面白い話、不思議な話、ワイルドな話 -21ページ目

面白い話、不思議な話、ワイルドな話

自然を愛し、山を愛し

人を愛した賢者です。

表にはあまり出ることを

望まなかった

隠れた賢者の

言葉を書いてみます。

「そういう気持ちで生きていることが病気の原因ですか?」

「自然の目から見るとそういうことの教えだな。」

「きつい薬の副作用とか、化学物質が原因で病気になる場合もあるが、そうでない場合は
本人の気持ち、心がけだ。」


「喘息という病気は苦しい。なった者でないと理解できない苦しさがある。」

「それは私も良く知っている、うちの家内も喘息を持っているんだ。」



「そうですか、奥さんも。」


「それじゃ喘息という病気は治らないという事ですか?」

「治るよ、いくらでも。ただ家内は私の言うことを聞かない。」


「だから私も力を貸すことが出来ないのだ。」


「自然は求める者には、与えられる。しかし、求めない者には与えられない。
いくら私が家内の病気を治したいと思っても、
本人が健康を求め、自然に対する心構えを変えない限り病気は治らない。」



「自然社会には掟というものがあるんだ。
私がどのように祈ろうと、夕方になれば太陽は沈んでいく。

一生に一度のお願いですから今日だけは太陽を3時間遅れて沈ませてください
と願っても、自然は待ってはくれない。これも掟だ。」


「それじゃ病気を治すにはどうすればいいのでしょうか?」



「それは、座ることだ。」



「5分間でいい。」




「どこに座るんですか?」


「どこでもいい。神棚の前でも、なければ壁に向かって座ってもいい。」


「毎日、朝起きたら5分間、夜眠る前に5分間座ることだ。」



「正座ですか?}

「そうだ、正座だ。」


「友達にそれを言ってあげなさい。

でも・・・・、しないだろうな、続かないだろう。」
と言って笑われた。



「家内にも過去に言ったことはある。

しかし、3日ほどはしていたが、途中でやめてしまった。」


「こんな3日坊主では駄目だな。」


「私がいいと言うまでずーっと続けるような根気があれば治るけどな。」



「わかりました、友達にそれを教えてあげます。」


電話を切って
自分を振り返った。そんなに感謝をしていないかな?


太く、短く、華々しく生きて
ポンと死んだらそれでおしまい。

後は無だ。


そんな考えを持っていたのだから
感謝とかしていなかったのだろうな?


誰でもそんなものではないかな
なんて思っていた。

まずは教えてもらった、正座をする事をやってみようと思った。

でも、そんな簡単な事で治るように思えない。

何度色々な病院に行ったことか。


病院はもとより、神社、仏閣、はては
ご祈祷、霊能力があるといわれる人達の所まで、

様々なところを
歩き回ったのだ、子供の頃から。

しかし、すべての期待は裏切られ20歳を越えてもまったく良くならず
同じ状態が続いていた。



この間に、自分の信念のようなものが出来た。

生きているうちに、したいことをしておこう。
死んでからでは遅い。

この世に人を救う神など存在しない。

苦しみを取り除いてくれる人もいない。

苦しみは他人に理解されず、ただただ耐えるだけだ。
限界になれば
強力な薬を使うだけだ。


太く、短く生きよう。変な信念に固まっていた。


頼りになるお医者さんとか、神様とか人間とかいない。


そこまで、心はすさんでいた。


なのに
正座をすれば治る、健康になる。
理解できなかった。

しかし、他に方法もない。


だまされたと思ってやるしかないか。



絶対に3日坊主にならないと決心した。


これは最後の希望だというような、
悲壮な覚悟でもあった。


その日から
朝と夜
正座をする事に決めた。



ばんしは、正座をする時、別に何も考えなくてもいい、
ただ座るだけでいい。

そう言っていた。



1ヶ月が過ぎた

毎日続けた、どんなことがあっても正座だけはしていた。


日記を書くことにして
どのくらい健康な日が継続するか
記録していった。


でも1ヶ月の間に
1回くらい発作の兆候があって
きつい薬でごまかした。


寝込むことはなかった。


数ヶ月続けていた有る夜
いつもの通り

正座をしていたら


腕が勝手に、少しずつ動き出したのだ・・・・・。

でも、自分の弱点をさらけ出す事はいやだった。

友達にさえ、薬をお守のように持っていることなんか

一度も言ったこと無い。

 

 

数日考えた。

 

 

 

自分の後ろなある存在と病気は関係するのかな?



 

無駄なことをするだけかな?



 

神とか霊とか、そんな見えなものをあてにするような

弱い精神がだめなのか?

