3人の関係-9(あ~ちゃん&のっち)
3人の関係-
もともと渡米中、彼女達の最新情報が無い環境の中、自分がなぜ
こんなに彼女達に惹かれたのか、今までに感じた事を整理する為に始めました。
ですがそろそろもう潮時かなと思います。
こうやっている瞬間も彼女達は未来に向かって全力で走っている。
今この瞬間、この瞬間は全て“過去”になっていく。
あともう少しで今の時点のゴールに届くかと思います。
毎回書いておりますが、一連のこのエントリーはあくまで僕の考える彼女達です。
どこかで一度書いておかないと僕の中で整理がつかなかったので。
ここ10日ほど書いては消し、書いては消しの繰り返しでしたorz
●のっち
のっちは一人っ子の性格か、誰かと常に“つるむ”という事をしなくても基本生きて
いけるタイプ。人見知りはするけれど、でも“SPEED”の物真似をする時は積極的に
クラスの前でも歌い踊る事ができる。
そんな彼女は今置かれている状況や、この立ち位置までの来た道のり、過程は余り
考えようとはしない。
今、この瞬間を生きている人という印象が強いです。
2008年9月 ROCKIN`ON JAPAN
ltwリリース&RIJF LAKE STAGEを熱狂させた後日インタビュー
-実際すごい状況になってきて、思うところってありますか?
いろいろ……親のこととかアクターズの頃の先生のこととか考えると、嬉しくて
感動しちゃって何もできなくなりそうなので、あまり深く考えないようにしてます。
今は今っていう意識でやらないと、どれだけ泣いても気が済まないと思うので、
楽しくやろうって感じです。
2009年4月 音楽と人
Perfumeとしては、ずっと同じ船に載ってるみたいなイメージです。
言っちゃえば中田さんの船に乗ってるから。変わってるって感じはしない。ただただ
この気持ちが続いてほしい、終わってほしくないなってすごく思います。今が。
~中略~
うん、でもいろんな人を巻き込んで楽しくやれてる今のほうがいい(笑)ただそういう
気持ちは忘れちゃいけないよな、とは思います。普通の感覚、なくさないように……
今ですね。今がいいです(笑)
ずっと今、今って言ってる気がします。あのときが良かった、って思うのが一番嫌ですね。
振り返りたくないし、あまり先を見て、未来予想図も描きたくない。
BEEカメでののっちは結構しゃべりますが、それはPerfumeとして出てる時か、独り
でカメラの前にいるとき。延々とその“のっちワールド”を披露し、カメラの向こう
で見ている人を(その頃どれぐらいいたんでしょうね)全く意識せず、カメラにも
映らず延々歌い続ける…などなど、“独り遊びの天才”
BEE-HIVEの大勢で出ていた時ののっちは結構控え目ですが、でも彼女なりに
はっちゃけようと努力もしていた所も、今思えば随所に見られます。
2009年4月 音楽と人
自信はないけど、そのくせ人の前に行ってなんかやりたいんですよ。そんな気持ち
でうじうじしてたから。それがここではやらなきゃいけない時をつくってもらえている
ので、自分の殻を破れるときがあるんです
あ~ちゃんは、自分の殻をいちばん最初にぺりぺり剥いでくれた人なので。それは
すごく心強い存在です
あ~ちゃんは人の魅力を見つけて、引き出せる人なんです。のっちもあ~ちゃんに
そうやって開発されたから。やっぱりずっと、自分を出していきたかったし、認めて
ほしかったんです。でも勇気ないし、才能があるとも思ってなかったから。
あ~ちゃんはそんなのっちをわかってくれたし、それでいいよって言ってくれた気が
するんですよね。すごい楽になった
のっちから見るあ~ちゃんは一言でまさに「太陽」でしたね。
あ~ちゃんは見ての通り、底抜けに明るく誰とでも友達になれるタイプ。
はっちゃけすぎる所はあるけれど、まさに太陽の様な存在。
おたがいの加入前のイメージ
Perfume Portfolio
>のっち
出会いはまず、スクールの中で半期に1回発表会があるんですけど、その発表会の
ときに初めてステージに立ってる2人を見て。
それからユニットオーディションを受けてるときに、私が入る前に2人ともう1人の
