最近、極度の不眠症です。
平均睡眠時間が2,3時間です。

布団に入って、疲れているのは身体からもわかるのに
次の日の準備や予定など、様々なことが頭をかけめぐって、
こんなことしたいな、やってみたいなっていうのは山ほど出てきて嬉しい限りなんですが
そのお陰で全く寝付けず、身体は休みたがっているのに頭がハイなままで
今日もバイトでしたが、昨日は2時間しか睡眠を取れず、、
しかも異常に早い22時半に床についたのに、1時に起きて
それから布団でじっとしていたものの全く眠れませんでした。
ちゃんと寝酒も飲んでいるのに、眠れず、、
睡眠を促す薬に頼らなきゃいけないと思うと辛いです。

毎朝、必ず朝風呂に入って顔を洗って朝ごはんを食べて・・ が
日課なんですが風呂から上がった途端、目眩がして
しばらく動けませんでした。
バイトも大丈夫かなとかなり不安になりましたが
缶コーヒーとフリスクと爽快系の目薬を買って
ほぼ徹夜明けの感じでバイトへ行きました。

高校のときにあまりの睡眠不足で情けない話ですが1度貧血で倒れたことがあって、
それが頭をよぎって、そんな失敗するイメージばっかりが浮かんで
バイトでの接客中に倒れたりしたらシャレにならないので
まだ実際に失敗したわけじゃないのに自己嫌悪に陥りそうで、笑
まぁでもバイト場へ行き、フリスクやら目薬やらを使って
始めると案外眼が冴えていて無事に終えることができました。

バイトではブレンドのほうを同時に2つ持つのも大分慣れたせいか
全くこぼさなかったです。
でもスパゲッティ系のものを運ぶときに一緒に持って行くタバスコとチーズを
落としてしまいました。 しかもお客さんの目の前で。。
でもそのお客さんである女の人は「 大丈夫ですか? 」と笑顔で微笑んでくれて
帰り際にはレジで「 美味しかったです^^ 」 と
笑顔で行ってくれて、お店の店員としても嬉しかったし
その方の人の良さにも惚れました。
またお店で会えるといいな。

そして次が15日に出勤なのでそれまでに生活習慣とか
色々改善しなきゃ今後に響くなぁと改めて痛感しました。

まぁでも一昨日、バイトの帰りに本屋へ行って
結局白石一文さんの「一瞬の光」を買って
帰りの電車で読むと面白くて面白くて、もうかれこれ4分の3くらい読んでしまったので
今日のバイトの帰りにまた本屋へいって、次に何を買うか悩んでたところです笑

それにしても徹夜って絶対ダメですよね。
正直今フラフラです。今夜はぐっすり眠らないとまずい・・・。。笑

でも日記書くことだけはできるだけやることにしてます。
アメブロでブログをする前にやっていたところのブログは確か、
1ヶ月に訪問者がよくて 4、5人・・・?笑 だったので
日記も全然書く気しなかったし、続かなかったです笑

だから今こうしてブログ続いてるのが自分でも信じられません。
見てくれてる人もいるっていうのが続いてる一番の理由なのかなと思います。
他にも日ごとに何があったか整理もできる面もあり、息抜きでもあり、楽しみでもあり、
何より生活の一部であり、必要だなって感じます。

そのうち例えば手帳でも買って1ヶ月先までの予定表とかも書いていったら
今できること以上にもっとできるようになるのかなとも思いました。

そういえば話は変わりますが
前の日記でも書きましたが
妹の誕生日ということで、今彼女は留学していてカナダにいるので
初めて妹宛てに書いた手紙が届いたらしく携帯にメールがきました。

「お兄ちゃん私は元気だよ!」から始まって
「バイトがんばれー!!」とか
「元気だけど、苦労してシワが増えたよ!!笑」とか冗談も入ったり、笑
「お兄ちゃんの手紙、なかなかいいこと書いてあってあたしの心にぐっときたよ!」とか
嬉しいこともいってくれたりして
とりあえずやっぱり異文化コミュニケーションは大変みたいです。
でも2ヶ月弱経って、英語にも生活にもようやく慣れてきたみたいで
同じ屋根の下で暮らしていたときは滅多に心配もしませんでしたが
なんだかんだうまくいってるようで、ちょっと心配だったのもあったりしたので
こうやって元気そうにしてるのをみて安心しました。

誕生日で送った手紙の内容はすんごい偉そうなことというか、
こうだから後悔しないようにこうしないさい!みたいなことも書いてて
そんな人生語れるほど全然生きてないんですが、
今まで”お兄ちゃん”っていうかんじだったので
ようやく”兄”になったかな、なんて思ってます笑

おーい!
お兄ちゃんはがんばってるから心配するなよー!!笑
なんてね笑




For the moment

↓you tubeへのリンク↓
http://www.youtube.com/watch?v=8HOLUUG210w

作詞:五十嵐充  唄:Every Little Thing

いつも気づかないふりして
わがままを許してくれた
二人の距離が少しずつ空いてしまうなんて

素直じゃない 解っているから
腹が立つ 強がりにさよなら!

