二日目

食事もきっちり食べてます。

三食完食。

この病気になって決めたことは一つ

絶対に食事を食べる。どんなことがあっても食べる。

周りの人たちの思いに応える方法は一つだけ食べることだったから。

 

まぁ、気分の悪いのも気のせいだし。

今日はのんびりしよう

 

ただ気になったのは夜中のうめき声と嘔吐しているであろう音だった。

だれか、入院患者さんが吐いてるんだろうな。

やっぱり、そうか、大変なんだな。

明日は我が身なのかな・・なんて思って。

 

スマホでゲームしてお昼寝して・・・体調も悪くない

でも、夜からその時がやってきた。

寝よう、今日は早く寝よう。気持ちが悪くなる前に寝よう。

 

夜中3時ころ

また誰かが吐いてる音がした

深夜だから 響くんですよ。

病室のドアは開いてるから

 

水分をたくさん摂ることが必須だったので目覚めたら飲む

トイレにも行く。

このなぁ~んかムカムカする感じは気のせい

 

目を閉じて 朝を待つことにした。

 

 

えっと。。。

そうそう、入院したその日、大先生のご回診があったことも書いとかなきゃ。

なぁ~んにもしてない、ただ荷物をほどいて短パン・Tシャツになっただけなのにご回診。

「明日から抗がん剤が始まるんですね、不安なこともあるでしょう?」

『いえいえ、全然不安じゃないし何も心配してません』

「はっはっはぁ~、それは頼もしいですね」 大先生は去っていかれました。

大勢の先生方もニコニコしててこっちもスマイル

 

看護師さんが ドンヘの時計を見つけて

「それ・・・・だれだっけ」 『スーパージュニアのドンヘですっ』

「あぁ、見たことあるような・・・昭和の二枚目?みたいな。。。」

昭和の二枚目?????

二枚目だから、いっか(笑)

 

で、で。

第一回目の抗がん剤の投与です。

ルート確保して腕が動くことのないように板?に固定します。

3本で 30分、1時間、1時間だったかな?

この間、看護師さんがずっとつきっきりです。

血圧を何度もはかって容体を見ながらの雑談

眠ってしまう薬が入ってるからそのまま寝てもいいですよ・・的な

 

何事もなく無事に終了

で、調子がいいなら針を抜きましょうって話で看護師さんがやってきましたが、

この先、具合が悪くなって食事等がとれなくなったら点滴になる・・・ってことはその時にはまた刺すわけで。

「え~~~。とりあえず、3日間は置いときましょうよ。でよかったら外すってことで」

っていうのは、たいてい3日目にわるくなるって聞いてたので。で、3日間を過ぎたら治まるからって。

点滴のルートを確保したままで過ごすことにしました。

 

午後、面会の時間に母、姉がやってきました。

ラインで「着替えもあるし、行ってもいいか?」って確認されててOKしたので。

 

さんざん、毎日来いって言っといて急に来るなってのも変な話で、体調の変化もなかったので来てもらいました。

 

帰った後、なんとなく・・・気分が悪いような気がしてきて

いや、気のせいだな

 

きっちり、食事を完食して、体調管理の用紙に食事10割と記入

{食事の量、主食・副食。トイレの有無など}

いつものようにゲームをして 本を読んで。

 

一日目は無事に終わったのでした。

 

 

入院前にしておかなければならないこと。

投薬の副作用である脱毛に備えて長い髪を切ること

 

潔く、坊主にしようかと思ったけどこれは母が強硬に反対しました

まぁ、母は知らないので反対するよね

 

自分で運転して(免許を持ってるのは私)姉に支えてもらって・・・小さな美容室に行きました

ベリーショートにすればよかったのになんとなく、普通のショートに

 

美容室では どうして髪を切るんですかぁ~?とか、

たわいのない会話をするんだけど、どの質問にも答えを濁すことしかできなかった。

またいらしてくださいね~ の社交辞令にも 何となく返事できなかった。

 

そして入院の日。。。

手続きは相変わらずの混雑でまたまたエレベーターには乗れず

エレベーターの前で待っていなければならないけど 

疲れるので近くの椅子に座ってるので・・・「永遠に入院できないね(笑)」

 

なんとか病棟に入り、部屋で準備。

今回はラフに半パンにTシャツという出で立ちです。

どこから見ても、患者ではない(笑)

 

先生の手が空いたのは夕方、いや19時過ぎだったかな?

