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出ベンゾ記

ベンゾジアゼピン離脱症候群からの生還をめざして苦闘中。日々の思いを綴ります。



両国橋、ももんじや。ぶつは剥製だとか。



東中野の商店街のはずれ、大久保通り近く。最近は閉まっているかな。



日本橋、海老屋。骨董屋ですな。ぶつは四十七士。



御茶ノ水の飯屋。



御茶ノ水、笹巻毛抜鮨。酸っぱいよ。



神田小川町の洋書店。



同じく小川町の時計店。



市ヶ谷駅近くの画廊。



市ヶ谷駅近く、オグラ眼鏡。



九段、洋菓子店ゴンドラ。



九段、陶器店。



神保町、ビストロ。



専大通り、野球太郎本社?



神保町、新世界菜館。



北新宿、淀橋近くの酒屋兼バー。


昨日のブログの終わり、豪壮な畳屋を見たが、このあたりになると、川島商店街の匂いは消えている。





ただ、またこんなものを見つけた。





また、お地蔵さんがある。

このあたり、お地蔵さんだらけだが、やはり三業地の名残りなんだろう。水子の霊を慰めたのだ。

三業地に関して言えば、川島商店街の入口近くで、こんな看板を見つけた。



染み抜き屋だ。

以前、桃園川緑道の側に、洗張の看板を見出だして驚いたことがあるけれど、ここも似たような商売で、和装文化の生き残りだろう。



そして、お地蔵さんの先に、こんな店があった。酒屋なんだろうね。愛国心がグルっと回って不敬に近づいたような按配だ(笑)。二重橋という酒があるのか。

なにげに上皇夫妻の写真を掲げてある。



私の幼い頃には、茶道、華道、書道、琴、三味線、長唄…新堀ギター、中川ダンス教室と、大人の習い事の場所がたくさんあった。



夜逃げ物件。ベンツ放置はよほど切羽詰まったか。



突如、現れたのは東京工芸大学だ。指が写ったか(笑)



工芸大学裏の坂。左の柵のさらに左に、大学用の階段。中央が一般用の階段。右は民家の専用階段。

登ろうと思ったが、手摺がないので自重。



先の階段を回避したら女坂(笑)が。



登った先の住所はすでに弥生町ではない。旧町名は東郷町。中野本郷の東で東郷か。



米屋の硝子戸の中に分銅秤が見えるが、新しそうなのがかえって珍しい。

さて、このくらいにしておきますか。







さて、昨日のブログに対するコメントで、けんさんが真っ先に挙げていたのが、川島商店街のゲートだった。



これがそのゲートだが、私もこれを初めて見たときは驚いてしまった。



なにしろ、変哲もない住宅街に、なんの前触れもなく、突如として現れるのがこの商店街。

それが、この遊園地めいた派手なオブジェから始まるのだ。



残念ながら、ゲートは数年前に撤去されたという。今の姿が上の写真だ。

残念だが、老朽化し撤去したゲートを、復旧なり新設する余力が、この商店街には残されていなかった。



一見、何の店かわからぬ姿だが、雑貨類の後ろに見えるのは硝子ケース。

盛時は下のような充実した店だった。




この美しい硝子ケースを壊す気にはなれないだろう。

盛時といえば、こんな写真も残されている。


モノクロの写真からも活気がわかろうというもの。



それが昨日の午後に訪れたときは、こんな有様だった。

そこを好き勝手に歩く。




典型的な看板建築を守るお茶屋。



コスモか…。



異界への扉は開いているが、さすがにスルリと入る勇気なし。



カオスが侵食している。



営業中の札、本日のおすすめ品のプレートがあるが、ここに入るには覚悟がいるなぁ。



何屋か不明。刺青師ではないだろう(笑)。木工系か。



おそろしく立派な畳屋が。

三業地のゆえか。不思議な街だ。

もうちょっと続けるかも(笑)。