これほど相手を好きになること
今までなかったから
潤してほしい この熱い身体
ずっと抱きしめていて

止まらない汗ばむ手拭って
走り伝えたいよ!
二人で一緒に想い出つくろう
瞬間を大切にして...

- - - - - - - -

懐かしいですよね~w
何年前か覚えてないですが
バックの音の懐かしさを感じつつ
そういうのもいいな~と思います笑
持田香織さんもいっくんもどっか初々しくて若くていい!笑


そういえば昨日書こうと思っていたのは
接客っていう仕事は基本的にお客さんに尽くす仕事だから
お客さん目線で物事を考えてどう感じるかとか、そういうのを意識するために
インターネットでカフェで調べてたときに丁度、探していたものとピッタリな
「こんなお店の雰囲気でこんな接客がいい」というのを見つけたので、それを
自分の中でも整理するためにとりあえず書こうと思いました。
それを見つけたのはバイト始まる前の9月終盤だったので
もちろん今も意識してやってます。
なのでとりあえず今日はまとめようとおもいます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1.まずカフェ選びの基準は「ゆっくりできるかどうか」

どんなにオシャレで素敵なカフェでも、人の流れが早く
どこか焦らされる印象のあるような気持ちになるカフェは
1度は行っても、二度目以降は行こうと思わない。

2.「お客さんは『時間と場所、落ち着いた雰囲気』にお金を払っている」

正直なところ、ごはんがおいしいかどうかは雰囲気で決まるようで
勿論美味しいに越したことはありませんが、お金を払ってご飯やお茶をするのについても
「飲食にお金を払っているのではなく、例えば時間・空間・落ち着いた雰囲気にお金を払っている」
逆を言うなら、
「そのカフェが良いカフェならば、特別おいしい料理じゃなくとも自然と美味しく感じられる」

3.接客は「つかずはなれず」がベスト
何回も通って顔を覚えたお客さんだったら、こっちからも話しかけやすいし
話しかけられたら嬉しいっていうのがあって
本を読んでいるとか、そういうことにしても
チラチラ見るのは気を使っちゃうので、気にはしてくれるけど、
そこに無駄な干渉がない、接客が良い。
例えば、食べ終わったときもすぐにお皿を下げようと席へ行くのは
食べ終わるのを待ち構えていたみたいで、NG.

一番大事なことは

「カフェは、カフェ単体じゃ成り立たなくて、
そこに居る人、集う人もそのカフェの質を表している。」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ぱっとまとめてみました。

1について、落ち着いた雰囲気がコンセプトのカフェなら当然ですよね。
個人的には接客についてもこっちが変に緊張しているとお客さんも緊張されると思うので
そういうところも気をつけなきゃなと思います。

2について、接客する立場として一番根本に意識しなきゃいけないことだなと思いました。
やっぱり自分が客だったら少しぐらい高くても、その雰囲気や気分を味わえるのなら
行きつけのカフェになるだろうなぁと思います。

3について、これは常に意識して、でも意識しすぎると変になりそうなので
自然にできたらいいなって思います。
今自分がお客さんのお皿を下げるときもレジでお会計を済ませて、お店を出てから必ず
お皿を下げにいくようにしてます。待ち構えていたかのようにお皿を下げにいくのがどうも
落ち着いた雰囲気に合わないっていうのは自分でもわかるからです。

そして最後に一番大事なこと、まさにそのとおりですよね。
こういうことを意識するとより気を引き締められそうです。

そういえばですが、
この前の3回目のバイトのときにまだ知らなかったバイトの男の人とも仲良くなって
一緒に接客を、ホール担当でやっていたんですが
あるおばさんのお客さんが会計で、伝票にあるとおり
丁度の金額でそのまま置いて、店を出て行かれたんですが
そのときにレジで会計せずに行ってしまったのに怒ったのか
彼が「クソババア。」って言ったんですね。
正直はじめ耳を疑って、一瞬手が止まったんですが
まぁ中にはペチャクチャ話して言いがかり?みたいなのをつけてくるお客さんもいるみたいですが
何にしてもお客さんとして迎えているわけだし、接客の心構えとして
いくらムカつくとか思っていたとしてもクソババアはないだろうと思いました。
まぁ固くなりすぎかもしれませんが、
そういうところから全体のミスに繋がっていくかもしれませんし
正直バイト行くたびに細かいところで指摘されて注意されるので
一番大事な気持ちの面でそれは一番いけないことだとおもいました。

