寂しさを感じるとき

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寂しさを感じるとき

あなたへ

 皆さんは寂しさを感じるときがあるでしょうか?

 なぜでしょうか?

 ところで、俳優の高倉健さんの最後の主演映画は、「あなたへ」でした。

 富山刑務所で指導教官として働く倉島のところへ、亡くなった妻からの絵手紙が届きます。

 そこには今まで知らされることの無かった“故郷の海に散骨して欲しい”という妻の想いが記されていました。

 その真意を知るために、主人公の倉島は自家用車を改造して、長崎までの一人旅に出ます。

あなたへ1

 その旅は富山から始まり、飛騨高山、京都、瀬戸内、下関、北九州市、そして妻の故郷である長崎県平戸の漁港を目指します。

 旅の途中、折に触れて、妻が元気だったころに語ってくれた言葉が思い出されます。

 そして、もし今生きていたら、多分言ってくれたであろう言葉を思い浮かべながら、心が不思議に癒されていくという映画です。

 窮屈な家庭環境で育った彼は、社交性に乏しく、自分さえ我慢していたらいいんだ、と思って生きていた人です。

 しかし、そんな倉島の生き方や考えを、すっかり変えていったのが彼の妻でした。

 大阪の道具屋筋商店街に来た時、職人の作った大工道具が売られていました。

 職人気質の彼は、買うか買うまいか迷うのですが、妻の声が響きます。

「買えば。」

あなたへ2

 いつも自分を背中から押し、励まし、慰めてくれた妻だったのです!

 倉島は、妻の存在によって、いつの間にか大きく変えられていたということに気がついていくのでした。

 私たちは年々、年を重ねていきます。

 そして、知人や友人ばかりか家族や最愛の人との別れも来ます。

日没

 まさに人生のスタートは日の出のようであっても、ゴールに近づくにつれ、夕暮れの寂しさを体験します。

 しかし、周囲の環境や人間関係がどれほど変わっても、また明け方であっても、夜中であっても、絶えず共にいてくださるお方がいます。

 それが私たちのすべての罪を背負い、十字架で身代わりの罰を受けてくださったイエス様なのです。

 イエス様はこう仰います。

「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない」(へブル13:5)

jesus

「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」(マタイ28:20)

 イエス様は今日も私たち一人ひとりに語りかけておられるのです。

 なぜ、寂しさを感じるのでしょうか?

 主を意識して、どこにおいても主を認めていないからではないですか?

 「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」(箴言3:6)

 そして、聖霊に満たされるまで祈ることです^^

「御霊に満たされなさい」(エペソ5:18)

(参考:wikipedia、http://biblegospel.org/等)

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「真の勝利者」(佐々木満男・国際弁護士)

 ある時、大手外資系顧問会社から国際的大型プロジェクトの法的検討とその承認を求められた。

札束

 検討した結果、それは巧妙に仕組まれた脱税スキーム(仕組み)であった。

 しかし一流銀行と大手会計事務所で練りに練ったスキームだから、税務署にも脱税とはわからないのではないかと思った。

 聖書を読んで祈った時、その思いはサタンの誘惑であることが分かり、「法的に問題があるので承認できない」と依頼者に伝えた。

 一週間後、銀行と会計事務所と相談した依頼者は、スキームを改正して再び持ち込んできた。

聖書を読み祈る

 ・・・聖書を読んで祈った時、「人々の思いを神の意思に優先させてはいけない」と悟り、再び承認を拒絶した。

 一週間後、またまた改正されたスキームが持ち込まれた。

 脱税の本質は変わらないが、安全度は飛躍的に高まっている。

   それを承認すれば私は多額の報酬を得ることができる。

 だが、いくら祈ってもイエスのゴーサインは出なかったので、三度目の承認拒絶をした。

怒る動物

 かんかんに怒った依頼者は、大声で怒鳴って席を立った。

 そして、私を解任して、他の弁護士から承認を取ってスキームを強行した。・・・

 しばらくして、そのプロジェクトが当局から脱税であると判断された。

 ・・・その後、さまざまな理由で、依頼者の担当者は解雇、銀行は一時業務停止、

   弁護士は所属事務所を辞職、会計事務所は解散に追い込まれた。

握手

 なんと、信頼を回復したのか、その依頼者から再び私に仕事が来るようになった。
(引用:http://www.christiantoday.co.jp/articles/12264/20131119/news.htm)

「すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守りなさい。 悪はどんな悪でも避けなさい」 (第一テサロニケ5:21-22)

「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。
 神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。

 神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。」(伝道者の書12:13-14)

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イエス様の血潮の力

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イエス様の血潮の力

 十数年前、アフリカの部族抗争で実際にあったことです。

 長年その国を支配していた少数派のA部族は、大統領の事故死を境にして、それまで抑圧されていた、多数派のB部族の報復を受けることになりました。

hotel

 報復の煮えたぎる思いに満ちていたB部族の者たちはA部族の村に押しかけ、男も女も、大人も子どもも、皆殺しにしていったのです。

 A部族は方々の家の中に身を隠しましたが、B部族は一軒一軒家を捜索し、見つけ次第、一人残らず家から引きずり出して、皆殺しにしていったのです。

 そして、その後で、殺した人の血をその家の入り口に塗っていったのです。

 それは「もうこの家の始末は完了した」というしるしで、後から来た仲間が無駄な捜索をしなくてもよいようにしたのです。

 そんな中、ある村でA部族の青年が、急いで自分の家に帰っていったのです。

hotel1

 そこには自分の家族や親族が集まって隠れていました。

 彼はどうしたでしょう。

 さあ、山奥へ逃げようと言ったんでしょうか?

 いいえ。

 自分の腕をナイフで切ったのです。

 そして大量に流れる自分の血を入り口に塗りつけたのです。

 彼らはその家の中で息を潜めて、じーっと隠れていました。

 やがてB部族の集団がやってきましたが、この家は通り過ぎて行きました。

door

 なぜなら、入り口のドアには、始末完了の血のしるしが塗られていたからです。

 これが、キリストが私たちのためにしてくださったことです。

 イエス・キリストは十字架の上で血を流してくださいました。

 キリストを信頼する者はこのキリストの血が塗られたものとして、神が認めてくださると聖書は言っています。

 キリストの血をその身に帯びているものはもはや罪の裁きに会うことは絶対ありません。

blood

 なぜなら、罪の裁きはキリストが身代わりに引き受けてくださったからです。

「父なる神の予知に従い、御霊の聖めによって、イエス・キリストに従うように、またその血の注ぎかけを受けるように選ばれた人々へ」(第一ペテロ1:2)

「主がエジプトを打つために行き巡られ、かもいと二本の門柱にある血をご覧になれば、主はその戸口を過ぎこされ、滅ぼす者があなたがたの家に入って、打つことがないようにされる」(出エジプト12:23)

 そして、大切なことは、自分自身がイエス様の血潮に覆われていることをいつも忘れず、意識していることです^^

 そうすれば、災いが過ぎ去っていきます^^

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どうしたら神様に大きく用いられるのか?

washington

 アメリカの初代大統領のジョージ・ワシントンの母親が誕生日を迎えたときのことです。

 お祝いに来た多くの客の中の一人が、大統領の母親に尋ねました。

「息子さんをいったいどのように育てたのでしょうか?どうしたら、このような偉大な人物に育つのでしょうか?」

 ジョージ・ワシントンの母親はこう答えました。

ゲッセマネの祈り

「私は息子に、神様に絶対服従するように教えました。」

 彼女はいつも「ただ神様によく仕えなさい。神様を礼拝する人になりなさい。神様を恐れる人になりなさい。」ということを強調して、息子を育てたと言ったのです。

ジョージ・ワシントンは、このようにして、日々変えられていき、ついにアメリカの初代大統領となったのです!

一人の人物が自我と肉の思いに死に、神様に徹底的に従った結果、アメリカが変えられたのです!

「キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。

 人としての性質をもって現われ、 自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。

jesus in heaven

 それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました」(ピリピ2:6~9)

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緊張感に打ち勝つ秘訣

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緊張感に打ち勝つ秘訣

 女子ゴルフの選手で、韓国のシン・ジエ(申智愛)選手をご存知でしょうか?

シン・ジンエ1

 彼女は2010年5月、世界ランキング1位の座に着きました。

 彼女のニックネームは「ファイナルクイーン」です。

 それは、いつも最初は負けているのですが、最後になると勝つからです。

 彼女の父親は牧師で、彼女も牧会者の娘として熱心なクリスチャンです。

シン・ジンエ

 ところで、なぜ彼女は「ファイナルクイーン」になれたのでしょうか?

