、私が自分の信念を曲げてから生まれた。
いっそ自分自身が誰なのか、分からなくなるくらいまで必死にしがみついていれば、その方が幸せだったろうか。
孤独に負けないように、細い電話線の向こう側、繋がっていられる誰かを求めて、私は日記をつけ始めた。文章を綴って、失ったものを探そうとした。一度失ってしまったものは、二度とこの手に還らないと知りながら、それでも書かずにはいられなかった。

ねぇ、信じられる?
たったひとりの人間が、たった一通のメールで、生きていて良かった、なんて思うのよ。
誰もいない暗がりの中でパソコンの画面をぼんやり見つめて、神様がくれたご褒美だ、って真剣に真剣に思うのよ。

少しだけ、宗教にハマるひとの気分が分かったような夜でした。
私の教祖様へ(笑)



追伸:
僕の教祖様は、一般の方ではありません。
著名人です。
その方にご迷惑がかかるといけないので、お名前は公表しませんが、diaryに書かせて頂くことはご本人に了承済みです。
ジャスイはぃゃん。