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出ベンゾ記

ベンゾジアゼピン離脱症候群からの生還をめざして苦闘中。日々の思いを綴ります。


ちょうど1年ほど前に、中野坂上の街裏歩きをしていた。

それ以前のだいぶ前から知っていながら、このときになぜか見つけられなかった場所が、ようやくわかったので付け加えたい。

ぼちぼち行く。



淀橋の上から神田川を見おろす。



古くからの骨董屋。一度だけ入ったことがある。



ずーっとはしょって、青梅街道から中野新橋へ下って行く道のゲート。



中新通りとも、新橋通りとも。横綱土俵入りの意匠は、昔、中野新橋に藤島部屋があった名残り。

貴乃花の優勝パレードを、街道沿いの安マンションから見下ろした記憶がある。



去年見たときは現役だった豆腐屋が、なんだかわけがわからなくなっていた。



住んではいるような。



ああああー、長崎〜、思案橋ブルース♫



このへんでまたわからなくなり、うちの老母くらいのバアちゃまに道をきいた。答え明快! うちの老母とは違う(笑)。10分の1くらいの時間で済む。



本郷氷川神社。このへんは中野区本郷という住所なんだ。



神社裏手の古民家。



さて見えてきた。赤いのが見えるでしょう。



ブロック塀で囲ってあるが、私が35年前に見つけたときは、野ざらしだった。



風車は変わらず。



近隣住民の愛情が感じられるね。



秋津子育て地蔵尊。

ほとんど見かけなくなった、都心の民間信仰の良き例か






こういう本があった。



TOTO出版刊。初版1994年。写真に見るとおり1980年以後竣工の、約10年間の建築の集成だ。お察しのとおりいま見れば、バブル期のビルの総覧という趣き。

これを久しぶりにパラパラ眺めていたら、近所の賃貸ビルが目についたので、あらためて見に行ってきた。



西新宿のカーメルという集合住宅だ。



設計はアメリカの建築家・フレデリック・フィッシャー。



1990年竣工というから、築35年。



当時流行した、雁行風のスタイルを一部に組み込んでいる。



最上階には円筒形のペントハウス風な部屋も。









なかなか渋い。





裏側。手前の茶色いのは別の建物。

以下、不動産屋のサイトから内観写真を拝借した。



なかなかのもの。



ふだん何気なく眺めていたが、よく見ると独特の魅力がある。バブル臭さはそれほど感じなかった。





札響は過去に一度くらいは聴いたことがあると思っていたが、ファイルを繰ってみるとどうやら初めてらしい。


予告のプログラムには3曲が挙がっているけれど、先日、高齢ながら急逝した秋山和慶に捧げる追悼の曲が
初めに演奏された。札響は秋山にずいぶんと世話になったようだ。





このモーツァルトは、秋山が看取った師・斎藤秀雄への追悼曲でもあった由。同曲の前に指揮者・広上淳一によるプレトークがあった。

プログラム一曲目は武満徹の映画音楽。黒澤明の『乱』の音楽だが、これは堅く渋い現代音楽。私は映画を見ているが、音楽だけつなげるとゴリゴリの現代音楽で、はて、こんなだっけという感じ。

続いては、札幌出身の伊福部昭の曲を、札幌育ちの外山啓介のピアノをフィーチャーして、札幌交響楽団が弾くという本場もの。

これは圧倒的名演だった。

一見、ピアノコンチェルトの編成に見えるが、ピアノはほぼ打楽器の扱い。外山のタッチはしばしば濁るが、輻輳する変拍子のリズムを激しく力演するオケとの息はぴたりと合っていた。これを聴いて、札響の力量が在京オケのトップ3に匹敵するものとすぐにわかった。


演奏を終えた外山が、アンコールの後になってもオケを讃え、感謝する様がこの演奏のすべてを物語っていた。

風邪気味という広上の采配も完璧。

最後のシベリウスは、名曲として名高いのだが、私は前半の茫洋とした気分と、終盤のハリウッド風の美メロのつながりがよくわからない。

今回の広上の演奏も、そこは解決されていなかった。ただし、大きく構えた広上の音楽は、終盤の盛り上がりで圧倒的な効果を生み、聴衆は熱狂した。





長いコンサートだったが、わずかの緩みもなく、札響の実力を全開にした快演だった。また聴きたい、