その夜
ばんしに電話で車で場所を探しに行った事
工事でほこらが移動されていたこと
横から見ると4本の指は山側で、親指が
道路のように見えること
そのことを話すと、ばんしは
「やっぱりな・・・。」
「その場所はお前の実家のほうだな?。」
「はい。そうです。」
「これも玉だ。」
「おだいしさま」と呼んでいるということは
空海(弘法大師)のことだな・・・」
年代的には玉と呼ぶには少し新しいが、過去の
偉大な祖先なので玉だな。」
「どうして、自分の右手に痛みとして教え、その場所に呼んだのですか?」
「お前にそのことを知って欲しいということだな。
今、場所はこのようになっていることと、古くから続いてきた場所を
人間の都合で勝手に移動されたことを知って欲しいということだな。」
「自分はどうすればいいのですか?」
「何かをしなさい。ということですか?」
「いや、知ってあげればそれで手首の痛みもおさまるはずだ。」
「それじゃ、お大師様が自分と一緒に居るってことですか?」
「まあそうだな、体の心に存在するということだ。氏神様の存在も
同じことだ。その土地に生まれた時から、自然の心が
その人間の体の心に存在して何らかの影響を及ぼしているのだ。」
「それじゃ、自分はお経をあげるとか、お坊さんに何か教えてもらうとか
する必要がありますか?」
「そのようなことは、しなくてもよいが思いだしたときに
南無大師遍照金剛と言ってあげなさい。それだけでいい。」
ばんしに、そう言ってもらってほっとした。でもばんしはなぜ
わかったのか?
見てもいない場所がどうして手の形で、わかるのか?
自分の体にお大師様の心が存在するということはどういうことなのか?
2,3日で右の手首の痛みは嘘のように消えてしまったのです。
医者にも薬も何も治療にかかわるようなことはしてないのに・・・・
無神論者を貫き、生きているうちに
好きなことを思い切って実行し
パット死んで
あとは消えて無くなる。
それだけ。
この信念が揺るぎ始めた。
過去の偉大な魂が現在の人に影響を及ぼす
プラスもあれば
マイナスもあるかもしれない影響を及ぼすであろう
過去の意識
ということは
この体の中には自分の親
その親
そしてその又親
と考えていくと
何千年、何万年という
意識がつながっているということか??
そんな思いをめぐらすと
パット死んで、後は無になんるなんて単純な世界では
ないのかもしれない・・・・・
生きているうちに
どうするのがベストなのか??
頭の中は
????
が駆け巡るのでした。