そのときにディレクター(店長)も後ろにいた気がするんですが
注意しなかったのは、なんでだろうとも思いました。
まぁ次そういうのがあったら、やめたほうがいいんじゃない?くらいは言おうと思います。

- 日記 -
今日は、最悪でした。。
昨日の夜にまったく寝付けず、朝11時からバイト出勤なのに
10時過ぎに起床。。。。。
一番の基本すらできていないのに何語ってんだ、ってかんじですよね。
店に着いてとりあえず頭下げました。ほんと情けないですが。
店長に「次遅刻したら帰ってもらうので今後は絶対にしないように。」といわれ
怒られて当たり前で予想はしてたんですが、いざ言われるとやっぱり凹みました。
まぁでももう明日はないくらいの気持ちで、笑
とりあえずいつもどおり接客をこなしていこうと思ったんですが
ブレンドを5回くらいこぼし、更に凹みました。
なんていうかやっぱ普段からケジメつけてやってないから
こういうところでもミスしちゃってるのかな~と思って
結構色々考えながらやってたんですが
汚名返上のチャンス?はありました。
あるお客さんで、ぱっと見アジア人で普通に日本語喋れそうなんですが
店の外の看板を見ているところに何気なく近づいてセット無料券を渡しつつ
只今のお時間はデザートセットがオススメです、と伝えると
英語で返答がきて、あっと驚き。
まぁでも日本で英語聞ける機会があるんだな~と感心しつつ、笑
どれがセットだとか、無料券を使うといくら安くなるだとか
色々説明して(まぁジェスチャーもいれつつで結構曖昧でしたが
お店に入ってもらって、メニューも出して
結局、ローストビーフのパンケーキと
デザートがカフェロールとダージリンティーのセットを
注文され、直後にローストビーフ→サーモンパンケーキに変更され、
なんとか対応して、なんだかんだで、うまく接客できたので自信を取り戻しました笑

他にもお客さんが注文をするタイミングとか、お客さんを見ていて
なんとな~く決まったんじゃないかなと思って
「お客様、ご注文はお決まりでしょうか。」から始まって、無事に終えると
0から色々教えてもらった女の人が今日もいたんですが、
「今のは良かったよ~。」と言ってもらい
「私、そういう注文取るタイミングとかわからなくてできない人だったから。笑
だからこれから新しいコにそういうの教えてあげてね。」
と言われ、正直全部完璧にこなせる人だと思ってたので
「へ~、そうなんですか。意外です。笑」なんていいながら
最後は楽しくやれました。

やっぱり自分で選んでやってるバイトだし、ミスも含めて楽しいなと思いました。
精進精進!笑 
今日の日記もえらい長くなってます。なんか長くてすいません。
文章、短くまとめるにはまだまだですね笑
ひとりじゃない

作詞:池森秀一 唄:DEEN

you tubeへのリンク↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=bkvVlNJocEE

自分勝手に思い込んで
裏目に出ること よくあるけど
生きてゆきたい 今日より明日へ

社会の中で何を求め 追いかけたいんだろう
言葉だけじゃわかり合えず 傷つけて涙した
もがけばもがくほど 孤独を彷徨ってた

素直になれず 励ましさえも拒んでいた夜も
こんな僕を包むように見守っていてくれた
君の家が見えてきた 足早になってゆく

ひとりじゃない もっと自由になれるはずさ
プライドや疑いとか もう捨ててしまおう
そばにいる誰かが喜んでくれること
ひとを信じる始まりだとやっとわかったよ
君に出会って

ひとりじゃない 君が希望に変わってゆく
向かい風も羽ばたける 笑っていておくれ
ひとつになろう

ふたりここまできたことが 僕の勇気の証だから
変わり続けてる この世界で

- - - - - - - - - -

勇気が出る歌詞ですよね。
今から10年以上前の歌ですが
すごい元気出ます。
最近懐メロばっかですが笑



- 日記 -


今日は昼から特別何もすることがなく
「世界の中心で愛を叫ぶ」、「いま、会いにいきます」、「涙そうそう」などなど
感動する映画でも借りてこようかと思いましたが

実は最近で最後に読んだ本が「孤高のメス~外科医当麻鉄彦~」という本で
これは、「白い巨塔」と同じようなところもあり
アメリカではようやく認知されはじめた”肝移植”を
初めて日本で試みるというその最中の、医師、医師会、記者、その人間模様だとか
説明が難しいですが「白い巨塔」に似た話で面白くオススメです。

話がそれましたが
その本を電車の中で行き帰りに読んでいて、そして読み終わってしまって
新しく読む本がない。ということを思い出して
インターネットで色々検索していたら

