『オレって老人?』 | 出ベンゾ記

出ベンゾ記

ベンゾジアゼピン離脱症候群からの生還をめざして苦闘中。日々の思いを綴ります。

『オレって老人?』(南伸坊/ちくま文庫/2018.6.10初版)



原本2013年刊。


南伸坊という人、雑誌などでたまに眼にしていたが、あんまり好きな書き手ではなかった。ちょっと面白すぎるのである。


どんなに短い文章にも周到に伏線を張って、話を微妙に飛躍させながら、うまいこと着地してみせる。上手すぎる落語家みたいでなにやら鼻につく感じ。この本でも最初のほうはそうだ。


〈電車の座席に座っていた。思わずウトウトしていたと思う。毛糸の帽子を私は脱いで、膝の上にのせていたらしい。車内アナウンスが、降車駅をアナウンスしているのを私は聴いた。/ハッと目を覚まして、ドアがあくと、私はおもむろに立ち上がったのである。その時である。/「おじいさん、おじいさん!」/と、どこかでおじいさんを呼ぶ声が聴こえてきた。/「おじいさん、帽子! 帽子!」/と、その声は、私の座っていた座席の前のオジサンの声だというのが、わかった。オジサンは床を指差していて、その帽子は私の帽子なのである。/帽子を落としたおじいさん、とは私のことだった〉



面白さのポイントはいくつかあるが、その最大のものは「オジサン」であろう。無意識にオジサンが座っているな、と認識している。たぶんこのときオジサンが自分より歳下だとは寸毫も思ってはいないだろう。オジサンと思っていたオジサンに「おじいさん」と呼ばれるわけだ。さらりと落差を作っておいてたちまち落とす。見事な技だ。


ここは、学生、OL、おばあさんなどなど、様々に入れ変えて考えたのではあるまいか。そこが見えるところが、私はちょっと嫌なのだ。ただ、やはり面白いことは無類に面白いので、ホイホイ、スルスルと読んでしまう。


「アノホラロボット」などは、私も欲しいと思ってしまう。こちらが度忘れをした時に相手をしてくれるロボットだ。


〈「あの、ほら……」「ほら?」「いや、あの、歌手でさァ……昔の」「東海林太郎ですか?」「じゃなく」「伊藤久男かな? イーヨー、マンテーの」「もうちょっと新しい」「わーらァにィ、まみれてよーお……」「いや、もうちょいこっち」「どんな? 男? 男で、どんな曲?」「青春歌謡っつうか」「マイク真木! バーラが咲いたァ、バーラが咲いたァ」「フォークじゃん」/正解は三田明だが、正解だけが知りたいわけじゃないので、ツマミを調節して、もっとのばそうと思えば、いくらでも話がのばせるのである〉


と、まあ、アレコレと年老い話を面白おかしく聞かせてくれるのだが、やはり伸坊といえど実際に老いて行くのは避けられないことなので、母親が91歳で亡くなり、自身に肺がんが見つかったりといったことが起こってくる。


こういう人がここをどう乗り切るのかというのは、これから追いかけてゆく私のような者には大きな関心事だ。


ネタバレは避けるが、伸坊の姿勢は自然体である。延命治療への考えなども述べているうちに、しだいにハクモクレンだの新緑の美しさだの、歳時記みたいなことを言いはじめたなあ…と思っていたら、最後は俳句で締めてきた。


〈人の世の短し長し雪だるま〉。


雪だるまを見て、おのれがそれを作った少年時代を思い出し、そこからまた行く末を思うというわけだろう。上手さがちょっと深まった気がした。