病付き給ひける日より、 水をだにも喉へ入れ給はず。
身中熱する事火燃ゆるが如し
(発病した日から水も喉を通らず、身体の熱さは火が燃えているかのように高い。)
入道は音いかめしき人にておはしけるが、 音もわななき、息もよはく、事の外によはりて、身の膚へ赤き事は、朱を指したる者にことならず。吹き出だす息の末に当たる者は、炎に当たるに似たり。
(平清盛は立派で威厳がある人だが、声も震え、息も弱く、どんどん弱っていき、皮膚が赤くなっている。吐く息も熱く、息に当たった者は炎に当たったかのように熱さを感じた。)
同じ頃に九条兼実が書いた日記『玉葉』(ぎょくよう)でも、同じような病状が書かれていて、
2月22日に頭痛を感じて24日には高熱になり、28日には頭痛が悪化し重体である様子が書かれています。
そして翌月の※閏2月4日に亡くなったと書かれています。
※昔は和暦を使っていて、今より1年が11日ほど短いため、季節とのズレを合わせるため3年に1度1年を13月にしてズレを修正していたので、2月の次が閏2月(うるうにがつ)と記載されています。
そして、今までも色々な時代のお医者さんがこの書物の症状から平清盛が何で亡くなったのかを推測していました。
肺炎や、髄膜炎、マラリアなどが候補でしたが、肺炎にしては咳について書いていないし、髄膜炎にしては、意識の混濁、身体の硬直について書いていないし、マラリアは2月で蚊のいない時期なので違うと考えられます。
ここでは、篠田達明さんが考える、
溶連菌による電撃性猩紅熱(でんげきせい しょうこうなつ)説で考えていきたいと思います。
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猩紅熱(しょうこうねつ)とは、A群溶血性連鎖球菌(えーがた ようけつせい れんさきゅうきん)と呼ばれる細菌によって起きる細菌性疾患で、2~5日の潜伏期間があって、急激に38〜39℃程度の熱が出て、咽頭炎や扁桃炎がでてきて喉の痛みが出てきます。
また、嘔吐や身体の発疹、頭痛、腹痛、首筋にあるリンパ節の腫れが出る事もあります。
舌にプツプツした腫れが出来るイチゴ舌が代表的な症状です。
溶連菌は今ではほとんど一年中みられる感染症で、冬とかに喉が痛くなる風邪はだいたい溶連菌が原因ですので、皆さんもかかったことがあるはずです。
今では、ペニシリンなどで治療する事ができますが、昔は電撃性猩紅熱と呼ばれる悪性型が猛威をふるっていたそうで、急激に症状が悪化し亡くなったと考えられます。悪性型は激烈な中毒症状と症状の悪化の早さで恐れられていました。
平清盛の症状はその当時の感染症の中でもとても警戒され、異例の早さで土葬されました。
そして、溶連菌感染症と考えられるもう一つの原因は、藤原邦綱(ふじわらのくにつな)という部下が同時期に同じ症状が出て、同じ月に亡くなっている事です。
『玉葉』には、2月27日に平清盛に頭痛があり、藤原の邦綱には顔にニキビが出来ていたと書かれています。
そして、その3、4日後に見舞いを送った時には、背中にもニキビが出来ていて、そのニキビを針で刺して膿を抜いていたとも書かれていています。
猩紅熱の症状の中にも全身の発疹があり、平清盛とは少し症状が違いますが、猩紅熱だと考えられます。
藤原邦綱の場合は葬式に高官を誰も参列させず、翌日には土葬されてしまいました。
猩紅熱は飛沫感染(ひまつかんせん)するんですが、平清盛はこの時、源氏に追い込まれていて早急に対策を考えなければならず、信頼していた部下の藤原邦綱と顔を合わせていた為、どちらともなく互いに感染し亡くなってしまったと考えられています。
2人の症状と、時期と同時にかかったことから、肺炎や髄膜炎、マラリアではなく感染症であったと言うことが出来るという事ですね。
という事で、平清盛の最期はマラリアではなくA群溶血性連鎖球菌による猩紅熱というお話でした。
では!