 もちろん、彼女も試合中に緊張します。

 しかし、緊張すれば賛美をするそうです。

lord

 そして、試合中にあまりにも緊張したら、賛美を歌い、御言葉を黙想するそうです。

 それは非常に大きな助けになり、彼女を「ファイナルクイーン」にしてきたのです!

「ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。」(ヘブル13:15)

「あなたがたは、このように主キリスト・イエスを受け入れたのですから、彼にあって歩みなさい。キリストの中に根ざし、また建てられ、また、 教えられたとおり信仰を堅くし、あふれるばかり感謝しなさい。」(コロサイ2:6~7)

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慈愛と憐れみの目

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慈愛と憐れみの目

miyazawa

 宮沢賢治は「銀河鉄道の夜」や「雨ニモマケズ」の詩でよく知られています。

 その宮沢賢治が農学校の先生をしていた頃のことです。

 彼の住んでいる村に、よく物を盗んでばかりの子がいました。

 誰が叱っても、彼は盗むことをやめようとはしませんでした。

 ある日の夕方のことです。

 賢治が学校から帰ってくると、畑でその子が何かを盗んでいるのが目に入りました。

 賢治は立ち止まると、その子も賢治が見ていることに気付き、立ち上がります。

 そのとき、賢治はその子の顔をじっと見つめたのです。

child

 その子も賢治のことをじっと見ていました。

 二人とも互いに、ただ見つめるだけで、何も言いません。

 この無言に見つめ合うことが2、3分続くと、その子は盗んでいたものを下におろして、賢治に礼をして、家に帰っていったのです。

 そこで、賢治はニコッと笑いました。

 そしてその子はその時から二度と物を盗むことがなかったというのです。

 さて、ほとんどの先生は「こらっ!またやっているのか!」と少年を大声で叱るのではないでしょうか?

 そうしたら少年は走って逃げ、賢治のいないところで、また同じことを繰り返したことでしょう。

 しかし、賢治は叱りませんでした。

look

 ただ見つめたのです。

 少年を慈愛と憐れみの目で見つめたのです。

 きっと、その少年はその眼差しに心打たれたに違いありません。

 聖書には、イエス様がペテロを見つめられたことが記されています。

jesus

「主が振り向いてペテロを見つめられた。

 ペテロは、『きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは、三度わたしを知らないと言う』と言われた主のおことばを思い出した。

彼は、外に出て、激しく泣いた」(ルカ22:61~62)。

 イエス様が捕らえられる前、ペテロは、イエス様に殉教する覚悟さえあると語りました。

 しかし、いざイエス様が捕らえられてしまうと、イエス様のことは知らないと、のろいをかけて誓ったのです。

 そのようにイエス様を裏切るペテロを、イエス様は慈愛と憐れみの目で見つめました。

peter

 すると、ペテロは激しく泣いたのです。

 自分の罪と弱さを悟ったからでした。

 人が変えられるのは愛されるとき、赦されるときなのです!

 慈愛と憐れみの目で見つめられると、人は変わるのです!

「主は荒野で、獣のほえる荒地で彼を見つけ、これをいだき、世話をして、ご自分のひとみのように、これを守られた」(申命記32:10)

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ」(イザヤ43:4)

(参考:http://biblegospel.org/)

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どのようにしたら聖霊様が働かれるのか?

rovert

 ロバート・シューラー博士の孫・シューラー3世は、祖父も父も牧師なので、どこでもきちんとしていることを過剰に期待されてきました。

 父親であるシューラー2世は、離婚しているため、その環境で成長することも楽ではありませんでした。

 15歳で自分の意志でクリスチャンとなった頃は、何でもクリスチャンらしくきちんとやろう、という思いでいっぱいでした。

 例えば、妹に悪ふざけをしたら、後になって、「あれはクリスチャンとしてすまなかった、ゴメン」と謝りました。

麻薬

 ところが、シューラー3世は高校の時、麻薬の密売をしている仲間にもキリストの福音の素晴らしさを語りました。

 すると、どうでしょう!