昨日も今日もまた泣ける話、感動する話を読んで
一人で感動していたのもあって、笑
感動する小説、買うことにしました。

まだ本屋にいって実際にパラパラと中を見てみないと
どれを買うかは決めていないのですが
今の所候補は
「アルジャーノンに花束を」、「一瞬の光」、「一瞬の風になれ」
「ノルウェーの森」です。
最後の「ノルウェーの森」は村上春樹さんのもので
まだ1作品「海辺のカフカ」しか読んだことがないので
すごく読んでみたいです。
海辺のカフカは、衝撃が強かったです。
性描写もでしたが、とにかくいろんな意味で印象にすごく残りました。
オススメです。

他にも色々見ていたら自分と重なるものがあったので転載しますね。
これは、幻冬舎という会社を立ち上げた「見城徹」さんへのインタビューです。

~~~~
インタビュアー:
いま出版界のなかで、
見城徹ほどパワフルで敵なしの男はいないと言われていますが…。

見城:
「僕は、人一倍不安や恐怖を感じるタイプなんですよ。
しょっちゅう後ろ髪を引かれているし、小石にもつまづく。
何をやるにもウジウジ悩んだりクヨクヨする男なんです。

7、8年前にトム・クルーズの仕事や私生活に密着して書かれた記事を雑誌で読んだことがあるんだけど、
彼はいつもちょっとしたことで たじろぐんだそうです。

例えば明日ベッドシーンがある。ものすごく憂欝で落ち込む。ロケ現場でもずっと無口で。
でもいよいよ本番の時間が近づいてくると自分を吹っ切ったように、
『ロッケンローーール!』と叫んで現場に入っていくんだって。

その気持ちがすごくよくわかるんだよね。以来、僕も一歩踏み出すときには
いつも心の中て『ロッケンローーール!』って叫んでますよ(笑)」

インタビュアー:
幻冬舎という会社を作って以来、史上最速でミリオンセラーを連発したり、
12億円を叩いて62作の文庫本を送り出したり、
郷ひろみの『ダディ』を常識外の初版50万部からスタートしたり……。
どうして見城さんは毎回壁を突破できるんですか?

見城:
「そうしなければ何も始まらないと思うからじゃないかな。人は現状維持が一番楽なんですよ。
でもそれでいたら満たされない自分がいる。寂しい自分がいるんですよ。だから、苦しくても、一歩前へ出る」

~~~~

とても共感しました。

今のバイトで研修(1回目)が終わって初めて接客する日まで
3日間空きがあったのですが、正直一日研修で本当に基本しか教えてもらえず、
ぶっつけ本番ということで、その3日間それなりに考えました。
でも「研修でやめる人もいるよ~。」と上の人が言ってたのもあって
自分がそこでリタイアしたら負けたみたいで嫌だし
電車で実際に働く所に着くまでは結構しんどかったですが
実際に着いて、やらなきゃいけないところまでいくと
流石に開き直るしかなくて、心の中で吹っ切れて
よしやるか~!!と決意してやった気がします。

どちらかというと僕も自分の気の小ささが嫌になることはあるほうだと思います。
優柔不断だし、・・だし、・・・だし、、 とか
思い浮かべるとバカみたいにたくさんあるのですが
でも普段はそういうのは絶対に言わないし、
弱みや愚痴を言うことで気持ちをスッキリするのは大切なことでもあり、
必要なことでもあるかもしれないですが、
あんまり普段からそういうのを言うのは本来自分ができるはずのことさえ
それを言ってしまうことで押さえつけちゃってる気がして、
何よりプラス思考じゃないとパワーがでないと思うので
できるだけ普段から自信持って振舞うようにしてます。
だからこんなこと、昔じゃ自分に自信なんて全然なくて書けなかったのかなとも思います笑

見城さんやトム・クルーズさんがこうやって公表できるのは
自信と経験があるからだと思います。
ある意味、気が小さいことは弱みなのかもしれないですが
その弱みを隠さずに受け入れているお二人がかっこ良く感じました。

もうひとつ書きたいことがあったんですが
ものすごい長くなりそうなので、明日のバイトの帰りに本屋へ寄るのと一緒に
明日の楽しみとしてとっておこうと思います(笑

最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。
NAO
唄:HY

you tubeへのリンク↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=rS1UreszqyU

あなたに魅かれあなたに恋して 好きだから好きのまま走って
でもねあなたは遠くなるばかり 私の気も知ってて

諦めたくなっても あなたまたホラ優しくするでしょう
同じ気持ちじゃないなら そんな言葉や態度なんていらない

叶わない恋だと 知っているから気持ちはもっと熱く
強くなり悲しくなり あなたの前じゃ笑うことしかできず

たくさんの涙は あなたを思う切ない恋心
好きというたったそれだけの 気持ちで動いた
大きな片思い

- - - - - - - - - - - - - - - -
カラオケでこの曲を歌った友達がいて
それがきっかけで知った曲です。
HYの曲、ほんとにいい曲ばっかり。。。