メンバーで「ぱふゅ~む」をやってて。
その「ぱふゅ~む」が踊ってるオーディションを見て、「キラキラしてるなー」って
思いました。その時から2人はやってるんですけど、いっぱいいるクラスの中でも
すっごいキラキラしててかわいかったんですよ。
それが小学校5年生の終わりですね。スクールの中でもアイドル的存在で。
>あ~ちゃん
私とかしゆかは、小学校5年生なのにBクラスには入れないみたいな、その雑種クラ
スだったんですけど(笑)、のっちはBクラスで。その発表会では、BクラスとDクラスが
合同で、SPEEDさんのメドレーをやったんです。その時に『White Love』の一番
おいしいところを、一人で歌ってたんですよ、のっちが。
それって、スクールの中ではめっちゃすごいことなんです‼
そのソロっていうのもすごいし、めっちゃおいしいところを歌ってるわけで……
いやぁ~すごかったですね~。
「いやぁ~彩乃ちゃんすごい!可愛い!」みたいな。今思うとエンドウ豆みたいな顔
してるんですけど(笑)
~中略~
「すごいな、この子はステージに立つと変わるんだな。すごく映えるな~」って
そういう印象でしたね。
前にも書きましたが、あ~ちゃんは基本的にのっちの事を最初から“認めていた”
んですよね。芸能人を目指す者としての素質、それは歌の上手さだったり、ダンス
テクニックだったり、ステージの上での“華”を持っているか、オーラがあるか
どうか、という部分。
ディーバ、エリート、と口にするのは大げさでなく「この部分は負けてる」とその
当時本気で思っていたからこそ、自然と出てくるのかなと。
そしてそれを常にオチに使ってたのは、人を笑わせる事が趣味のあ~ちゃんにとっ
て、のっちの本質が“残念キャラ”でただ単にオチに持っていきやすいだけだった
からなのか(笑)ステージの凄さと普段のGAPがすごく好きだったんでしょうね。
だからあ~ちゃんは“のっち”に対してはライバル心というのはそんなに持っていな
かったのではないかなと僕は思ってるんです。
のっちのパフォーマンス部分は「エース級」ですから、「自分が、自分が」という
自己中心タイプなら本来そばに置いておきたくないはずなんですよね。
純粋に“自分に無いもの”を持つ者へのリスペクトを感じます。
残念キャラの部分も全て含めて。
彼女はリーダーではないけれども、上京後の東京インディーズ、メジャーデビュー、
そしてブレイクまで、一貫してPerfumeを引っ張ってきました。
楽曲上、かしゆかがメインをはっていたと思われる時もです。
絶対に成功すると誓って上京し、3人それぞれの役割を全うしていたと思いますが、
いざという時はやはりあ~ちゃんが“Perfume”の絶対的なムードメーカーであり、
精神的な主柱、大黒柱だった。
まあそんな事は皆さんも『重々ご承知の通り』です。
BEEカメでのあ~ちゃんは広島弁全開。それもすご~く甘えた声で。
周りはホントの姉ぐらいの年齢の先輩ばかりですから(なおちゃん、まっさん、魔王
様などなど)ここは甘えた方がいい、と言う場面では切り替えスイッチがきっちりと
入ります。自分が長女だっただけに、親代わりに甘えられる姉達は、ホームシックに
なりがちな彼女の心の拠り所だったかもしれない。
過去のインタビューでは亀戸時代、秋葉原時代の事を「それはそれで楽しかった」と
いう発言をしていますが、やはり辛かった事に間違いは無いわけで。
ボーリング場で歌ったり、お客さんが2人だった、リリイベの時は店の人がサクラだっ
た、どこに行ってもアウェイだった、というのはやはり思春期の一番多感な時期とし
ては、そうとうこたえる事実で、めげる事、落ち込む事もあったはずです。
広島から多大な期待を背中に背負って出てきた3人、特にあ~ちゃんなりに考える
“理想のPerfume像”というものが当然あったはずで、その理想と現実のGAPにまた
落ち込むという。
2007年10月 QuickJapan vol.74
ポリブレイク後のインタビュー
あ『「コンピューターシティ」の頃から、メンバーみんなが自分たちのCDを買い始め
