人の後ろには影(陰)がある。
この陰を(守護霊)
とか指導霊とか、色々な呼び方をする。
ばんしは、この存在を「陰」と呼ぶ。
人により、陰の大きさは異なる。
大きな陰に味方をされる人は、
他人から見ると、人生で困難と思える状況でも
どんどん積極的に乗り越えていく。
ところが、陰が小さいとわずかな抵抗にも自分が
弱気になって、迷い、恐れ
一歩も前に出られないような
気持ちになって負けてしまう。
まわりの人は、その程度の事でどうしてそこまで悩むのか
理解できなかったりする場合がある。
人間が成功したように感じる時、自分の努力でこうなったとか
うぬぼれやすい。
ところが、
目に見える表面の人間の力は、それほど大したことは無い。
成功するのは陰の力なのだ。
ばんしは、このように言い切る。
表面の人間を支えている、目には見えないが陰の力が
人の運命を大きく左右している。
成功している人が (皆さまのお陰で、今日の自分があります。)
こんな、挨拶をすることがあるが、
陰の存在に味方してもらったということを感じているからだよ。
意識しているのか無意識かは知らないが、自然にしゃべっているのだよと。
「この山という場所は、陰の力に非常に大きく関係するのだよ。」
「陰は人間社会の中で暮らすと、ケガレる、人間の目先の欲とか、見栄だとか、
世間体だとか、いやいやで本心を隠して行う事は、陰をケガスのだ。」
「誠心誠意とか誠とかいうが、本当に心から思ってする行為を陰は喜ぶのだよ。」
「しかし人間の社会の中にあっては、なかなかそれは難しい。
汚れた陰もこの山に来ると
陰が入浴するのと同じ効果があるのだ。ちょうど山は陰の温泉だ。」
「疲れ切った、ケガレた陰も山の温泉に入ると活力を取り戻して
又、頑張ってくれる。
そういう存在が山なのだ。だから山の魅力にとりつかれると
なぜそこまでして山に登るの?というような人も世間には大勢いるよ。」
「そして、この山は自分の家と関係するよ。
本人の住んでいる場所だな。
その家が力を持ってくる。
そうなると、とそこに住んでいる人の陰が大きく成長するのだ。」
「代々あそこの家は恵まれて、栄える家系なのです。なんていう家もある。
あれは、その家の力が大きく強いのだ。
だからそこに暮らす人々の運も非常に良くなる。」
「これを家運というが、山はお前の家運を強くするのだよ。
ただし
人間が足を運んで初めて家に関係するのだ。
運と言う文字は運ぶと書くな、先人が文字で教えている。」
「だから、家に居てもこの山を思いだして努力するのだ。
そうすると
山の力が家につながり、家運が繁栄するよ」
そう言って、解説してくれたのです。
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ばんしは
山について、語りました。
「山というものは,根本的な心があるんだ。
それは、人の明るい暖かい心だ。
そして人の暖かく、明るい態度だ。
そして、人の明るい暖かい言葉を山は望むのだ。」
「人間社会の中にあるケガレタ心,すなわち
暗い冷たい心とか
暗い冷たい態度とか
暗い冷たい言葉を妖気と呼ぶ、これを
山の心は最も嫌われるのだ。」
「だからこの山に来るにはケガレのない綺麗な心で来なければ
山に嫌われる。」
「過去に山へ来ようとした人が暗い冷たい心を持って
人の不幸を願うような気持ちを持ったまま
ここに来たのだ。
この神社の鳥居の前まで来た時に突然体の具合が悪くなって、 山を降りて行った人もある。」
「心は人に見えないが、山はその人に見えない心を見られる。
いかなことがあっても、人の不幸を望むような
心は持ってはならないぞ。一番山が嫌う心だ。」
「陰心」と言って
「全ての人の幸せを願う心。」
「陰体」と言って
「人に認められなくても、自分がそうすることによって
自分の心が喜び、自分の体が喜ぶ行為。」
「これが山から愛される人の有り方なのだ。」
「山から愛されるような人であってこそ、強い強い運に恵まれる。」
なんと、ばんしは自分の神社を持っていたのでした。
山について、語りました。