ところで今日、泣ける・感動する話などで検索して読んでいたら泣けてきました。
今日はせっかくなのでそれを紹介しようと思います。


人に何かをしてあげること

私は、比較的やさしい、思いやりのある人間だと自負していた。

長女で、忙しい両親に代わって妹や弟の面倒をみてきたことが習い性となったのか、頼まれごとをされれば、なんでも引き受けてしまうし、少しばかり自分の時間や労力を費やすことになっても、それを惜しむ気持ちにはあまりならない。

だから他人からは、面倒見がいいとか、気配りがあるとか、やさしいとか言われ、そう言われればもちろん悪い気はしないから、自分でも何となくそんな気になっていた。

そんなある日のことである。食事中に私は、友人から意外なことを言われた。共通の友人の窮地を見かねて、私が一肌脱いだ経緯を話し終わった時、彼は小さく溜め息をついて言ったのだ。

「君のやさしさってさ、自己満足的なところがあるよね」

私はカチンときた。「どういうことよ、それ」

「いや、だからさぁ、君は確かに相手のために何かをしてあげているんだろうけど、結局それは、自分の美学をまっとうするためって感じが、ときどきするんだよね。」

彼は言いにくそうに、けれどもきっぱりと私に言ってのける。

私は猛然と反論しはじめた。

「何かしてあげて、それで少しばかりこちらの気分がよくなったら自己満足なの?やさしくしてあげよう、と心掛けていることをしたのに、それは自分の美学を遂行したにすぎないって言葉で片づけるの?それって、あんまりじゃない。もちろん私は神でも仏でも聖人でもないんだから、そりゃあ無垢な心でやってる訳ではないけど、相手のことを思ってやっているのは事実よ」
 
黙ってしまった彼の前で、私はひたすら言葉を続けた。

「百歩譲って偽善でもいいじゃないの。偽善でやさしくできるほうが、何にもしないより少しはましでしょ?能書きばかり言って、あなたみたいに何もしない人っていうのが一番始末が悪いのよ」
 
こちらもついつい興奮して、刃の鋭い言葉を投げつけてしまう。彼は苦笑して私を見た。

「ごめんごめん。べつに君を批判してるわけじゃない。人に何かしてもらいたいってことばかり求めている人が多い中で、君みたいにしてあげることを喜べる人は、偉いと思ってるよ。ただ……。 そこで立ち止まっているのは君らしくないと思ってるだけ。」

話はそこで終わり、気まずいまま私たちは店を出て、ほとんど会話をすることなく駅まで歩き、そしてそのまま別々の電車に乗った。下り電車はまだ混んでいて、私は吊り革にぶら下がりながら、さっきの友人の言葉を思い返した。腹は立つのだが、何となく気になる。残念だが心の奥底が、どこかで彼の言葉を認めているような気もしはじめていた。

 


----------------------------

 
ふと昔聞いた仏教説話を思い出す。

それは地獄を釈迦が歩いている時のことだった。地獄に落ちた人々が、釈迦に向かって口々に「食べ物をくれ!」と叫ぶ。釈迦はその言葉を聞き、大皿に食べ物を山のように盛り、人々の前に置いた。そしてこう言ったという。

「食べても良いが、手掴かみではいけない。この箸を使って食べるように」

差し出された箸は、重くて長い箸だった。人々は釈迦が歩み去るのを待ちかねて、箸に手を延ばし、食べ物を口に入れようとした。ところが箸は長いので、食べ物を箸の先が掴んでも、遠くてそれを口に入れることができない。ならば箸の下のほうを持って……と試みても、箸は重いので、今度は満足に操ることもできない。

結局、目の前に山のような御馳走があるのに、それらを口に入れることができないのである。人々が泣き叫んでいると、ある一人の老人が何事かを思いついた。

箸で食べ物を掴んだら、自分ではなく、目の前の人の口に入れるのである。食べさせてもらった人は、もっと食べたいから、その人も箸で食べ物を掴み、自分の口ではなく、目の前の他人の口に入れる。
 
自分ばかりが食べようとしている時には口に入らなかった食べ物が、人に食べさせることによって自分の口に入る。人を思いやることが、結局は自分に戻ってくることにつながるのだ……というような話だった。


こういう戒めはキリスト教にもある。聖書には「自分がしてほしいと思うことは、人にもそのとおりにせよ」という言葉がある。ごくごく基本的な「思いやり」の教えなのであろう。
 