たんですよ。たぶんそれぐらいからテクノが好きになったんだと思う。自分たちが
やってることに自信が持てるようになって、いろんな人に聴いて欲しいって心から
思えるようになった。友達にも凄く聴いてほしいなって」
-それまではあんまり友達には……
あ「できれば観てほしくない(笑)できれば聴いてほしくない。できれば目に付いて
ほしくない(笑)」
か「ライブにもなるべく呼びたくない(笑)」
あ「だけど、今はこんな風にコメントできるようになりました」
すごく自虐的な発言です(笑)そうとうなストレスと戦っていた3人。
やっぱ、上京後にテクノをやる事になって、でもコンピューターシティから好きに
なったということは、ほぼ3年間も「もやもや」してたんだなぁ。
最近の「楽しかった」という発言はたぶん、この今の境遇から考えて、絶対に
通らなければならなかった「試練」だったと思えるからこそ、前向きにこの頃の事を
言えるようになったのかなと思います。
2009年4月 「音楽と人」
もう何度も叩きのめされて、いっぱい下に落とされてきたから感じる気持だったり、
これはすごいことなんだ!って思える気持ちや、この人たちがいてくれるから自分が
こう出来るんだっていう感謝の気持ちとか持ててる。きっと今の、私と同じ年齢の人
たちとは絶対に違う経験をさせていただいてると思います。
-何回も聞いてるけどよくやさぐれなかったよね。
そうですよねえ(笑)。それは何かを勘違いしていたのか、もしくはもうダメだって
思っても、この3人でいられることが自分たちの一番の喜びだな、って思い始めて
いたからなのか ……売れたいってあんまり思ってなかったのかもしれないですね。
それは最近凄く感じます。なんでなんだろうな、って自分でも考えるんですよ。もう
逃避して考えないようにしていたのか。諦めてたのか ……や、でも諦めてなかったなぁ
代々木前、ワンルームディスコをリリースした頃のインタビュー。
「今」が売れているからこそ、その頃の心情をようやく話す事が出来たんだと思い
ますが、そこまで追い詰められていたのか、諦めの境地に半分入っていたのか、と
その頃のあ~ちゃんの心境を思うと、これを初めて読んだ時なんだか胸が張り裂け
そうになりました(泣)
それでも、ある意味事務所の放置状態、上の人からも重要視されていないという
事実をしっかり熟知していて、何を達成したら次にいけるのかという目の前の
明確な目標を「あ~ちゃん」が常に提示し、2人を鼓舞していたからこそ、
Perfumeは頑張って来れたのだろうと思います。
また今Perfumeを見てこんなにも熱く語ったり、熱狂したりできるのは、各時代の
マネージャーさんの奮闘やアドバイス、献身的に支えてきた結果であり、本当に
彼らには頭が上がりません、パフュファン全員足を向けて寝られませんねです。
次ぐらいで終わるかな?…

もともと渡米中、彼女達の最新情報が無い環境の中、自分がなぜ
こんなに彼女達に惹かれたのか、今までに感じた事を整理する為に始めました。
ですがそろそろもう潮時かなと思います。
こうやっている瞬間も彼女達は未来に向かって全力で走っている。
今この瞬間、この瞬間は全て“過去”になっていく。
あともう少しで今の時点のゴールに届くかと思います。
毎回書いておりますが、一連のこのエントリーはあくまで僕の考える彼女達です。
どこかで一度書いておかないと僕の中で整理がつかなかったので。
ここ10日ほど書いては消し、書いては消しの繰り返しでしたorz
●のっち
のっちは一人っ子の性格か、誰かと常に“つるむ”という事をしなくても基本生きて
いけるタイプ。人見知りはするけれど、でも“SPEED”の物真似をする時は積極的に
クラスの前でも歌い踊る事ができる。
そんな彼女は今置かれている状況や、この立ち位置までの来た道のり、過程は余り
考えようとはしない。
今、この瞬間を生きている人という印象が強いです。
2008年9月 ROCKIN`ON JAPAN
ltwリリース&RIJF LAKE STAGEを熱狂させた後日インタビュー
-実際すごい状況になってきて、思うところってありますか?
