
ポゴレリッチも上岡敏之も、生では初めて聴く演奏家。
チケットを買う時点では完全にポゴレリッチ目当てだったが、終わってみれば上岡+読響の超弩級の演奏が、深く心に突き刺さるようなコンサートだった。
もっともポゴレリッチのショパンも、独特の深さを持った音楽。ことに2楽章は独擅場で、そこは演奏家も意識していたろう。アンコールはこの楽章の再演だった。ショパン独自のレースのような装飾音をさらさらと流れるように弾きながら、ところどころに思いがけない強いアクセントをポンと入れる。そうすると、惰性に陥りかけるフレーズが生き生きと蘇るという風だ。
余計なことを言うと、学生時代の私は、若き日の不羈奔放のポゴレリッチに傾倒し、ポスターを汚いアパートの部屋に飾っていた。

これがそのポスターと同じ画像。ヴェニスでオッサンの数人くらい頓死させかねない面構えだが、今はラマ僧のような柔和な表情。

音楽も深まっている。
さて、休憩はさんでショスタコーヴィチの「1905年」。これが驚くべき演奏で、アメブロで演奏会評を書いておられる評論家から「凄演」という言葉が出た。私も同意見だ。
ショスタコーヴィチに限らず、日本人の指揮者が日本のオケを振って、ここまで凄まじい音楽を鳴らしたのを、私は聴いたことがない。数日前のソヒエフの、洗練を極めたショスタコも面白かったが、上岡は正面から押しに押して、最後は指揮者、オケ、聴衆、そろって虚脱状態になるほどの全力演奏。これは忘れられないコンサートとなるだろう。
























