バイクの終活 HONDA CB400FOUR | PRAINSのブログ

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奴と僕が初めて会ったのは1979年(昭和54年)の高校の入学式の時で

同じクラスになった僕たちは意気投合し仲良くなり毎日のように

学校内外で行動を共にするようになる。

 

誕生日の早かった彼は僕より一足先に16歳の誕生日を迎えバイクの免許を取って

家に保管されてた彼のお兄さんの愛車だったホンダCB400FOURに乗り始めた。

 

中学生の時に16歳の誕生日を迎え自動二輪免許を取ったらCB400FOURに

乗る事を決めてた僕は興味津々で彼のバイクを眺め、触り、乗り、集合管が

奏でる音を聞いてCB400FOURへの思いは更に強くなり確信へと変わった。

 

CB400FOURへの思いを募らせた僕は16歳の誕生日を迎える日が待ち切れず

夏休み明けに先輩から持ち掛けられたCB400FOURを買わないかという話に飛びついた。

中学生の時の新聞配達のバイトで貯めてた僅かな貯えを頭金にして

バイトに精を出し車両代の月賦やカスタム代に充てた。

 

僕のフォーワンが納車された直後にお揃いの赤いフォーワン2台で集合管の音を奏で

広バイパスを軽く流したのが僕たち二人のバイクライフの始まりだった。

 

 

お揃いの赤いタンクのCB400FOURはやがて両車とも紫色になった。

しかし残念な事に僕達のバイクライフもそんなに長くは続かなかった。

呉で初めての共同危険行為が適用された暴走行為で奴は免許が取り消しになった。

幸い僕は走り出す直前に先輩がバイクを運転したいと言い出したんで先輩に

バイクを貸して車の方に同乗させてもらったんで免許取り消しは運良く免れた。

 

その後僕は高校を退学になり遊ぶメンバーも変わった事もあって奴とは疎遠になった。

それこそ30年くらい会っていなかったが2009年に共通の友人の執り成しで再会した。

高校時代を共にした友人だけあって杯を重ねると一瞬にして30年のブランクは埋まった。

 

 

それからしばらくして彼は重い病気を患い半年ほど入院する事になった。

幾度となく見舞いに行った僕は、ある日CB750FOURに乗って病院に行き

彼に見せて元気になって退院したら、もう1回免許取って一緒にバイクに乗って

あの時の続きをやろうと提案すると奴の眠っていたバイクへの思いに火が付いた。

 

彼は病魔を克服し32年振りに中型自動二輪の免許を取ってリターンライダーに返り咲いた。

僕は大型自動二輪に移行していたが彼はもう一度CB400FOURに乗りたいと言った。

彼は16歳の時の忘れ物を探し見つけようとしてるんだと思った。

 

その後僕が仲介して彼は約30年振りにホンダCB400FOURを手に入れた。

30年振りに彼がCB400FOURに乘る姿を見たが乗り方や奴がバイクに乗ってる時の

シルエットが高校時代のあの頃と変わってないな~って密かにほくそ笑んだ(笑)

それから約14年間ツーリングに行く時は彼を誘い僕たちは再び青春探しを始めた。。

 

 

そんな彼とのバイクライフは15年目に差し掛かりいつまでも続くと思ってた。

しかし先日彼から体の調子が悪いんでバイクを降りようと思うと報告があった。

体の調子に加え今年のGW直前に足を怪我して重度の骨折になり足首に金属の

プレートを入れるほどの重症になったのも決断に至る大きな要因になったようだ。

 

彼の決断に異を唱える気は毛頭ないが彼からバイクを降りるという

言葉を聞いて他人事ながら僕は少なからずショックを受けたのは確かだ。

高校時代に同じバイクに乗って青春を謳歌しリターンライダーになる事を

仕向けた立場である僕は他人事ながら一抹の寂しさを覚えたのだ。

こうして一人、また一人とバイクを降りる仲間が増えていくのかと

思ったら人生なんてあっという間だな~って切なくなった。

 

人間は遅かれ早かれ誰でも老いるというのは避けては通れない現実だ。

かく言う僕だっていつの日かバイクを降りる時が来るのは100%間違いない。

彼の決断の意思は尊重するが僕は今の段階では健康に気を付けて

少しでも長くバイクライフを楽しみたいと思っている。

出来れば孫と一緒にツーリングに行ければバイク人生に思い残す事はない。

その日が来るまでは頑張りたいと思いますね。 ジャンジャン!!