来月7月5日に呉のPANビル5階の「BLUE WORKER'S YARD」で開催される
「SUMMER PARTY BUBBLY NIGHT」というディスコ・クラブパーティーに参戦します。
1980年代~1990年代のバブル景気に沸いた華やかだった時代の夜が再現されるとの事です。
個人的には当時をリアルタイムで経験してる事もありとても楽しみにしています。
とは言え、個人的にはディスコデビューしたのは第一次ディスコブームと言われた
1970年代終わり頃のファンキー&キャンディーポップスのジャンルが両立した
時代だった事もあり1970年代のディスコミュージックも聴きたい所ですがね~。
第一次ディスコブームのブームに火を点けたのは
1978年(昭和53年)に公開されたジョン・トラボルタ主演の
映画「サタデーナイトフィーバー」でしょうね~。
ビージーズが歌う主題歌の「恋のナイトフィーバー」も大ヒットした。
当時中3だった僕がディスコデビューしたのも同年だった。
「フィーバー(弾ける・盛り上がる)」という言葉も流行語になった当時は
それまで主流だったアース・ウィンド・アンド・ファイアーなどの
ファンキーなサウンドに加え同年にデビューした
キャンディーポップスディスコミュージックのアラベスクや
翌年デビューしたノーランズの台頭で一気に大ブームになった。
バブル時代が始まった1980年代の終わり頃になると電子楽器を
使用したダンス・ミュージックの一種であるユーロビートが
主流になり第二次ディスコブームが到来した。
東京ではジュリアナ東京が聖地となり若い女性はミニスカートの
ボディコンに身を包み扇子を持ってお立ち台に上がって踊り狂い
男は肩パットが入ったイタリア製の高級ブランドのスーツに身を包み
ドイツ製の高級車を乗り回し大盤振る舞いをしてた時代。
広島ではマハラジャやキング&クイーンが当時を代表するディスコで
当時仲間たちとマハラジャを貸し切ってパーティーを開催したりもした。
1990年代の半ばになりバブル時代が終焉を迎える頃に
ディスコは下火になりクラブというスタイルが主流になる。
個人的にはディスコとクラブの違いがよくわからないのだが
僕の主観では簡単に言えば踊る所に酒があるのがディスコで
酒がある所で踊るのがクラブというイメージを持っている。
まあ個人的にはこの時代には三十路になり夜遊びもひと段落して
落ち着いてたんでクラブには殆ど行ってないんですがね。
と、いう事だが80年代初頭はまだファンキー&キャンディーポップスも
健在だったし それらはディスコイベントには欠かせないだろう。
しかし70年代にディスコで踊ってた世代は今や還暦・古希になってるし
80年代にユーロビートを踊ってた世代も優に五十路を過ぎてる。
この手のディスコイベントはほぼほぼリアルタイムを経験した世代が多い。
まさか五十路のオバサンたちがミニスカートのボディコンに身を包み
扇子を持ってお立ち台に上がって踊る事はないだろうが(笑)
気持ちだけでも当時に戻って楽しい時間が過ごせたらいいですね!
ジャンジャン!!



