PERFECT PERSONAL WORLD -19ページ目

PERFECT PERSONAL WORLD

西に東に、はてしない追っかけ日記

本日は、

GLAY The Premium Live 2023 
“Premium JIRO” in Fukuoka
福岡サンパレスホテル&ホール









に参加。約4年4ヶ月振りに福岡サンパレスでGLAYさんでした!

席が3階席袖で、今回初めて着席指定(立って騒ぐと転落しかねない位置でした)でしたが、その分客観的に観れて楽しかったです。騒げない分、メモも取れましたし笑

宮崎県都城市出身のドラムのTOSHI NAGAIさん、昨日は伊勢崎市でT-BOLANのサポートをされていて、凄い移動距離ですが、流石のプレイでしたし、キーボード・斉藤有太さんも生で見るのは久々!ミディアム曲は特に素晴らしかったです。

“Premium JIRO”の「JIRO」はベースの人で、10月17日がお誕生日なのと秋のアリーナツアーは福岡・九州はアリーナ急遽の会場が取れなかったので「Premium」だったようです。
なので、前編JIROさん作曲で構成という「Premium」感!でしたが、真のプレミアムはアンコールのハロウィンコスプレ笑

ギター・HISASHIが「光の当て方で曲も変わる」と言われたように新しいアレンジで演奏された物もあり、「Premium」感満載でした。
JIRO曲の名曲「カナリヤ」も聴けましたし、HISASHIさんアレンジの「SHUTTER SPEEDSのテーマ」はスローになり、OPのJIROさんパートもTERUさんが歌うという、24年GLAYさんのLIVEに通う中で初の「Premium」感も!

サンタ帽を被りたがらないJIROさんがまさかまさかのサンタ姿に会場から喝采が!
そういうところに、GLAYさんの学園祭バンドな部分がフルで発揮された本当に楽しいLIVEでしたし、アリーナツアーが無くとも福岡・九州のファンの事を考えてくださった事、ラストのMCで「また必ず福岡に帰ってきます!」がひたすらに嬉しかったです。
それが会場にも伝わったのか、TERUさんの「行ってきます!」には全力で「行ってらっしゃい!」が返ってきました。


次は12月の大阪城ホール!


あと、開演前はBGM代わりにTAKUROさんによるGLAYとJIROさんの歴史語りが。

伝説の1993年10月17日(JIROさんの誕生日)千葉・市川CLUB GIOでのGLAYさんとYOSHIKIさんとの出会いとその後の「映画『ヤマトタケル』の主題歌『RAIN』でデビュー」をTAKUROさんの口から聴けたのが、胸熱過ぎました。



GLAY The Premium Live 2023
 “Premium JIRO” in Fukuoka
福岡サンパレスホテル&ホール 
2023.10.30

SET LIST

1.ビリビリクラッシュメン
2.MUSIC LIFE
〜TERU MC/着席〜
3.life time
〜TAKURO MC〜
4.リズム
5.YOU
6.Ruby's Blanket
7.カナリヤ
〜HISASHI MC〜
8.SHUTTER SPEEDSのテーマ
(HISASHIアレンジ)
〜TERU MC/起立〜
9.mister popcorn
10.DOPE
11.absolute “ZERO“
〜TERU MC〜
12.THE GHOST

BGM〜Welcome To The Halloween Town(多分)
アンコール
13.THE BIRTHDAY GIRL
14.SHUTTER SPEEDSのテーマ
15.Chelsea









10月14日。神指城から会津若松市内に戻り、七日町の阿弥陀寺・会津東軍墓地へ。





幕末の会津戦争での幕府側の戦死者が埋葬された場所で、先ずは戦死者に手を合わせました。
また、鶴ヶ城から移築したという「御三階」という建物を外から拝観。





そして、某漫画でも有名な新選組隊士の斎藤一(藤田五郎)の墓に。







案内文によると、ご本人の希望で会津に葬られたとの事。それは知りませんでした!

その後、会津に「若松」の名を付け町割した名将・蒲生氏郷の菩提寺・興徳寺へ。





四十歳で亡くなられたけど、この方が早くに亡くならなかったら秀吉亡き後の世も違う形になっていただろうなあ。

境内には蒲生氏郷の遺髪を納めたという五輪の塔と句碑が。











あと、幕末の会津藩主・松平容保の句碑もあり何故か横向きに。







山門は昨年建てられたとか。

10月14日。会津若松への旅の主目的の一つ、上杉景勝公、直江兼続公が作ろうとした神指城へ。
会津若松市内から外れていてバスで行くよりもレンタサイクルの方が、後々回るのにも便利と判断し、先ずは鶴ヶ城観光案内所まで借りに行きました笑

鶴ヶ城からでもけっこう距離がありましたし、翌日は筋肉痛確と靴擦れで大変でした。

神指城は上杉景勝公が豊臣秀吉によって越後から会津に移封された後に、鶴ヶ城より、会津盆地の中央に作ろうとした城。
この領国整備により、徳川家康による会津征伐を受けるので、関ヶ原合戦の契機となった城と言われます。

関ヶ原合戦を扱った大抵の作品(司馬遼太郎の「関ヶ原」とか火坂雅志の「天地人」等)で、石田三成と直江兼続公が家康を東西で挟撃する為に作る城として描かれますが、堀の浅さや郭内に建物が作られた形跡がない事から総工程のかなり序盤までで工事が中止されたと推察される事から、その説は否定されてます。
完成していたら鶴ヶ城の倍以上の規模になっていた上、位置的にも会津盆地の中央に近いので会津若松の発展の仕方も変わっていたように思います。

15年前に行った際は時間が無くて観に行けず、今回ようやく念願叶いました。

先ず東北隅の土塁の上に聳える、築城前からあるという高瀬のケヤキまで。若松市内の慶山から運んできたという石垣用の巨石も置かれてあり、「兵どもの夢の跡」感が。残念ながら土塁の上は立ち入り禁止になってましたが、そこから見える会津盆地美しさ!


会津盆地の美しさ!四百年前に上杉主従も見たのかな?


















高瀬の大けやき


地図を頼りに「神指城本丸」と後年の会津戦争で、土方歳三と別れた斎藤一が率いた新選組と新政府軍が戦った如来堂跡へ。この如来堂は二の丸の土塁の上にありますので、これを以て「神指城は実戦に使われた」という人もいますね。この如来堂、土手なっているので神指城の痕跡をはっきりと感じました。
















如来堂から降りて周囲を回ると、私有地の注意と一緒に「神指城天守閣予定地」の案内と、そこから迂回した場所に「神指城跡」の案内文を発見。
どうも国有地と私有地が混在しているようなので、あまり奥には入らず案内だけを読みました。


分かりにくいけど「神指城天守閣予定地」の案内が。












まだまだ神指城の痕跡がありそうだけど、時間の都合で残念ながらここまで。

北国は来れる時期が限られてしまうけど、また必ず来たいと思います。