けれども、あの仏教説話を聞いた時、確かその話をした人は、こんなことを付け加えていたのではなかったか。

「これは、思いやりは大切だという教えではありますが、もう一つ大切なことが隠されています。それは、人が誰かのために何かをするという行為は、所詮、自分への見返りを期待してのこと。仏の慈悲と同じだと思い上がってはいけない……ということです」
 
友人はこのことを言っていたのだろうか。自分の行為を仏と同等に扱ってはいけない。それは思い上がりであると言いたかったのであろうか。
 
私は決して、何かを人にしてあげる時、具体的な見返りを期待しているわけではないと思っているが、でも心の底には、そうする自分を見て満足するとか、人の評価を聞いて満足するというような、精神的見返りを持っているところが皆無とは言いがたい。 
 

私は窓の外に目を遣りながら、じっと考えた。聖書の中に、こんな言葉もあったっけ。

「人がその友のためにいのちを捨てること。それより大きな愛はない」

見返りを求めず、自分の身を投げうつことが愛というならば、私がささやかにしている行為など、愛の足元にも及ばない。
 

私は胸が苦しくなった。
 
してもらうことを望むより、してあげることの喜びを感じられるほうがいい。偽善でも見返りを求めるような気持ちがあっても、やさしさを表さぬよりは、表したほうがいい。

けれども、そこは第一のステップにすぎない。その上に、階段はずっと続いているのである。私はその階段があることに気づいていなかった。…いや、気づいていたのかもしれないが、面倒で、見ないようにしていたのかもしれない。
 
友人はたぶん、そういうことを言いたかったのだろう。
けれども、だとしたらいったい私はどうしたらいいのだろう。どんなふうにすれば、せめてもう一段、階段を上がれるだろう。

 

----------------------------

 

帰宅後、私は思い余ってさきほど別れた友人に電話をした。電車の中で気づいたことを素直に告げた後、どうすればいいのだろうと尋ねたら、彼は笑いながら言った。

「感謝感謝」

「え?」

「神や仏の愛はもちろんだろうけれど、たとえば・・・・・

植物はさ、あなたのために無償で空気を提供してくれてるんだし、
太陽はさ、何の見返りもなくあなたを暖めてくれてる。
人は誰もみんな、気づいていないかもしれないけど、
もの凄い『やさしさ』を与えられながら生きているわけよ。

それを思えば、君は誰かに何かをしてあげた時、きっと自己満足なんかしないと思う。
むしろ、あたりまえだと思っていた街路樹やこもれびにサンキューって言いたい気分に
なると思う。偉そうなこと、俺も言えないけどね」

 
私は体中が温められたような気分だった。

 
その友人は二年後に亡くなった。

周囲の人の殆どは知らなかったが、彼はずいぶん以前から重い病を抱えていたという。
もちろん私もそんなことはまったく知らなかった。
郷里に住む高齢のご両親にかわって、友人たちが彼のアパートの整理をした。
そのうちの一人が、後日、私に電話をしてきた。

「彼の部屋は貼り紙だらけだった。テレビには『笑いに感謝』、流しの水道には『水に感謝』、
トイレには『排泄に感謝』、ベッドには『眠りに感謝』、
それに……薬の入った箱にまで貼ってあるの。何て書いてあったと思う?
『病気に感謝』って書いてあったのよ」

彼女はそういうと電話口で泣きだした。


人に何かをしてあげること。

それはもしかしたら、自分が目に見えぬ多くのものに守られ愛され支えられていることを
素直に感謝する瞬間なのかもしれない。
 
次のステップはまだ遠い。
でも私はあの友人のおかげで、
ほんの少し心の階段を上ることができたかもしれないと思っている。





あひるさんの思い出


二度の脳梗塞で重度の障害が残った夫は、狭心症発作を繰り返しながら
自宅療養を続けている。人との接触を求めて、時々外出する。

冬の一日、急に思い立って遊園地へ行った。

広場の隅に車椅子を止め、私は傍らに立って元気に走り回る子供達を見ていた。
思ったより寒く、早く帰らねばと思った。

その時広場に歓声があがった。ドナルドダックの着ぐるみを着た人が現れ、
子供達がどっと駆け寄ったのだ。

ところがそのあひるさんは、子供達をかき分けてどんどん駆けて、こちらへ近付いてくる。
広場の隅にいる私たちの方へ……。

車椅子に乗った夫の前へ来ると、大きく一礼して大きな手で夫の背中を撫でてくれる。
二度、三度、突然の出来事に私達も周りの人も驚いた。

夫の背中を大きく撫でて、今度は私の腕をさすり、両手で包み込んでくれる。
大きな白い温かい手で……。

優しさが老二人を包み、その温かさが周りに広がり、
見ていた人達の間から拍手が起こった。

夫の顔を見ると、涙がほろほろ頬を伝っている。

風の冷たさを忘れた。
「優しさをありがとう」と言うのが精一杯の感謝の言葉。

あひるさんはウンウンと頷いてもう一度夫の背中を撫でて、子供達の方へ駆けていった。

思いがけない出来事だった。
着ぐるみだからお顔は見えない、お声も聞けなかった。
けれど、優しさと励ましのお心はしっかりといただいた。
病む夫にも、介護の私にも元気をくださったあひるさん、ありがとう。