いろいろ……親のこととかアクターズの頃の先生のこととか考えると、嬉しくて
感動しちゃって何もできなくなりそうなので、あまり深く考えないようにしてます。
今は今っていう意識でやらないと、どれだけ泣いても気が済まないと思うので、
楽しくやろうって感じです。
2009年4月 音楽と人
Perfumeとしては、ずっと同じ船に載ってるみたいなイメージです。
言っちゃえば中田さんの船に乗ってるから。変わってるって感じはしない。ただただ
この気持ちが続いてほしい、終わってほしくないなってすごく思います。今が。
~中略~
うん、でもいろんな人を巻き込んで楽しくやれてる今のほうがいい(笑)ただそういう
気持ちは忘れちゃいけないよな、とは思います。普通の感覚、なくさないように……
今ですね。今がいいです(笑)
ずっと今、今って言ってる気がします。あのときが良かった、って思うのが一番嫌ですね。
振り返りたくないし、あまり先を見て、未来予想図も描きたくない。
BEEカメでののっちは結構しゃべりますが、それはPerfumeとして出てる時か、独り
でカメラの前にいるとき。延々とその“のっちワールド”を披露し、カメラの向こう
で見ている人を(その頃どれぐらいいたんでしょうね)全く意識せず、カメラにも
映らず延々歌い続ける…などなど、“独り遊びの天才”
BEE-HIVEの大勢で出ていた時ののっちは結構控え目ですが、でも彼女なりに
はっちゃけようと努力もしていた所も、今思えば随所に見られます。
2009年4月 音楽と人
自信はないけど、そのくせ人の前に行ってなんかやりたいんですよ。そんな気持ち
でうじうじしてたから。それがここではやらなきゃいけない時をつくってもらえている
ので、自分の殻を破れるときがあるんです
あ~ちゃんは、自分の殻をいちばん最初にぺりぺり剥いでくれた人なので。それは
すごく心強い存在です
あ~ちゃんは人の魅力を見つけて、引き出せる人なんです。のっちもあ~ちゃんに
そうやって開発されたから。やっぱりずっと、自分を出していきたかったし、認めて
ほしかったんです。でも勇気ないし、才能があるとも思ってなかったから。
あ~ちゃんはそんなのっちをわかってくれたし、それでいいよって言ってくれた気が
するんですよね。すごい楽になった
のっちから見るあ~ちゃんは一言でまさに「太陽」でしたね。
あ~ちゃんは見ての通り、底抜けに明るく誰とでも友達になれるタイプ。
はっちゃけすぎる所はあるけれど、まさに太陽の様な存在。
おたがいの加入前のイメージ
Perfume Portfolio
>のっち
出会いはまず、スクールの中で半期に1回発表会があるんですけど、その発表会の
ときに初めてステージに立ってる2人を見て。
それからユニットオーディションを受けてるときに、私が入る前に2人ともう1人の
メンバーで「ぱふゅ~む」をやってて。
その「ぱふゅ~む」が踊ってるオーディションを見て、「キラキラしてるなー」って
思いました。その時から2人はやってるんですけど、いっぱいいるクラスの中でも
すっごいキラキラしててかわいかったんですよ。
それが小学校5年生の終わりですね。スクールの中でもアイドル的存在で。
>あ~ちゃん
私とかしゆかは、小学校5年生なのにBクラスには入れないみたいな、その雑種クラ
スだったんですけど(笑)、のっちはBクラスで。その発表会では、BクラスとDクラスが