「山というものは,根本的な心があるんだ。
それは、人の明るい暖かい心だ。
そして人の暖かく、明るい態度だ。
そして、人の明るい暖かい言葉を山は望むのだ。」
「人間社会の中にあるケガレタ心,すなわち
暗い冷たい心とか
暗い冷たい態度とか
暗い冷たい言葉を妖気と呼ぶ、これを
山の心は最も嫌われるのだ。」
「だからこの山に来るにはケガレのない綺麗な心で来なければ
山に嫌われる。」
「過去に山へ来ようとした人が暗い冷たい心を持って
人の不幸を願うような気持ちを持ったまま
ここに来たのだ。
この神社の鳥居の前まで来た時に突然体の具合が悪くなって、 山を降りて行った人もある。」
「心は人に見えないが、山はその人に見えない心を見られる。
いかなことがあっても、人の不幸を望むような
心は持ってはならないぞ。一番山が嫌う心だ。」
「陰心」と言って
「全ての人の幸せを願う心。」
「陰体」と言って
「人に認められなくても、自分がそうすることによって
自分の心が喜び、自分の体が喜ぶ行為。」
「これが山から愛される人の有り方なのだ。」
「山から愛されるような人であってこそ、強い強い運に恵まれる。」
なんと、ばんしは自分の神社を持っていたのでした。
ばんしは
子供のころから
人とは違った能力を
持っていたそうです。
私が小学校の頃、
旅のお坊さん達の集団が 家の近くを通りかかって、
遊んでいる私をじっと見ていた。
その集団で一番偉いお坊さんが近づいて来て、
親に合わせてくれないかと
そのお坊さんが言って、私の母親に会った。
お坊さんは 「この子をお寺に預けないか?」
と母に尋ねた。
しかし母親は丁寧に断った。
「この子は不思議な力を持つ子供だから、大切に育てなさい。」
と言ってお坊さんが、おまじないをすると、
私の指の先から 霧の様なものが立ち登った。
その後、村に病気の者が出れば、
頼まれて7歳の私を母がおんぶして
病人に会いに行って
私が手を当ててあげると不思議と調子が良くなった。
村で病人が出ると私が呼ばれ、
おんぶしてもらって そこに行き、病人に手を当てて治していた。
帰りにお菓子をよくもらって帰った。
中学校時代には、
家の前に治療を待つ行列が出来ていた。
警察は何か不正な治療でも行っているのではないかと疑って、
刑事が一日中私のすることを 見張っていたことがあった。
しかし手を 当てる程度のことしかしていない。
その後様子を見ていた刑事は、 自分の母親にも治療をしてくれと、
見張っていた本人が母親を連れてきたという。
ばんしが子供時代を振り返って、語ったことでした。
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私が小学校の頃、
旅のお坊さん達の集団が 家の近くを通りかかって、
遊んでいる私をじっと見ていた。
その集団で一番偉いお坊さんが近づいて来て、
親に合わせてくれないかと
そのお坊さんが言って、私の母親に会った。
お坊さんは 「この子をお寺に預けないか?」
と母に尋ねた。
しかし母親は丁寧に断った。
「この子は不思議な力を持つ子供だから、大切に育てなさい。」
と言ってお坊さんが、おまじないをすると、
私の指の先から 霧の様なものが立ち登った。
その後、村に病気の者が出れば、
頼まれて7歳の私を母がおんぶして
病人に会いに行って
私が手を当ててあげると不思議と調子が良くなった。
村で病人が出ると私が呼ばれ、
おんぶしてもらって そこに行き、病人に手を当てて治していた。
帰りにお菓子をよくもらって帰った。
中学校時代には、
家の前に治療を待つ行列が出来ていた。
警察は何か不正な治療でも行っているのではないかと疑って、
刑事が一日中私のすることを 見張っていたことがあった。
しかし手を 当てる程度のことしかしていない。
その後様子を見ていた刑事は、 自分の母親にも治療をしてくれと、
見張っていた本人が母親を連れてきたという。
ばんしが子供時代を振り返って、語ったことでした。
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