『ニュースの商人ロイター』(倉田保雄/新潮選書/1979.7.5初版)
ケネディ暗殺の第一報は、世界初の衛星中継の実験放送によって、ほぼ瞬時にもたらされた。
誰でも知っている事実だが、ではリンカーン暗殺ではどうか。1865年、ケネディの事件から約100年前のことになるが、これは船がニュースを運んだのである。
正確に言えば、この頃、新旧大陸の電信網の整備は相当に進んでいた。問題は、二つの大陸を結ぶ海底ケーブルの敷設が、まだうまくいっていないことだった。
南北戦争の戦況もリンカーン暗殺のニュースも、大西洋を往復する船舶が、約2週間をかけてヨーロッパに運んだのだった。そうは言ってもこれは当時としては大変なスクープで、全英各地に速報されたこの情報を流したのが、通信社の代名詞的存在のロイターである。
本書は、こうしたエピソードを満載して語られる通信社の歴史だ。ロイターのみならず、フランスのAFP、ドイツのヴォルフなどとの、国家を巻き込んだ熾烈な覇権争いにも話は及ぶ。ビスマルク、ナポレオン三世、ヴィクトリア女王、グラッドストーン、ディズレーリなどという名前が次々に現れるのは、通信事業が帝国主義の世界戦略と密接に結びついていた証拠であろう。
もっとも、通信事業の最初の目的は、株式などの相場の動向をより早く掴むために始まった。本書の冒頭で、ロスチャイルドが自前の通信方法(早馬と高速帆船)を使ってワーテルローの戦況をいち早く掴み、一夜にして巨万の富を手にしたという逸話が語られるのが、それを象徴しているだろう。
ロイターの仕事も、そのようにして始まったのであるが、事業の拡大に力を発揮したのが、伝書鳩であったというから、なんとも牧歌的な話だ。
もっとも普仏戦争(1870年)のさなか、4ヶ月にわたって包囲された首都パリの情報を外部に伝えたのはなんと気球で、これもまた暢気な感じを拭えない。プロイセンによる通信線の遮断に対抗した苦肉の策だが、80年前にモンゴルフィエ兄弟によって実用化された熱気球は、包囲中のパリから66個も飛び立ったという。
こう書いていればきりがない。話題はつきないのであるが、残念なのは1970年代で記述が終わっていることだ。インターネット時代の話はいっさい出てこない。ロイターも、いまはかつての植民地カナダの通信社の傘下にある。
本書の続編があれば必ずや興味深いものになるだろう。