本当に初めて見たんですよ

私、正直言ってKPOPに興味はないんです
好きなのは東方神起(5人)だけだったので 他には興味なし

一応名前は知ってるけどメンバーをよく知らない。
名前も顔も知らない
ジュンスの友達なら知ってる
JYJの悪口を言ったやつは知ってる←ここは絶対に許さない

ソリソリもジュンスが何かで口ずさんでたから覚えてるだけ
だから、本当に初めて見た
あまりのグダグダに なぜか癒されましたね

オンリの私がなぜそこに行く?
毛嫌いすることなく。。。


ジュンスが好き、ドンヘも好き

それだけのこと。
受け入れられないならそれでいい。

福岡のイチゴコンのオーラスの翌週は
SUPER JUNIORの福岡ドームコン

両極端のコンサートでした。

SS6で、びっくりしたのは・・・
コンサートのストーリーとして 最後のピースを見つけて完成させるっていうのでしたけど、
コンサートが楽しくグダグダで
イトゥクが「えっと、最後のピースを・・・ん?ん~ま、いっか」的に流した
どこにやったかわからなくなったんだろうけども。
「え~~~~~、まっ、いっか  で、済ます気なの~~~www」
衝撃でした。まぁ、見つかりましたけど
楽しかったですよ。

たまたま、ドンヘを見て好きになって
タイミングよくコンサートがあって観に行けて

全て 見事に。。。
お膳立てされてましたね

この時から 時間が動いてたのかな~なんて思っちゃいますね

そう、ジュンスのドラキュラの翌日に見たコンサートはSS6のラストコンサートです

この時に ドンヘを好きになったから 
私は 救われたんですよ

この先に起こるいろいろなこと・・・

やっぱり、どうして? って思うことにもちゃんと理由があるんです

 

これも話とかなきゃなぁ~

ものごとには 理由がある

ここで嘘つく必要はないので はっきり書きますね

さかのぼると 2014年なんだぁ
ひたすら JYJとジュンスだけのために走ってきて
その思いは 自分を押しつぶす勢いで
耐えられなくなりつつありました。

「なにか、違うんじゃないか」 

そんなときにあるコンサートを撮影したファンのツベを見た
びっくりして 何度も見て 笑った。
へぇ~こんな世界もあるんだ
これが許されるコンサートってあるんだ
とっても新鮮でした。
SMAPに通じるものがあるかな?

コンサートのクォリティを追求するのがJYJとジュンス
「すごかったね~、うまかったね~、よかったね~」

でも私の見たツベは アーティスト自身が一番が楽しそうで
その中で こんな笑顔があるんだ・・・って思うほどの笑顔

その時、ふと思ったんですよ

「音楽。音を楽しむってことだよね」
この数年、忘れてたこと

クォリティの高い音とダンスで圧倒するステージに魅せられてきたし
それはそれでもちろん私の心を放すことはなかったけど

引き込まれましたね
あの笑顔に

ずっと苦しかった
JYJ、ジュンス・・・くやしいことばっかりで
笑顔の裏はいつも悲壮感があって崖っぷちで
いつの間にか すべては義務にも似た何かに変わってきてました

このままでいたら もしかしたら嫌いになってしまうんじゃないかっていう不安
絶対に嫌いになりたくないっていう思い

逃げ道を見つけたんです

友人には相当責められましたね
「なんで そこなの?」
そりゃそうでしょう。私も思った。
「なんでここ?」

超一流の二流グループ
これ、最高のほめ言葉です

私は ツベで初めて イ・ドンヘが動いてるのを見たんです

 

