「旦那様、お持ちいたし―」ガチャン!
藤鬘は思わず持っていた湯飲みを落とす。
藤蔓が見たのは、自害し果てた尾上のみじめな姿。
「旦那様!?旦那様ぁ!!」
血にまみれた尾上の身体に泣き縋る。すると、
「…ふじ…か…ずら…」
「旦那様!生きていた!!」
「ごめんな…さい…お…はつと…なでし…こにな…んでいった…らいい…だ…ろ…う…」
「大丈夫です!二人にはこのことを話しますのですぐ手当てします!!」
「で…きない…わ…ふか…く…さして…しま…って…」
尾上は虫の息だ。確かにさっき泣き縋っている時もまだ生温かかった。
「…さ…いごに…いい…の…こす…ことが…あ…るの……おは…つと…な…でし…こと…かた…きをう…って…か…た……き…を…―。」
そこまでいって尾上はついに息絶えた―。
数分後、お初と撫子が帰ってきた。
「胸騒ぎがして帰って来たの!何か変わったことは!?」
「初…実は旦那様が…自害した。」
「「!!!?」」
お初は衝動に駆られたように尾上の部屋に飛んでいったが、撫子は思わずその場で気絶してしまう。
撫子を寝かすと急いで尾上の部屋に行く。そこには、
尾上の亡骸の前でお初が自害した懐刀を持ち今にも死のうとするところだった。
「初!あんた何やっているの!!?」
藤蔓が急いで懐刀を奪い取る。
「だって!旦那様が死んだら生きてる意味なんかないよ!!」
「初、聞いて!!旦那様が死ぬことになったのは誰のせいだと思う?」
「…お局様と諏訪…。あの二人は憎いわ…!」
「そうでしょ?じゃあその二人を倒すのは誰!?」
「…私たち。」
「そうよ!だから死んでも意味がないのよ!分かる?」
ようやく落ち着きを取り戻したお初。二人の瞳には怒りの炎がメラメラと燃え上がるのが分かる。
「そうね、確かに死んでも何も変わらないし、旦那様もそれを望んでいないかもしれない。私たちに課せられたのはあのにっくき岩藤と諏訪を倒すこと…!」
「お初、やっとわかってくれたのね…。」
「私…藤鬘の言っていた意味、ようやく分かったわ。」
「「必ずあの犬畜生共を倒すわよ!!」」
決行の翌日―。
「旦那様がご急病であります!!」
藤蔓が岩藤の部屋に駆け込む。
「尾上がか?あの小娘のことなど私は知らぬ。」
「そこを何とか!旦那さまが呼んでおります。是非あのことについても改めて謝りたいと…。」
岩藤はフーッと溜息をつくと、
「分かった。そこまで言うのならば仕方あるまい。」
そう言って重い腰を上げた。
お初は尾上の部屋の近くの曲がり角に隠れて尾上の懐刀を構える。
ちょうど藤鬘に誘導されて岩藤が現れた。その瞬間、
「主君尾上の仇!!」お初が曲がり角から飛び出し岩藤の腹めがけて懐刀を勢いよく突き刺した。
岩藤はギャアと奇声をあげ倒れる。でも、まだ序の口だった。
「やった!?あれ…?」「まだだ…。藤鬘、気をつけて!」
「ウウ…ウゥ…」
岩藤がいつの間にか鬼の形相、否、もう鬼女としか言えない面になっていた。
「仇打ちは御法度と知った上の狼藉か?!お前たちの主人の死は本人の勝手であり、私とは関わりのないことよ!それでも、それでも仇を討つというというのならば返り討ちにしてくれようぞ!!!」
岩藤が襲いかかってくる。藤鬘はあまりの剣幕に怯み足が出ない。
「初、私無理かも…。頑張って!」
「分かった!」
お初が再び構え、岩藤に再び切りかかる。しかし、岩藤の速さが速くなり、なかなかしとめることができない。
ところが、岩藤は縁側につまづき姿勢を崩す。
「隙あり!!」お初が今度は胸めがけ刺し貫く。
「ギャアアアアアッ!」
恐ろしい悲鳴を上げ、岩藤はついに息絶えた―。
「お初!やった?」
「…うん、何とか…。」
元気がない。それもそのはず、仇とはいえ人を殺めたのに変わりない。
「でもどうしよう。藩主に知れたらただじゃ済まないかも…」
「いっそここで死んでしまおうか…」
その時、
「お待ちあれ!!」
「「?」」
どこからか一人の男が走ってきた。
「私は谷沢求女というもの。二人の忠義ある行為、誠に感動致した。」
求女の言葉に疑問を持った二人。特にお初は変だと思った。
「あの…私たちは罰せられるんじゃないのですか?」
すると、求女はきりっとした顔で
「何をおっしゃる。岩藤の家系はお家乗っ取り犯だと前から分かっておった。その乗っ取り犯を討ったという事はお見事としか言いようがない。罰するなどあり得ぬことだと主人が申しておったとのこと。」
それを聞くと、お初と藤蔓の顔に少々だが笑顔がよみがえった。
昼間の太陽が二人を照らし出す―。
白刃の章
完