2月。
2日 GLAY「G4・Ⅳ」が2月8日付けオリコン週間ランキング・シングル1位を獲得
7日 第6回 酔鴻忌 大悲閣千光寺
8日 京都・大阪から福岡へ
2月は話題少ないです……
2日はGLAYのHISASHI兄さんのお誕生日!そのめでたい日に、GLAYさんの「G4・Ⅳ」が「VERB」以来、7年8ヶ月振りのオリコンシングル1位獲得が発表される!
仕事の昼休憩でツイッターをチェックしていて、HISASHI兄さんがお誕生日だと気付く。
同時に、アンコールでお祝いのコーナーがあった、去年の城ホール(ちなみに誕生日の前日の2月1日だった)を思い出していたら、オリコン1位獲得を知らせるオフィシャルアカウントのツイートに喜び、それに喜んでいたら、TERUさんのツイートが目に飛び込んできた。
今回の「G4・Ⅳ」の曲はどれも好きで、中でもTERUさん曲の「空が青空であるために」は本当に名曲で、新しいGLAYさんのスタンダードになり得る曲と、特に気に入って、曲に励まされてもいたので、1位獲得は嬉しかった。
「おめでとう!」と思っていたら、上記のツイートの『みんなで獲得した一位!』に、心が鷲掴みされた。楽曲を制作したGLAYさんや永井さんや、亀田さん、それに事務所やレコード会社のスタッフ。「みんな」とはそういう人たちを普通は指すと思う。そこに、CDを購入した私たちを「みんな」の中に入れてくれたことが、本当に思いがけずに嬉しく、感動した。
同時にこの人たちを22年間応援し続けて、心から良かったと思った。
この22年でもう、何回思ったか分からないけど、これからも一緒に歩いていこうと思った。
休憩中、おにぎりを片手に泣きましたよ(笑)
「空が青空になるために」や「Supernova Express 2016」をその後もあちこちで聞く機会が多くて、その度に感動してしまう。
7日は京都の嵐山・大悲閣千光寺で、ミステリ作家・北森鴻先生を偲ぶ酔鴻忌へ。
北森鴻さんが亡くなられて6年、今年は七回忌となる。主催者陣が告知に力を入れられて、例年よりも多い30人程のメンバーが今年は集まった。
例年だと、北森さんの命日・1月25日に近い週末に行われていたけど、今年は常連陣の都合の良い人が多かったらしい2月に開催。常連の中には来れなかった方もいて、それもまた回を重ねていることの表れに思えた。
一方で、今年から初めて参加されたという方、若い方もいて、これからも北森鴻を語り合う中に入って頂けたらと思った。
例年のジャンケン大会では、浅野里沙子先生が、北森さんが資料として購入された本に、北森さんの落款を入れて持参され、大いに盛り上がる。
二次会も殆どのメンバーがそのまま参加されて、遅くまで北森鴻について語り合った。
今年もそのまま、三次会、四次会へと参加。夜中までまで飲みながら、北森鴻について語り合う。
昼2時の大悲閣千光寺から、夜中2時半まで飲みながら北森さんを偲んだ(笑)
毎年思うけど、北森さんとお酒を飲んでみたかったなあ。
主催のカズさんが、酔鴻忌を「10回は続けたい」と仰っていて、これからも続けるなら、今回が折り返し。新しい方も来られて、良い折り返しになったのではと思う。
酔鴻忌については、私はレポート担当?なので、詳しいレポートをいずれ上げます。
今年は例年以上にレポートを意識して、写真もかなり撮ったし、メモを終始取りながら参加し、常連さん方にはウケていた様子(笑)
8日は再び京都。
昨年の12月にDVD・Blu-ray同時上映企画・機龍誕生祭2015を一緒に主催したユウスケさんと会見で、明け方の京都から大阪へ戻り、荷物を引き取って再び京都へトンボ帰り(笑)
試験前で待ち合わせた京都駅でも教科書片手のユウスケさん。こんな時期に申し訳ない……(>_<)
相棒の「特命係、西へ」で右京さんとたまきさんがお茶を飲み、神戸君と待ち合わせた英国屋さんで、某企画の打ち合わせや、よもやま話を。
店員さんに「ここ、相棒で使われましたよね?水谷さん何頼まれました?」とか聞いてしまって、店員さんもユウスケさんも苦笑い……(^_^;)
1月が誕生日のユウスケさんへ、1月に鹿児島で大森一樹監督から頂いていたサイン色紙をプレゼント。喜んで頂けたようで何より!
ユウスケさんと会見後、難波から南海で関空へ。
南海のなんば駅が、大河「真田丸」仕様の、大坂の陣の真田勢を意識したであろう赤備えになってて壮観でした!
真田親子隠棲の九度山、大坂の陣の市内と南海は両方縁があるからなあ。
大阪にとっても、「真田丸」はご当地大河なのだと実感。楽しい旅でした!