いよいよ、入院・・・の前に

いざ、重い病気です、手術が必要です  と言われて
私は その意味合いを考えたわけです

嘆き悲しむ。この先に待ち受ける恐怖?自分との闘い?
なんでこんなことに・・・どうして私が・・・

ちょうど 同時期くらいに有名な方がそんな感じでしたね

私は・・・・きょっと~~ん
あまりの。。。。その。。。。へっ? だったので。

はっきり言います。
全く思わなかったです。
嘆くことも悲しむことも 恐怖とか闘い? なしでした

確かにこの病気のことで3回泣きましたが 
病気に対して辛いとか苦しいとか そういうので泣いたことは一度もない
あとの二回は、そのときに。

検査自体がすべて終わっていない以上 はっきりしたことを聴く機会はなくて
「そっか・・・私、死ぬかもしれないんだ。そっか、そっか」
これだけでした。

あれだけ死ぬことが怖くて永遠に死にたくないって思ってた子供の頃
小学4年のときだったかな、死が怖くて、
今ここにある自分という意識が消えてしまう恐怖、そして人生よりもその無が長い。
その恐怖で汗びっしょりで夜眠れなくなってしまった
子供ながら図書館に行き、宗教本を読んだけど答えは出なかった

祖母に「死ぬことは怖くないの?」って聞いたら
「長く生きてると もういいか って思うようになるんだよ」って

そして、大人になって
こうやって目の前にポンっと出されると 「そうか」これだけでした。
やり残したことって あったっけ?

何もない。

ジュンスのことにしたって行きたいって思ったコンサートにはすべて行った。
ひたちなかのコンサートのために バスをチャーターしたことも楽しかった。
本当に自分のしたいことをしたし、嫌な思いもしたけどそれさえもいい思い出でしかなかった。
自由にしたいことをさせてくれた家族にも感謝

私は本当に幸せだったなぁ

確かにわがままに生きてきたけども そのおかげで?今を受け入れられてるし。
いや、このために私の今までの自由があったんだとしたら それはそれでヨシ
私は 祖母の言う「もういいか」に到達してたのかな

人は 必ず死を迎えるわけで
それは 突然やってくることもある
本当に健康でいたとしても突然の事故で未来が消えることもあるわけで
確実にくるであろう明日を当然のことと思って生活していても 来ないこともある
そんなこと誰にもわからない

「人が当たり前に思う明日」が来る確率が私は普通の人よりもちょっと低いだけ
でもそれはとても有利なことで
確率が低い分、明日が大事であることを 普通のひとよりもわかってる
だからって今日を大事に・・なんて きれいごとは言いませんよ。
そんなに キラリと前向きに生きてるわけじゃないから

入院まで数日ってなっていても 動揺することもなく
いや、動揺する理由もなく
TVに映し出される 嘆きや苦しみにうんざりしてた

物事には必ず理由がある

これ、私の信条なんです。


今、疑問に思うことも自分の為の理由があってそれに気づくかどうか

子供の頃 死ぬことが怖かったのは 幸せでそれを失うのがいやだったから
今、怖くないのは 悔いのない幸せがあったから

そう思うと、嘆く理由なんてどこにもなかった




CTにMRIに下肢ナントカ検査。。。
遠征から戻って入院まで2週間

その間、仕事にも行く・・・残った公休は3日
自分だけの時間はほとんどなかった。

いつものように姉と母とランチに行って買い物をして。
入院に関して母はあまり協力的ではなくて 知らん顔だった
病気になった人間を責めてどうするの?

姉と入院に必要なものを準備
要は姉が私を第一に考えて動くことが気に入らなかったらしい

「しばらく、こうやってランチにくることはできないね」
そんな会話も その会話に意味を知ろうすることもなく
母の機嫌はサイアクだった

とっても情けなかったなぁ

二人になるとまた、責める
「どうして、なんで、だいたい・・・」

この病気になって泣いたのは3回
3回しか泣かなかったのか、3回も泣いたのか

「お母さん、私は 死にたくない」
涙がこぼれた

とりあえず、この一件以来、母は
「どうして、なんで、だいたい・・・」この言葉で私を責めることはなくなった。



2週間

淡々と 「部屋を片付けないとな。。。持ち物をちゃんとしないと」
コレクションしてた化粧品は全て姪っ子たちに渡した
アクセサリーは そのあとに分けることができるように一応写真を送っておいた
最低限しておかなければいけないことを最優先で