母の愛のこと


もう二十年位前の話です
私は小さい頃親に離婚されて、どっちの親も私を引き取ろうとせず
施設に預けられ、育てられました
そして三歳くらいの時に今の親にもらわれたそうです

当時の私はその自覚などしておらず、
記憶は無く、その親を本当の親と思って中学二年まで過ごしてきました
そして、突然の父との別れが訪れました
脳梗塞で帰らぬ人になりました
そして、その最悪の時に
私とその親は家族ではないということを親戚の方から偶然にも知ってしまったのです
葬儀のあと、私は母を問い詰め、本当の事を聞きました

その時を境に、私は母を嫌いになりました
死んだ父でさえも嫌いになりました
多分、裏切られたとか思ったんでしょう
元々家が裕福ではありませんでした
ですから父が死んでしまったので、母が働きに出ざるを得ませんでした

母は、朝は近くの市場で、昼から夜にかけてはスーパーで働きました
それもこれも全て、私のためのものでした
ですが当時の私にはそれすらもうっとうしく思えてなりませんでした

時には、登校の時間と母が市場から帰ってくる時間がちょうど重なってしまい
友達と登校していた私は、ボロボロになった母と家族であるということを
友達に知られたくなく 「いってらっしゃい」と言う母を無視しては
友達に「誰あれ、気持ち悪いんだけど」という悪口すら言っていたものでした

それを察してか、次の日にはわざと目を伏せ、足早に私とすれ違っていきました
でも、それでも、母は何一つ文句をいわず働いてくれていました
そんな日が一ヶ月くらい続いたと記憶しています

そんな雨の日、雨合羽を着て市場から帰ってくる母とすれ違いました
当然無言です
その姿はなんとも淋しく、哀しく、辛そうに見えたのです
涙が溢れました。ぐしゃぐしゃに泣きました
私は一体何をしているのか
ボロボロになってまで私を育ててくれているあの人に、
私は何をうっとうしく思っているのかと、凄まじい後悔が私を襲いました

私は友達の目も気にせず、母に駆け寄りました
でも、何を言っていいかわかりませんでした
その時、ふと口をついた言葉が「いってきます」でした
言えた言葉はたったそれだけでした
でも、母は一瞬驚き、そして泣きました
そして、何度も何度も「いってらっしゃい」と言ってくれました
私が友達の元へ戻ったあとも、母は私を見ながら手を振って
「いってらっしゃい」と言ってくれていました


今では、彼女こそが本当の私の母親です
たとえ戸籍上はどうあれ、そう思っています
恩は返しきれないくらいあります
母は「それが親の勤めだよ」と言いますが、でも、じゃあ今度は子として
親の面倒を見ていきたいです
この人が母親で、最高に良かったと思います。



お母さんのテープ


俺、小さい頃に母親を亡くしてるんだ。

それで中学生の頃、恥ずかしいくらいにぐれた。
親父の留守中、家に金が無いかタンスの中を探しているとビデオテープがあったんだ。

俺、親父のエロビデオとかかな?なんて思って見てみた。
そしたら・・・

病室のベットの上にお母さんがうつってた。

『〇〇ちゃん二十歳のお誕生日おめでと。なにも買ってあげれなくてゴメンね。お母さんがいなくても、〇〇ちゃんは強い子になってるでしょうね。 今頃、大学生になってるのかな?もしかして結婚してたりしてね・・・』

10分くらいのビデオテープだった。

俺、泣いた、本気で泣いた。
次ぎの瞬間、親父の髭剃りでパンチパーマ全部剃った。
みんなにバカにされるくらい勉強した。

俺が一浪だけどマーチに合格した時、 親父、まるで俺が東大にでも受かったかのように泣きながら親戚に電話してた。
そんで、二十歳の誕生日に、案の定、親父が俺にテープを渡してきた。

また、よく見てみたら。
ビデオを撮ってる親父の泣き声が聞こえてた。
お母さんは、笑いながら『情けないわねぇ』なんて言ってるんだ。

俺また泣いちゃったよ。
父親も辛かったんだろうな、
親父にそのこと言ったら、知らねーよなんて言ってたけど、
就職決まった時、
親父が『これでお母さんに怒られなくて済むよ』なんていってた
俺このビデオテープがあったからまっとうに生きられてる。

