不倫の代償と心の叫び -9ページ目

不倫の代償と心の叫び

【不倫がばれた!!!】その時から人生は一変する。
家庭や夫婦関係がどう変化し、これからどうなっていくのか?
私はスマホにその時々の出来事や気持ちをメモに残してきた。
その内容や気持ちを振り返りながら男側の気持ちはどうなのか?
を綴っていきたい

不倫発覚後の3、4ヶ月、ほぼ悪い方の嫁が妻の体を支配する中、私はさまざまな対応を試みた。


謝ったり、怒ったり、泣いたり、ゴマを擦ったり、放置したり‥一緒に居たり離れたり‥
私は、いや私達はと言う方が良いかもしれない。本当に色々なことを試してきた。
お酒を飲むと決まって暴れ出すので禁酒もした。お酒を飲む時は暴れない約束もしたが、やはり無理だった。
妻と娘をハワイ旅行にも行かせた。私はもちろん留守番で‥だ。しかし帰国初日からキレられた。
このハワイ旅行に関しては妻が勝手に企画し決めた事だ。おそらく妻自身も自分が好き勝手する事で、私の身勝手な行動(浮気)と相殺しようと考えたのではないかと推察している。

これぐらいの時からか?何となく妻から悪臭がし出した。本当に嫌悪感が半端ない状態だったのだろう。妻が私に言うならわかるが、今回ここに書いているのは、私が妻に対してである。逆恨みする訳では決してないのだが、そう感じたのだから仕方がない。
悪い妻が出てくる時には頭部に悪臭を感じるようになった。この時の私の目には、妻の頭は蛇女の様に見えていたと思う。その髪の毛の蛇がとても嫌で嫌でしょうがなかった。そしてその髪の毛からとても嫌な匂いを感じるようになった。発狂するとかに自らの髪を掻きむしるような仕草があったからかもしれない。
それはいつもではない、悪い妻が出現した時だけだ。
人の嗅覚は思い込みで感じることがあるのかもしれない‥生まれて初めて知った事だ。

私は妻がもう病気だと半ば自分に言い聞かせていた。更年期だから‥もしかすると精神病だから‥。そう思おうとしていた私も実は精神的な疾患を発病しかけていたのかもしれない。

この出来事(不倫発覚)はもはや感情でコントロール出来るものではなく、言わば『発病』なのだ。


特効薬を見つけなければならない。最悪
毒をもって毒を制すような自滅も覚悟した上で‥だ。

ここまでで試した内容と結果、感情が下記メモに残されている。



高級ブランド品を購入しよう作戦失敗
旅行に連れ出そう作戦失敗
家事で反省作戦失敗
手紙で気持ち伝える作戦失敗
言葉で好きを伝える作戦失敗
泣いて謝る作戦失敗
肩もみマッサージ作戦失敗
時間とともに忘れる作戦失敗
ずっと小遣いゼロ、家での禁酒、家事手伝い‥
あとどんな策が残ってるんやろう?気持ちが無い人に何をしても所詮無理なんかな‥』


結局のところ、不倫が発覚し妻が狂うと、特効薬など無いのである‥それを身をもって学んだ‥

私は家がそこそこ貧しいながらもアットホームな環境で、また親戚には恵まれて育った方だと思う。当然、会う頻度もそれぞれ違うので、親族の中でも、心の距離が近い遠いはあったのだが、揉めたりすることは無かった。年に一回集まる恒例の親族もいれば、数年ぶりに会う親族もいた。うちの親父が転勤族で数年毎に全国的な転勤があった事、また親父やお袋の親兄弟達が貧しく育ち、自分達が全国各地に散らばってそれぞれ自らの道を切り拓いていた事から、そんな風になったのだ。結果としてうちの親戚たちは、全国に散らばってはいたが、不仲なものはいなかった。そして、どの家族もそれなりに幸せそうに見えた。それぞれの家庭事情はあったのかもしれないし、大人の事情もあったのかもしれない。ただ少なくとも私が大人になり、疎遠になるまでの間そんなことを感じる事もなく離婚した類の話も聞いたことがない。
せいぜい母方の叔父が一人だけ未婚だった事ぐらいだ。
いくら喧嘩をしたとしても一つの布団で寝るルール。これは親から教わったルールである。
そんな環境で育った私が何となく自分達に決めたルールがある。
『喧嘩はしてもよいが、第三者(親族)を巻き込まない事』である。夫婦は喧嘩もするだろうし、いずれ仲直りもするだろう。でも私たちの親兄弟はそうはいかない。もともと考え方も文化も違うのだ。お互いに好きで結婚し互いのことは理解できても、その親兄弟の考え方はもっと理解しにくいし、溝もしがらみもできやすい。
だからこそ私は妻の良いところしか自分の親兄弟に伝えたこともないし、自分の親より妻の親兄弟をあえて意識して愛する様、また大事に思うようにした。結婚すると言うことは、妻の大事な家族は私の大事な家族でもあるのだ。少なくとも普通にしていてはそんなふうに感じることは難しい。それを理解しているからこそ、意識もしたし、より近しくなる為に、自分の親族に会う3倍、いや5倍は妻の親族に会う様にしてきた。ちなみに私の実家も妻の実家もここから移動すると半日はかかる距離で、そう頻繁に会える距離ではない。
話を戻すが、男が守るべきは妻や子はもちろん、妻の親兄弟も当たり前なのである。
そしてそれを今まで実践してきたつもりだ。