たくさんのグッズ
東方神起にJYJにジュンス
でも、これを誰かにあげるときは 私がいなくなったとき
死んだ人からもらうものの重さって・・・
そのまま 残すことにした

結局、部屋の片づけなんてできなくて
ふと・・・「あっ、そっか。私ここに帰ってくるんだな。
だから、片付けられないように用ができるんだ。片付けをしなくていいんだ」
なんとなく、そう思って片付けようって無理に思わなくなった
簡単に きれいにしただけでやめた

いよいよ、明後日は入院

やっぱりお墓参りは大事ですよね。。
姉は後から来るってことで母と先に墓前へ

すると・・・かわいい姪っ子と甥っ子が。。。。
東京から3人が帰ってきてくれてたのです。

本当にびっくりしたのと久しぶりの再会で嬉しかった~~
ん?
もしかしてこれって私の為に帰ってきたの?
それとも爺さんの為? ←義兄のお父様も長々と危ない状態でした

どっちも死にかけ・・・
「おじいちゃんに会うためだよ」って笑ってたけども
まぁ、私の為に急遽帰ってきてくれたことはわかってました。

長姉んとこも甥っ子も来るって言ってくれましたが
会社を休むことはできず、タッチアンドゴーで帰ることに

そこまでして手術前に一目会っておこうってのは・・・
いやいや、それはご遠慮します。

もっと時間のある時に遊びにおいで~~~

いつもと変わらない日常の中に入院準備ってのがあるだけ

明日は入院かぁ。。。。
何時だっけ。。。
しばらくはこのベットで寝ることはないんだな。。。
もしかしたら・・・まっ、いっか。。。

そのときは、そのときで。。。


全ての治療が終わってから
二か月ちょい、過ぎました

体調は いいのか、あまりよくないのか
毎日、違います

基本、一日にひとつのことしかできないのです
仕事に行けば、それでおしまい
家に帰ってからは疲れ切って何もできない

体力がないってことと 何かをしようと思うことができない
仕事中には 「帰ったら あれをしよう、これをしよう」って思うんだけど
帰ってソファに座ったら もう動けなくて
用意された夕食を食べて 眠ってしまうんですよ

ほんと、最近やっとこうやってこの時間に起きていることができるようになりました

とはいえ、明日は眠ってしまうかもしれないし
ちなみに昨日は大河ドラマを最後まで見たか自信なし
気が付いたら 寝てた。。。

手は相変わらずの痛み
ネットで調べたら 末梢神経障害? 副作用っぽい
どうして私には後から後から出てくるんだ

親指に力が入らないから 爪が切れない
治療中の半年間は全く爪が伸びず 2回しか切らなかった
最初と最後くらい。途中は爪を気にして無かったし
ふと・・「あれ?爪切ってないっていうか伸びてない~~」

すごいよね
生きてるってことですよ
順調に爪が伸びてます・・・切れないけど

髪も治療後本当にすぐに発毛し始めて
今は きりっとした・・・カツオですね

もう宇宙人だったころの自分を思い出せません
こんなことなら、一枚撮って残しておけばよかったなぁ~って思ってます
何事も、記念

いや、写真は撮りまくってました
ラインで友達に送りつけたりしてましたから
やっぱね、元気な姿を見せておこうと
で、消しちゃってました

しかし、送られた方はリアクションに困ったでしょう・・・申し訳ない

普通は鏡を見るのも写真を撮るのも嫌なもんらしい←姉いわく
私は毎朝 鏡を見、体調のいい時は自撮りして遊んでました
ひとしきり自分を見て 疲れてベットに戻るという。。

どんな時も どんな自分も大好き なのでした

確かに一日一日、体調は安定するようになりました
時間は薬

まだ、2か月しかたってないんだから のんびりいかないとね
治ったわけではない
ちょっとした痛みも もしかして・・なんて
だから、それを先生に言うのは いやだな~~なんてね

でも この気のせいを
先生に「そう、気のせいだね」って言ってもらわないと。

今週の検査はいやだなぁ