ブラック キャッツ | PRAINSのブログ

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僕が思い入れのある1980年代にデビュー、若しくはブレイクした日本のロックバンドの

「ザ・シャネルズ」「横浜銀蝿」「ザ・ヴィーナス」を前回までに取り上げましたが

今回は1981年(昭和56年)にデビューしたロカビリーバンド・ブラック キャッツです。

 

ブラックキャッツは山崎眞行氏が主宰・経営する原宿のロカビリーショップ

「クリームソーダ」にて1981年に店のスタッフ6人で結成された。

前回取り上げたザ・ヴィーナスは同年7月にリリースした「キッスは目にして」が

大ヒットしてブレイクしたが奇しくも同年同月にブラックキャッツも

デビュー曲「ジニー・ジニー・ジニー」をリリースしメジャーデビュー

同年9月にはファーストアルバム「CREAM-SODA PRESENTS」がリリースされた。

 

ザ・ヴィーナスの時にも書きましたが1980年代初頭の

日本におけるネオロカブームはアメリカのストレイ・キャッツが

火付け役かも知れないが「ザ・ヴィーナス」の「キッスは目にして」と共に

ブラックキャッツのデビューがブームに拍車をかけたのは間違いないでしょうね。

 

 

ネオロカビリーブームの到来でブラックキャッツは一躍人気者になったが

もしかしたらネオロカブームはクリームソーダの山崎さんが仕掛人かも知れない。

ブラックキャッツはあくまでクリームソーダのショップ店員が本業という

スタンスを崩さなかったんで当時テレビへの出演も限られていたし

店の宣伝のためにメディアに出演するってスタンスだった。

 

翌年1982年(昭和57年)にセカンドアルバム「VIVIENNE」をリリース。

同年には日本人バンドとして初のアメリカライブ・ツアーを行い

日本国内のみならず海外アーティストへも多大な影響を与えて

イギリスからザ・クラッシュが来日した際にはクラッシュのメンバーらが

クリームソーダに訪れてレコードを購入したという逸話もある。

 

 

個人的な事で言えばブラックキャッツがデビューした1981年7月と言えば

僕は美容学校に行ってた17歳の時だがネオロカビリーブームが始まった頃に

既にフィフティーズファッションに傾倒してた懇意にしてた先輩たちに

感化され影響を受けた事でヤンキーや暴走族を卒業出来たと思っている。

まあそれでも見た目こそフィフティーズやロカビリーに変わりましたが

やってた事はヤンキーや暴走族と大差なく目糞鼻糞を笑うでしたがね(笑)

 

ブラックキャッツの初期の楽曲は今聴いても懐かしいですが中でも

「VIVIENNE」に収録されている「MAGIC ISLAND」が好きで若い頃はよく

カラオケで誠一さんを真似てヒーカップ唱法で歌ったもんです(笑)

 

その後ブラックキャッツは1983年(昭和58年)になるとメンバーが入れ替わりながら

コカ・コーラのテレビCM「Yes Coke Yes」に出演したり1984年(平成元年)には

織田哲郎さんのプロデュースで「東京ストリートロッカー」をリリースしたりもしたが

僕はもうその頃にはロカビリーは卒業してたんで晩年のブラックキャッツは殆ど聴いてない。

そして完全にネオロカブームが終焉した1986年(昭和61年)にブラックキャッツは解散した。

 

 

あの頃クリームソーダのショップは広島の隣りの山口県にはあったが

広島にはペパーミントはあったけどクリームソーダのショップはなかった。

現代とは違いインターネットもない時代ですから雑誌の広告記事を見たり

カタログ請求したりして現金書留で代金を送り商品を買っていた。

 

美容学校時代に同級生4人で関西方面に遊びに行った時に

京都のクリームソーダのショップで買い物したのも思い出深い。

あの頃買ったクリームソーダの服は殆ど実家に保管していて

いつかネットオークションにでも出してみようかと思ってたが

西日本豪雨の土砂災害被害で実家が全壊して全て土砂に埋もれた。

 

あの時代の呉の高校は修学旅行で東京に行くのが定番で

東京のクリームソーダで買い物するのが恒例になっており

呉工の同級生たちもクリームソーダに訪れたようですが

僕は修学旅行前に既に卒業してたんで(笑)結局東京の

クリームソーダやガレッジパラダイスには一度も行けなかった。

その後二十歳過ぎてピンクドラゴンには何度か行きましたけどね。

 

それに対しウチの大明神様は修学旅行でクリームソーダに行って

ブラックキャッツのメインボーカルだった高田誠一さんと写真を撮ってる。

しかし以って高田誠一さんは2004年に白血病で44歳の若さで亡くなったし

ツインボーカルの一人だったオットーさんも昨年1月に65歳で亡くなった。

 

 

おそらくブラックキャッツのメンバーで現在でも音楽活動してるのは

ドラムスの久米浩司さんくらいじゃなかろうか。

 

まあブラックキャッツのロカビリーは久米浩司さんの愛娘の

MISAKIちゃんがザ・ビスキャッツで受け継いでますけどね。

ジャンジャン!!