お父さん、お母さん、ありがとうございます。

*マーチ:明治、青学、立教、中央、法政の頭文字を取った関東有名私大

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ほんとにもの凄く長くなってしまいました。すいません。
でも何度も何度も読み返して、久しぶりに泣きました。


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家族を大切にして下さい。愛情を素直に受け取って下さい。
小さな幸せを大切にして下さい。
恥ずかしがらずに「ありがとう」と言って下さい。

俺はみんなに感謝しています。みんなの優しさにひたすら感謝です。
夏が過ぎて秋になって、冬になって、どんどん季節が廻ります。
その中での「ありがとう」って、誰にでもあるはずです。
素直にありがとうと言える事は素晴らしいことです。
涙が流せるくらい、美しいものです。
みんなありがとう。
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一番印象に残った言葉です。

今自分は幸せなんだってことを自覚して
育ててくれた人はもちろん、みんなにありがとうって気持ちをいつも忘れないで
これからも頑張ろうって改めて思いました。

みんなありがとう。母さんありがとう。
これからも頑張ります。
Best Friend

You tubeへのリンク↓↓
http://www.youtube.com/watch?v=jFyHrkE1JoY

作詞:玉城千春  唄:Kiroro

もう大丈夫 心配ないと 
泣きそうな私の側で
いつも変わらない笑顔で 
ささやいてくれた
まだ まだ まだ やれるよ
だっていつでも輝いてる

時には急ぎすぎて 
見失う事もあるよ 仕方ない
ずっと見守っているからって笑顔で
いつものように抱きしめた
あなたの笑顔に 
何度助けられただろう
ありがとう ありがとう Best Friend

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Kiroroのボーカルさんの透き通った綺麗な声がほんとに癒されるなぁって
初めてデビュー曲?の「長い間」を聴いたとき感じました。
この「Best Friend」は発売当時、国仲涼子さん主演の
朝の連続ドラマ小説「ちゅらさん」のオープニング主題歌だったのをすごく覚えています。

当時僕はまだ高校生で、朝は電車通学だったんですが
連続ドラマ小説が始まるのは朝の8時からで
この主題歌がテレビで流れるときは決まって学校を遅刻していたのもすごく覚えています笑

ベストフレンド、親友ですよね
やっぱり高校のときの友達が色々共有しあって
結婚しても、大人になっても付き合っていくといいますが
ほんとにそうだと思います。
この歌詞ほど、素直にありがとうなんて言った事はありませんが
高校のときにも学期の終わりに焼肉行ったりして
普段は話さないような、将来についてマジメな話をしたり
大騒ぎしたりでやっぱり持つべきものは友達だなって感じました。

なかなか何でも相談できる友達っていませんよね。
少しぐらい隠し事があったほうがいい、ともいいますが
見栄を張ったウソだったり、変なことをいちいち隠すよりは
全部言っちゃったほうが後ろめたいものがない分、いいですよね。
っていう話もしたのを覚えています。

いちいち話すことじゃないかもしれませんが
そういう場だからこそ っていうのもあって。笑

話は変わりますが、Kiroroの唄だったり、クラシック音楽みたいなのって
自分がまだ小さい子供の時の車の中を思い出しませんか?

幼稚園の頃に車で聴いていた曲が、古いですが
中山美穂さんの「世界中の誰よりきっと」とか
ドリカムの「未来予想図Ⅱ」とか
沢田知可子さんの「会いたい」とか、後はクラシックの有名なのを思い出します。

確か丁度それくらいに親が離婚して、車の中で家族4人で聴くこともなくなって
今でもすごくあの頃のことは、まだ子供だったのによく覚えています。
きっとそういうのもあって思い出すのかなぁ と思います。

だから将来自分が家族をもって、子供を持って、親になったときは
自分が子供だったときと同じように
車の中で音楽をかけるのが将来の小さな夢になりました。

また90年代の曲も紹介しようと思います。


-日記-

今日もバイトでしたが昨日に比べて2回目なのもあって
接客も大分うまくでき、ディレクター(店長)にも
昨日に比べて大分よくなってね~なんて言ってもらって
心の中でピースしました笑

しかしブレンドのティーカップのコーヒーをまた1度こぼしてしまい
しかも、丁度お客さんの席に置くときに失敗してしまって
必死に謝って、新しいものを再び運び
2度目で無事済ませられました。
今日一番失敗したのは、その運ぶときの一連の動作で
「トレンチ(お盆)を腰の横の位置にもって
お客さんの隣に立ち、片足から半身いれて
トレンチは動かさず、そのまま机へ運ぶ。」
これができなかったせいで結果こぼしてしまって
こぼしてしまった後は、かなり意識してやりました。
おかげでカプチーノとかブレンドとか、その後は
1つずつなら無事運ぶことができ、無事シフト終わりました。
でも2個とか3個を同時に運んだことがないので
まだまだネックになりそう笑