すずらん通りにすずらん灯る | パーキンソン氏の気怠い日々

パーキンソン氏の気怠い日々

ベンゾジアゼピン離脱症候群からの生還をめざして苦闘中。日々の思いを綴ります。

その後、難病パーキンソン病の確定診断が付きました。やれやれの老後です。

私の仕事先は古本の街、神田神保町にある出版社だが、この街に「すずらん通り」という通りがある。


あるとき、ここを歩いていて、年輩の同僚がこう言った。「すずらんなんか咲いてないのに、なんですずらん通りなんていうんだろ」。私答えて「だけど、この先のさくら通りだって、桜なんかないよ(笑)」


とまあ、これは実際そうなのだが、調べてみると全国に「すずらん通り」を名乗る通り(商店街)は100を超えた時期があったという。もちろんそのすべてにすずらんが咲いていたわけはない。


共通点は鈴蘭燈という街灯だ。大正13年10月14日という、恐ろしく細かい日付が残っている。この日、京都の寺町通りというところに41基の街灯が立った。関西建築界の父・武田五一デザインによる「鈴蘭燈」だ。



この大がかりな街灯が、古い京都の暗い夜を一気に照らしたのである。


評判は広まり、2年後には、神戸元町に古宇田実デザインの「鈴蘭燈」が、なんと150基も設置されたという。下の写真がそれだ。



この神戸の鈴蘭燈が全国的な評判を呼び、各地の商店街が設置。通りの多くは「すずらん通り」と名付けられることになった。


昭和5年封切りの映画『神戸行進曲』の主題歌には「雨の元町すずらん燈、ぬれて光ったアスファルト」という文句が見られるそうだ。


さて、神田神保町の「鈴蘭燈」は昭和初期としか分からないが、東京で最初の例であったという。そして、この「鈴蘭燈」、なんとも地味だが、いまでも「神田すずらん通り」の夜を照らしている。



鈴蘭燈を知らなければ、こんな街灯に注目することもなかったであろう。


しかし、注意して見てみると、すずらん灯は今でも、けっこう東京各地に設置されているようだ。


さて、あなたの街にすずらん灯はありますか?