一方の妻はどうであろうか?
妻の家系の親戚付き合いは少々訳ありなようだ。妻の母親とその義母は敵対しており、早く死ねば良いと思っているらしかった。兄弟付き合いもほとんどなく冠婚葬祭でかろうじて顔を合わすか合わさないか?借金苦で逃亡しているものもいる。
だからなのかはわからないが、何かにつけて私の親族に警戒している様子が伺えた。あからさまに態度に出る事は少なかったが、そんな感情はもちろんヒシヒシと伝わるものだ。面倒くさい、将来私の親兄弟の面倒を見たくない‥そんな考え方が伝わる会話を何度かしたこともある。
それでも一応気を遣って接してくれているのもわかる。だから、ここまで表向きは普通に過ごしてこれた。

ただそんな妻も過去に一度母(妻側)に泣きついたことがある。
新居を買う時のことだ。結婚目前でなかなか新居が決まらず私は焦っていた。そんな時に少しのすれ違いで妻が泣いて母親の元に帰ったのだ。義母はすぐさま、何でうちの娘が泣いてるのか?と詰め寄ってきた。
私はこの時、理不尽に感じながらも謝ったが、これを機に妻に今後お互いの親を巻き込まない事について念押しした。
もう遅いが‥。この一件以来、私は義母から嫌われているのだから。
直接そんな話はしないが、何となくずっと壁を感じている。それでも私は積極的ににこやかにコミュニケーションを取ることを心がけたし、義母も一応普通には接してくれた。25年かけてその関係を維持しつつ、ほんの少しづつ改善した。

でも、この浮気の一件でまたその関係はフリダシに戻るのである。妻が実家でこのことを話したのだ。浮気をした私が悪いのはわかっている。
妻は一生私を許してはくれないだろう。それでも二人で幸せになる道を模索し二人で努力はしていくのだろう。どこかでどちらかが白旗をあげるまでは‥。

一方妻の両親はどう思うだろうか?愛しい娘が泣いて帰ったのだ。溝は広がるばかりで狭まることはまずないだろう。
またも約束を破った妻に私は憤りを覚えた。もちろん私が怒れる立場ではないので、強く主張してはいない。

が、何故そんなことを言ったのか?と聞いた事がある。
その時の妻の言葉は、あなたの親が悪いのよ!
だった。何故?と聞くと、
『私(妻)は言うつもりはなかったのに、あなたの親が私の親に電話なんかするから!』と言う。

事が発覚して間もなく、私たちの雰囲気に違和感を感じた母が、貴方たち何かあったの?と聞いてきた事があった。私は今色々あるからしばらくそっとしといてくれ!とだけお願いした。
すると私の母は妻の母に『二人に何かあったみたいだけど教えてくれなくて。何か知りませんか?』と電話したらしいのだ。
当然何も知る由もない義母は『さぁ?』と答えたのだが、その後、義母から妻に『何かあったの?』
と問い合わせ連絡があったらしい。
そこで妻がゲロったのだ ⇦ 表現が悪いか?
 
かくして、私の浮気の事実が義母に伝わった。
こうなった事に妻にも不満はあったが、この時は私の母の浅はかな行動を恨んだ。悪気がないのはわかるが、そっとしといてほしいと話したのに、なぜに?何の権利で、今以上にややこしくするのか!
一瞬、この矛先は理不尽にも母親に向いてしまった。母と妻の二人に対する不満を綴っているのが次のメモだ。



『もともと嫌われてる俺がようやく少し義母の信頼を取り戻しつつあったのに、母の電話一本で総崩れ。妻の実家と私の実家)縁が完全に切れました。妻うちの実家に来ることもなく、私が妻の実家に行くこともないのでしょう。母の身勝手な好奇心の電話一本のせいで。

今の私は妻のために頑張れても、妻の親や自分の親のために頑張れるほどの気持ちの余裕は無い。ふりだしからまた頑張れるほどの気力はもう無い。お互いに自分の娘たちを自由に親族の集まりに参加させることもできないかもしれない。せいぜい冠婚葬祭ぐらいしか行けない。俺が一番してはいけないことって繰り返し伝えてたのに、また同じ事しちゃったね。』


数年間書き記したメモの中で、妻以外に対する不満をぶちまけたのは、この時だけだと思う。


私は色んな人と楽しく集まりワイワイ楽しみたいし話もしたい。色んな親族と会うのも家族がどんどん増えていくのも楽しみにしていた。

が、私が招いた『不倫の代償』‥
失った大きなものの中の一つが、この『親戚付き合い』であるのは、言うまでもない。

それと、女性という生き物は何故こんな浅はかな行動に出るのか?

