お母さんのことを


嫌いかもしれないと自覚してから


1年が経とうとしている。



1年前

お母さんに対する

嫌悪感を自覚して


これが嫌いという感情なのか、、、?



そうやって始まって

自己対話して

脳内母や自己防衛する自分を潰して


今はスッキリと馴染んで

認めている。


私はお母さんのことが

嫌いだなーーと。


何故

お母さんのこと嫌いだって

認められなかったかというと


お母さんを信じたいという

淡い期待と


人を嫌いになるには

それ相当の極悪人でないといけない。

というゴミ価値観。



今日は

「人を嫌いになるには

それ相当の極悪人でないといけない」

というゴミ価値観について。






自分で自分の感情を

肯定できないから


これこれこういう理由があって

だから私があなたを嫌っても

仕方ないですよね?


とお伺いを立てていた。



感情に正解があると

思っていたから


周りの人たちが納得する程の

何かがないと

人を嫌うことが出来なかった。




なんじゃそらー!!!!




この1年

ひたすら自己対話をして

非ダイヤ的だろうが

自己防衛だろうが

脳内母に怯えていようが

どんな気持ちも肯定できるようになったから



自分の気持ちについて

他人(脳内母)に

許可を貰わなくて良くなった。



そうしたら


嫌だという気持ちを

肯定できるようになった。


そうしたら


嫌う相手が

誰もが納得する

極悪人でなくて良くなった。




私のお母さんにもね

こう見えて

優しい一面があるのだ泣き笑い



小学生のときに

母方の親戚と8人で

ハワイ旅行をしたやしの木


何かの山に登るための

バスに乗っている途中で

私は車酔いで吐いてしまった。


私とお母さんは

山に登るのを諦めて

街で買い物をした。


お母さんは私の体調不良に

文句ひとつ言わずに

付き合ってくれた。

(健全な母親なら普通の対応なんだけど)



こういう

お母さんにも良い面はある


という思い出が

めっちゃ少ないけど

あるにはある。


極悪人しか嫌っちゃいけないから

そのいくつかの思い出まで

否定しないと

嫌えなかった。


あの優しさだって

私を支配するための

演技だったんだー!とかね。


いやいや


どんな悪い人でも

良い面がひとつもないってことはないよ。


ましてや

1番一緒にいる時間が長い

お母さんだ。

良い思い出がゼロなわけがない。


私のお母さんは

優しい時もあった。


その時の思い出や自分の感情を

否定する必要はない。


でも嫌いなの。


それでいいんだよねにっこり