ご近所からの富士山。
街ゆく人たちが、
皆足を止めて夕陽を眺めるこの時間が好きです。
女性ってズレていても、
周りの中に合っていればよし、
という感覚があります。
柔軟さ故でもあるのですが、
今は個人が個人として生きる風の時代。
外側の周り(コミュニティ、家族、パートナー、友人など)がなくなれば、
実は単体では歪な形であった、
ていう事がよく起こります。
ライフステージで形を変えざるを得ない時などに、
自分でその歪さに気付いたりします。
私は結婚生活が歪だと思っていたけど、
なくなればそれはそれで自分の形も歪でした。
そこで軸や土台を意識したり出来れば良いけれど、
形にこだわってしまうとバランス崩しますよね。
そういう意味でもヨガをしていて本当によかったんです。
でもやっぱりね、
ズッ友みたいな関係を裏切って恋愛に走るケース、
結婚したら急にマウントしてくるケース、
自分の外側を保つ為の自作自演などなど、
女性の形には何かと歪さがつきもの。
女性なら誰でも見抜ける歪さですが、
そうなると鈍感な男性を使うしかありません。
女性性ってそこに使われてるなって思うと素敵でもなんでもなくなってしまう。
簡単だから。
横浜元町。
至る所に花があって、
打ち水がされていて、
歩いているのが心地良い美しい通りです。
もう少し涼しくなったらもっといろいろ散歩したい。
女の因果応報って書いたのだけど、
女性って、
女性同士の中で女性性を磨くものなんですね。
切磋琢磨な感じ。
男性との関係で磨かれてしまうと、
だいたい歪になるんです。
それが女の因果応報ですかね....
この絵本ご存知ですか?
邦題「ぼくを探しに」/シェル・シルヴァスタイン
カケラが足りない丸が、
自分にピッタリ合うカケラ探しをするお話。
ロマンティックな意味合いで、
パートナー探しのストーリーと捉えられています。
続きがあるんです。
カケラは結局だんだん成長して、
丸の溝に合わなくなり、
ある日ビックオー(完璧な丸)と出会います。
「自分が入れる隙間はある?」
と尋ねると、
「僕はまん丸だから君を必要ではないよ」
と言われます。
でも、
一人では転がれなかったカケラが、
少しずつ立ち上がり進んでいき、
角が取れて自分も丸になるんですね。
そして再びビッグオーに追いついて一緒に転がっていく。
そんなストーリーです。
切磋琢磨ってそんな感じです。
私の恋愛や人生観、
人との関係もね。
皆さんはどうですか?
PRANICYOGA 、
9月のスケジュールまでアップしました。
共に良い時間を過ごしましょうね。
ではではまたまた。