妻も母も‥。妻の母も‥。みんな器が小さすぎる‥
1番浅はかな行動を取った自分は棚に上げといて、そんな自分勝手な感情が私の気持ちを支配する
 
 

私は倹約家である。
自分で言うのも何だが、かなり理想的な倹約家であると思う。
結婚は20代前半で、もちろん初婚で今の妻とだか、結婚する時にはバイトや仕事で貯めた資金は1,000万近くあったと思う。挙式費用も海外への新婚旅行も、中古物件ではあるが新居購入の頭金も、全て私のこの中から捻出した。貯めたお金の大半を全て注ぎ込み、あまりは家の預金として充当した。
結婚後も毎朝6時に起きて22時に帰宅する生活を10年以上継続することで、その間に新居も購入出来た。その後現在に至るまで15年以上が経過するが、似た様な生活は続き、新車も何度か買い替えた。娘二人も私立の大学に進学させた。経済的には裕福な方だと思う。
もらった給料は全額家に入れた。私のお小遣いは毎月三万円である。その中でタバコ(もう10年ほど前に辞めてるが)や、飲み代、同僚との遊び代の全てを補っている。毎日コーヒーやジュースを会社で飲む人は多いが、私はこれをしなかった。そのお金すらも使わずに、部下や同僚との飲み会用に貯めておいた。そして飲み会の時には、割り勘もしくは自分が率先して全額を払う様に心がけた。節約はとことんするが、使う時は気前良く払うのだ。お金の使い方にメリハリを持って運用しているつもりである。
日々とことん節約をする。
パーっと使う時は立場などを考え、必要以上に見栄を張って大放出。
そんな感じだ。それと、忘れてはいけないのが家族にかけるお金である。
外食や旅行は自由に出掛け、旅先で使うお金はケチケチしない。せっかくなんだからお金を気にせず楽しもう!おいしいものを食べよう!のスタンスである。
またイベントごとのプレゼントはある種私の楽しみでもある。妻や子供達へのプレゼントは、私がもらった時の喜びとは比較にならない格別なものだ。
プレゼントは大体がサプライズで準備している。それを大喜びで受け取る家族は時に嬉しさで涙する。私もそれをみて涙する。娘が成人を迎え出すここ数年はプレゼントの質が高騰し、イベント毎に10万円以上の費用がかかった。それはもらう方は嬉しい筈だ。超一流ブランドのバックや財布、アクセサリーを貰えるのだから。逆のお返しは不要で‥。このお返しは私もさほど求めていないので、おおよそ10分の1ぐらい、もしくはもっと安価な形で誕生日や父の日に還元される。が私に物欲はないので、もらえるだけでありがたい話である。とても幸せな家族だったと思う。私も家族も。

浮気の費用は?と言うと、正直ほとんどかかっていない。さほど会ってもいないし、外で自由に会える仲でもない。一人暮らしの彼女が色々準備してくれるので、ありがたくそれを飲み会し、その素敵なスペースで私は仕事の準備をしたり、時にはもちろん羽を伸ばした。もちろん、プレゼントなどはしたことがない。家族の序列に入らないのだから‥。そこは自分自身冷ややかだとは思うが、メリハリの一つで、じぶんのいっせんを超えてはならない【線】なのである。
浮気はええんかい!と突っ込まれそうだが、結論は【超えてよい線】なのだろう‥勝手な線引きであるが、自分のメリハリのメリとハリがそうなので仕方ない。

そんな私は、この浮気の発覚以降どうなったかと言うと‥‥。はい、お小遣い『ゼロ円』生活のスタートである。

一方の妻はと言うと、子供が生まれてから週3回程度のパート生活である。扶養範囲内に収める感じだ。だか、それら貯金は自分のもの‥である。無駄に消費することは無いので、私もそれを不服には感じていない。


なので、これまで特に不満は無かったが、流石に今回の一件でやるせなくなったのだろう。私が納得できない感情が芽生え始めた。
家族で食事に出かけた時、子供が私にご馳走様とお礼を言った時のことである。たまたま珍しく誤って自分の口座のカードで支払いをしてしまったのだろう。その光景が気に入らなかった様で、次のメモはその時の気持ちだろう。


『子供が俺にお礼を言ったとき、お金出すのは私なんやで!っとすかさずツッコミ。俺は独身時代に働いたお金も全部家に入れて家族のために使ってるけど、それをいちいち恩着せがましく言ったこともない。今小遣いは無いし使ってもいない。浮気相手に出すお金は一円たりとも許さんってブチギレてたけど、それに対して○○(妻)が働いたお金は自分の好きに使うその考え方ってなに?』


考え方が狭すぎる‥のか?自分勝手なのか?
女性とはこんなものなのか??

疑問である‥‥もしくは愚問なのか‥‥