 

 

 

誰にも相談する人もいなかったので

 

思いきって電話をする事にした。

 

 

自分ではなく、友達の悩みという事で

 

質問をすることにした。

 

 

 

「もしもし?」

 

 

 

「この前は遠いところご苦労さんでした。無事に帰れた?」

 

例のごとくかける前に自分だと読まれている。



軽い挨拶の後、


 

「ちょっと質問なのですが、

病気とかも後ろの存在に関係があるのでしょうか?」




 

「友達の悩みなんですけど・・・。」



 

 

 

「あるね。持病だなんていう病気を持っている人もいるが、

後ろの存在が本人に何かを気づかそうとしている場合もある。」

 

 

 

 

 

「友達は子供の頃から喘息を持っていて、

20歳半ばでも発作が出るらしいんですが・・・」



 

 

 

「友達の話しか。
人が喘息になるという事は、感謝する気持ちが無いと起こるんだ。」

 

 

 

「どういうことですか?」

 

 

 

「親が何かその人のためにしてくれても、

友達がその人のために何かをしてくれても

 

本人はそれが当たり前だと思って生きているんだ。」




 

 

 

「食事を食べても食べるのが当たり前。」

「誰かが自分にしてくれた行為も当たり前。」



 

 

「こうった気持ちで生きていると、自然は本人に感謝の気持ちを気づかす為に空気を止めるんだ。」  

 

 

「空気が地球上に有ることは知っているよ、でも当たり前だと思っているから感謝はしない。」

 

 

 

「空気がなけば分間も息を止める事はできない。

その空気という存在のおかげで生きていられるのに

 

空気に対する感謝の気持ちなど全く持っていないからだ。」



 

 

 

「神様も有るかも知れないとは思うが、目には見えないな。

霊も同じかもしれない。普通は見えない。」



 

 

 

「見えない存在は無いとして、生きるのは自分の力だけだ。

人が自分に対してしてくれることは当然のことだ。」



「こういう気持ちを持つと、空気を吸わせてもらえな

、吐くことさえ出来なくなったりするよ。」



「へー、そうなんですか・・・・・。」

「こういう場合もあるということだ。全部がそうだと言うわけではないが
自然がその人に何かを気づかせている場合は、この感謝の心を知らせる場合が多いな。」

ばんしに、自分の考えを話すと。

「普通の人はみんなそのように考えているもので、

それが当然だよ。



しかし、自分の力で目を開けようとしても

開ける事が出来なかったことも体験したね。」




 

 

 

「はい。いったいどういう事なんでしょう?」




「ま。これから色々と不思議なことが起こると思うよ。」



 

「え、なぜですか?」



 

「うーん。あなたに教える為だろうな。」



 


「何をです?」

 

 

「目には見えない世界があって、

見えない世界から、人間に色々な影響を及ぼしている事を。」



 

 

 

「もしそうだとしたら、不公平ですね。



自分はたいしたこと無くても、

後ろの存在が偉大だと大きな結果を出せるし、


後ろの存在が悪いと努力が報われないことになりますよ。」

 

 

 

 

 

「そう、事実はそうなんだ。

でも人間はそれがわからないから自分だけで一生懸命がんばるんだが、

結果が大きく出る人と、本当に努力しているのに、

小さな結果しか出せない人とか、差が出るんだ。」




 

 

「人によっては人生を悲観的に考え自殺までする人もいる。

反対に小さい事がだんだん大きな結果を出して、

どんどん表舞台に出て人々から多くの賞賛を受けるような人もいる。」

 

 

 

 

 

「同じような努力をしたのに、だ。」



 

 

 

「だったら、恵まれた運命を歩くことは、

後ろの存在がの大きさによるものですか?」

 

 



 

「まあ、そうだな・・・。」



 

 

 

受け入れがたい話が続いた。




 

でも、全く無視も出来ない話だ。

 

事実を何度か体験させられていたから。




 

 

 

しかし、そんな事があるわけない。



何かのトリックを

 

使ってコントロールしているだけだろう。



 

 

 

そうに違いない。



 

そう思うことにした。

 

 

 

その後は世間話をして

 

楽しいくつろいだ時間をすごさせてもらって



 

夕方、ばんしの家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰ってきて心に引っかかるものがあった。

 

 

 

自分を支えている存在の影響で人生は大きく左右される。

 

健康もそうだと。

 

 

 

人にはほとんど言ったことは無かったが、自分は小さい頃に喘息という持病を抱えていた。



成人すれば治るからと、どの病院でも言われ続けてきた。



しかし、20代半ばになっても発作は出た。

 

 

 

人に知られるのがいやで、

副作用が相当あるきつい吸入剤をお守りのように持っていた。



 

 

 

この薬がないと、発作はひどくなり病院で注射も必要になり、こじれると数日寝込むという、自分にとっては最悪の持病だった。




 

 

 

普段発作の無い時は健康そのものに見えるから、病気とは無縁で

 

寝込んだと言ったら、サボりくらいに見られている、

 

 

 

この歳でも発作が出るということは一生治る見込みは無く、


薬でコントロールするしかないとあきらめていた。

 

 

 

そうだ、ばんしならこの解決策を



 

知っているかもしれない。