権威ある仲介者

 

 シートン動物記を書いて有名になったシートン(1860~1946)は、

 

青年時代無類の本好きでした。

 

 彼は18歳の時イギリスで絵を学んでいたのですが、どうしても行ってみたい場所が

 

ありました。

 

 それは当時世界一の蔵書数を誇る大英図書館です。

 

 ところが受付に行くのですが、未成年者は入れないという規則があったのです。

 

アーネスト・トンプソン・シートン - Wikipedia さん

 

 諦めきれないシートンは司書官に会って特例措置を直訴するんですが断られます。

 

「これ以上訴え出るところはありませんか?」

 

「そうだねえ、もし館長の許可があればいいんだけど。

 

 館長の部屋はポールのはしっこだよ。」

 

 そこでシートンは大英図書館の館長に面会し、直々に頼み込むのです。

 

 しかしそこでも断られます。

 

「あのぉ、これ以上お願いしてみるところはありませんか?

 

 規則に縛られないシーザーみたいな偉い人はいませんか?」

 

 館長はその言葉に思わず顔がほころんでとんでもないことを言うんですね。

 

「大英図書館の評議員の命令があれば別だけどな。」

 

「評議員って誰ですか?」

 

プリンス・オブ・ウェールズ - Wikipedia さん

(現プリンス・オブ・ウェールズ殿下)

 

「プリンス・オブ・ウェールズ殿下、カンタベリー司教、イギリス総理大臣の

 

ビーコンスフィールド。この三人だよ。」

 

 この三人は簡単には近づけない人達ばかりです。


 しかしシートンは諦めずにこの三人に手紙を書くのです。

 

 いったいどうなったでしょう。

 

 何と三人から返事が来たのです。

 

あなたが入館できるように私は命令を下した。

 

 しかもその手紙には今回だけではなく、一生涯自由に書庫に出入りできる

 

特別許可証が添えられていたのです。

 

 歴史と伝統で未成年者をはねつけてきた大英図書館に、シートンはなぜ自由に

 

入ることが出来たのですか。

 

 権威ある仲介者のとりなしがあったからです。

 

 同じように神に近付くにあたって神は権威ある仲介者をたててくださいました。

 

 

 それが人として来られたイエス・キリストなのです。

 

 イエス・キリストは私たちの贖いの代価としてご自身を十字架につけ、

 

私たちに命を与えてくださいました。


 シートンが図書館に入れなかったのは二十歳に達していなかったからです。

 

 と言うことはあと二年待てば自然に入ることが出来たのです。

 

 しかし私たちが唯一の神のもとに近付くためには、どれだけ時間をかけても

 

行くことが出来ないという理由があるのです。

 

 それは私たちが神の義に達していないからです。

 

 神という方は聖く、正しく、正義なる方です。

 

 罪が大嫌いです。

 

 罪あるものはそのままでは神の前に立つことができないのです。

 

 なぜなら正義の神は罪を見逃すことが出来ないからです。

 

 もし罪を見逃したりするなら、それはもはや正義の名に値しません。

 

 神は必ず罪を裁く方なのです。

 

 しかし、それでは私たちは全員地獄行きになってしまいます。

 

 

 そこで神は私たち罪人を裁く代わりに、全く罪のないイエス・キリスト

 

私たちの身代わりにあの十字架の上で裁いてくださったのです。

 

 キリストは全ての人の贖いの代価として、二千年前あの十字架の上で

 

ご自身をお与えになったのです。

 

 そして死後三日目によみがえらされ、今は天において

 

あなたが救い=イエス・キリストを受け入れるよう、

 

力を尽くして祈っておられる方なのです。(参考/「聖書と福音」)

 

 

神は、すべての人が救われて、真理を知るようになることを望んでおられます。
 

 5 神は唯一です。

 

 神と人との間の仲介者も唯一であり、それは人としてのキリスト・イエスです。

(第一テモテ2:4~5)

 

 

「 イエスは彼に言われた。

 

『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。

 

 わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。』」(ヨハネ14:6)

 

 

この方以外には、だれによっても救いはありません。

 

 天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられて

 

いないからです。」(使徒4:12)

 

 このブログをお読みくださり、ありがとうございます。もし、よろしかったら一日一回クリックしていただけると励まされます^^

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村