今後の治療計画の説明だった

 

抗がん剤 週一で3回でワンクール。これを6回。

だったと思う。

最初に聞いたように半年かかる。

順調にいくことはほとんどなくて 延びるとのことだった。

週一回、投与のために3日間くらいの入院・・・もちろん投与の日だけプチ入院という方法もある。←順調に投与するために入院するのが確実

 

副作用の説明と、水分・食事が摂れなくなったら即入院とかとか

副作用はよく聞く 極度に失われる体力、味覚障害、嘔吐、脱毛その他

 

で、初回の一回を受けて二回目は一週間後

どのように副作用が現れるかわからないから 二回目の投与をするまで入院してほしいと言われた。

「えっ?!」 こっちは3日間の予定で来てて、すぐに帰れると思ってたのに・・・

私の顔を見て嫌がってることを感じた先生と担当の看護師さんはちょっと焦ったみたいに

「いや、嫌だったら無理にとは言わないけどどうなるかわからないから初回は・・・なるべく入院を勧めてるんだけど、いやならいいけど・・・」

 

この焦り様はもう・・・「わかりました」この私の返事の後の二人のほっとした顔。

 

さっそく 姉にラインを入れた

「なんで、延びたの?」そりゃ心配するよね。3日のつもりだったのに8日間になった。

足りない着替えの用意を頼んだ

 

入院のとき、母には 絶対に来ないようにって言いました。

この3日間は誰も来ないようにと。

相当の苦痛だろうと覚悟したのでそんな姿を見せるわけにはいかない。

姉も 暑いからちょっとお見舞いはやめておこうって言ってくれて、

免許もない母は義兄の車以外で来ることはないから大丈夫。

 

さて、どうなることやら。。。

 

いつものように 病院食は完食

お腹の線路のテープもしっかりくっついてる

シャワーを浴びて準備はできた。

 

明日に備えて・・・ゲームして寝ました。

 

 

退院してずっと寝てるわけです。

もちろん、体力なしで座るとしたら何かに体を預けてる

 

殿様布団、よかったんですがやっぱり「電動ベット」にはかなわない。

布団って起き上がるときに辛いものがあります。

 

とはいえ、自分では元気だと思ってる

何とかして エイね に行きたい

食欲もあるし、この調子で体力が少しでもつけば、30分だけ立っていられるんじゃないかと

いや、この時は30分も立っていられないなんて信じてなかった←座れないくせに

 

踊ってたんですよ

「sorry sorry」

サビのところだけ踊って 順調♪って

疲れたら布団の中でどうやっていくか考えてた。

 

長姉は「行くんでしょ?行けばいいよ」

とにかく、何も否定しなかった。行けるなら行けばいいよって

 

元気な私は母がちょっと買い物に出かけてる間に布団を抜け出して

ずっと食べたかったもの・・・・たこ焼き

冷食のたこ焼きをドドドっとお皿に・・・11個並びました

 

いつもこのくらい食べてたのでいつものように♪

美味しい~~美味しい~~お・い・し・・・い

 

ちょっと無理だったのか 食べ終わった後、気分が悪くなってしまった。

そっと布団に戻り・・・寝る

 

母が帰ってきて「どうしたの?具合悪くなったの?踊らないの?」

実はこの日を境に本当に調子が悪くなってしまったのです。

もう前とは違うのに前と同じように食べようとするなんてって叱られました

食べたものを消化するのってものすごい体力を必要とするんですよ。

それに気づいてなかったんです

 

それでも布団の中でどうにかならないかってあきらめられなくて

昨日まで踊ってたのに今は横になってる

そのくらい、劇的に体力がなくなって

行けたとしても、もより駅からスタジアムまでのあの距離

歩くだけの体力は到底なかった

 

って、よく計算してみたら退院して1週間後が エイね だった。

そりゃ、無理だわ

 

諦めて。。。

再入院の日を待ったのです。

お腹の傷を治しとかないと 抗がん剤は 細胞を活性化させないんだから

体調を整えて。

 

退院後の診察、そして再入院の為のいろいろ

この診察はなんだか行きたくなかった。

だってやっとなんとか元気になってきたのにってね。

 

退院して25日目に再入院

とりあえず、3日って話だったので3日分の諸々を用意したのでした。

 

 

 

 

 

 

多分、私の 闘病というお話はこれからが重要になってくるんだろうけども

一般に聞く事と、私の事では大きく違います。

もちろん、個人差だと言えばそれまで

でも、私の体験が一般的だったら
何も恐れることは無いし、
ほんのちょっとの休養で乗り越えられます。

気持ちの持ち様

私の事を特別だと思わずにいて欲しいって思います

何も終わってないけど、終わったと思って。
ちょっと、身体の弱い人に変身しただけ

そういう事なのです。