 その相手はイエス様を救い主として受け入れたのです。

 彼は生活がどんどん変わり、ついには海軍の従軍牧師となったのです。

 こうしてシューラー3世は、次から次へと学校の仲間を教会に誘い、そのリストはノートに裏表3ページにもなりました。

 シューラー3世は語っています。

evangelism

「人の魂の救いのために行動し始めたら、聖霊が働くようになり、相手が変えられる体験がたくさんできた。

そのことが大きな喜びとなって、伝道者となることを決断した」

 自分がしっかりしなければ、と道徳的に考えていた頃は、喜びはありませんでした。

 ところが、人々の魂への配慮をしたとき、聖霊の力により伝道者として実を結ぶようになったのです!

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「それから、イエスは彼らにこう言われた。『全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。』」(マルコ16:16)

「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい」(第二テモテ4:2)

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苦難の後には必ず祝福が待っている!

 ロシア文学の代表であるドストエフスキーの人生は、苦しみの連続でした。

 信仰心の篤い母親は父親の虐待によって肺結核で死にました。

 また父親は農民たちを暴力的に支配したため、逆に農民たちから殴り殺され、彼は18歳のとき、それを目撃し、生涯にわたるてんかんをわずらい続けるのです。

ドストエフスキー

 学校ではいじめられ、勉強もできず、孤独でした。

 青年時代には文学と社会主義思想に傾倒し、キリスト教を権力にへつらう宗教と考え、憎んだ結果、社会主義者になりました。

 革命組織に加わり、逮捕され、銃殺刑を宣告され、死刑台に上りました。

 「ああ、この28年の人生はあっけなく幕を下ろすのか!しかしあまりにも悔しい」
 と涙を流しているとき、1人の兵士が走ってきて、白いハンカチを振るのです。

白旗

 「死刑を中止しなさい。中止しなさい。皇帝の命令です」。
 皇帝の特赦を受けた彼は、シベリヤに流刑されました。

ポケット聖書

 流刑地に行く途中、一人の婦人が彼に小さな聖書を渡してくれました。
 あらゆる凶悪犯罪者に揉まれ、酷寒と戦いながら、強制労働をしていました。

 そしてその間、聖書を取り出しては読んだのです。

主の御声
 彼は苦しみと悲しみの中で読んだ聖書を通して、御声を聞くのです。

 その時、イエス様を心に迎え入れます。

 こうして酷寒の地であるシベリヤで、熱心なクリスチャンとして成長して行きます。

 彼はこう告白しています。

「だれかがキリスト教は真理では無いと言っても、私はイエス様と一緒にいたい!

 私は真理よりも、私のために十字架で血を流して死んでくださったイエス様とともにいたい」。

 彼は4年間の収容所生活を終えて故郷に帰ってきた後に、その間の苦しみを通して得た体験と悟りを通して、人間の深層心理を深く捕らえた珠玉の小説を書きました。

ドストエフスキー全集

 それが、罪と罰、カラマーゾフの兄弟、白痴、悪霊、死の家の記録・・・・。
 これらは不朽の名作です。

 彼が体験した苦難がすべての作品の中に絶妙に染み込んでいるのです。

 心の中に憎しみを抱き、神様と教会を忌み嫌った青年・・・・・

 苦しみと寂しさの中で少年時代を過ごし、人々から相手にされないてんかん持ちの青年・・・・・

 徹底的な無神論者で社会主義に心奪われ、挫折し、死刑宣告を受け、死ななければならなかった青年・・・・

 そんな彼が、神様の恵みで救い出され、イエス様に出会って、夢と希望を得て、奇跡を体験したのです。

 もし彼がイエス様を知らなかったら、酷寒の地、シベリヤで虚しく死んでいったことでしょう。

 しかし、彼の流した多くの涙、悲しみは決して無駄にはなりませんでした。

 かえって、それが心の畑を耕し、苗を育てる水分となり、ロシア文学の代表と言われるほどにまで変えられたのです。

 悲しみはそのままでは終わりません!
 涙の祈りは、神様を動かすのです!

喜び叫び

 喜び叫ぶ大きな慰めが待っているのです!

「涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。

 種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る」(詩篇126:5-6)

「今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。」(第二コリント4:17) 

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戦いを恐れてはならない!(佐々木満男・国際弁護士)

3月号

 月刊ディボーション雑誌の「幸いな人」2016年3月号(小牧者出版)の記事からの引用です。

 私たち日本人は、人の和を気にするあまり、個人としては戦うことを極度に恐れる。

 しかし、集団になると一緒になって騒ぎ立てる。

 一人では言うべきことも言えず、すべきこともできない。

 それで本当にいいのだろか。

 東南アジアの国から日本に留学し、日本の一流会社に勤めていたJさんは、知人の社長の会社に転職した。

婚約

 クリスチャンの日本人女性と婚約し、夢をふくらませていたのだ。

 ところがその知人は、会社の運転資金が足りないからと、次々にJさんに借金を迫った。

 Jさんは退職金を含め、ほとんどの貯金を渡してしまったのだ。

 全く返済してもらえず、悪質な詐欺行為だと気づいたJさんは警察に訴えた。

 しかし、警察は複雑な詐欺事件はなかなか取り扱ってくれない。

断食祈祷

 結婚式を挙げたものの、お金がないため、新婚早々3日間断食して、問題の解決のために祈った。

 この祈りによって、Jさんは相手を裁判所に訴えて問題を解決することが神の意志であると確信したのである。

 「Jさん、複雑な詐欺事件を外国人が裁判で解決するなんて、とうてい無理ですよ。

 すっぱりあきらめて、新しい職場を探すなり、自分で新しく起業するなりして、プラスの方向に集中した方がいいと思いますよ」

 相談を受けた私はこう助言せざるを得なかった。

 しかしJさんは、「どうしても納得できません。このままでは私が抱いていた、日本と日本人に対する良いイメージが崩れてしまいます!」と言う。

 弁護士費用を払えないので、自分で法律を勉強して本人訴訟で戦う決意だ。

裁判

 そこでJさんが起案した訴状や準備書面を私が検討してコメントするという形で、裁判に踏み切った。

 相手方は、有名な辣腕弁護士を雇って対抗してきた。

「弁護士に払うお金があったら、その分少しでも私の貸金を返してほしい!」という無念の思いをかみしめながら、Jさんは一人で法廷に立ち、たどたどしい日本語で勇猛果敢に裁判を戦った。

 ところが、Jさんの正義感と真摯な情熱が裁判官の心を打ち、半年後にJさんの全面勝利の和解が成立したのである。

「これで気持ちが晴れました。私の大好きな日本人は、正義を重んじ、日本は外国人にも公正な国であることがわかってうれしいです」

 Jさんは最愛の奥さんとともに、喜んでこう報告してくれた。

カップル

 この大試練を通して、夫婦の間の信仰が成長し、愛の結束が強められたことは、言うまでもない。

 この世の問題の背後には、必ず霊的な問題が潜んでいることを、忘れないようにしよう。

 少しでも油断していると、サタンはあなたのやる気をそぎ、他の人たちに対する苦い思いを植え付け、組織やグループの結束を弱めようと働きかけてくる。

 裁判後、Jさんは大手外資系会社に再就職の応募をした。

面接官

 Jさんの裁判の経緯を聞いた面接担当者は、彼の勇気に非常に感動して、Jさんを幹部候補生として採用したのだ。

「からだを殺しても、たましいを殺すことのできない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい」(マタイ10:28)

「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る」(イザヤ41:10)

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祈りは聞かれるか?

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祈りは聞かれるか?

 ある貧しい家族が、生活が苦しくなり、小さな村に引っ越すことになりました。

woorried

 7歳の娘が心配そうに聞きました。

「ママ、そこにも教会はある?教会学校に行けなくなったらどうしよう。」

 母親が悲しそうな顔で答えました。

「そこはね、とっても小さな村なの。それで教会もないのよ。」

move

 家族のみんなが引っ越しの準備をしているのに、娘の姿が見えません。

 それで部屋に入って見ると、娘はひざまずいて祈っていました。

「私たちは教会のないところに引越してゆきます。天のお父様、さようなら。」

mother

 母はその姿を見て、ともにひざまずいて祈りました。

 ところが、引っ越しして2か月も経たないうちに、その村には教会が建ったのです!

 私たちは祈らず、自分で「無理だ!」とあきらめていないでしょうか?

 自分の頭で計算していないでしょうか?

 お金がないから・・・。能力がないから・・・。時間がないから・・・・・。

 しかし、祈りがあるのです^^

prayer

「わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。私の前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを」(詩篇42:5)

「わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう」(エレミヤ33:3)

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