合同で、SPEEDさんのメドレーをやったんです。その時に『White Love』の一番
おいしいところを、一人で歌ってたんですよ、のっちが。
それって、スクールの中ではめっちゃすごいことなんです‼
そのソロっていうのもすごいし、めっちゃおいしいところを歌ってるわけで……
いやぁ~すごかったですね~。
「いやぁ~彩乃ちゃんすごい!可愛い!」みたいな。今思うとエンドウ豆みたいな顔
してるんですけど(笑)
~中略~
「すごいな、この子はステージに立つと変わるんだな。すごく映えるな~」って
そういう印象でしたね。
前にも書きましたが、あ~ちゃんは基本的にのっちの事を最初から“認めていた”
んですよね。芸能人を目指す者としての素質、それは歌の上手さだったり、ダンス
テクニックだったり、ステージの上での“華”を持っているか、オーラがあるか
どうか、という部分。
ディーバ、エリート、と口にするのは大げさでなく「この部分は負けてる」とその
当時本気で思っていたからこそ、自然と出てくるのかなと。
そしてそれを常にオチに使ってたのは、人を笑わせる事が趣味のあ~ちゃんにとっ
て、のっちの本質が“残念キャラ”でただ単にオチに持っていきやすいだけだった
からなのか(笑)ステージの凄さと普段のGAPがすごく好きだったんでしょうね。
だからあ~ちゃんは“のっち”に対してはライバル心というのはそんなに持っていな
かったのではないかなと僕は思ってるんです。
のっちのパフォーマンス部分は「エース級」ですから、「自分が、自分が」という
自己中心タイプなら本来そばに置いておきたくないはずなんですよね。
純粋に“自分に無いもの”を持つ者へのリスペクトを感じます。
残念キャラの部分も全て含めて。
彼女はリーダーではないけれども、上京後の東京インディーズ、メジャーデビュー、
そしてブレイクまで、一貫してPerfumeを引っ張ってきました。
楽曲上、かしゆかがメインをはっていたと思われる時もです。
絶対に成功すると誓って上京し、3人それぞれの役割を全うしていたと思いますが、
いざという時はやはりあ~ちゃんが“Perfume”の絶対的なムードメーカーであり、
精神的な主柱、大黒柱だった。
まあそんな事は皆さんも『重々ご承知の通り』です。
BEEカメでのあ~ちゃんは広島弁全開。それもすご~く甘えた声で。
周りはホントの姉ぐらいの年齢の先輩ばかりですから(なおちゃん、まっさん、魔王
様などなど)ここは甘えた方がいい、と言う場面では切り替えスイッチがきっちりと
入ります。自分が長女だっただけに、親代わりに甘えられる姉達は、ホームシックに
なりがちな彼女の心の拠り所だったかもしれない。
過去のインタビューでは亀戸時代、秋葉原時代の事を「それはそれで楽しかった」と
いう発言をしていますが、やはり辛かった事に間違いは無いわけで。
ボーリング場で歌ったり、お客さんが2人だった、リリイベの時は店の人がサクラだっ
た、どこに行ってもアウェイだった、というのはやはり思春期の一番多感な時期とし
ては、そうとうこたえる事実で、めげる事、落ち込む事もあったはずです。
広島から多大な期待を背中に背負って出てきた3人、特にあ~ちゃんなりに考える
“理想のPerfume像”というものが当然あったはずで、その理想と現実のGAPにまた
落ち込むという。
2007年10月 QuickJapan vol.74
ポリブレイク後のインタビュー
あ『「コンピューターシティ」の頃から、メンバーみんなが自分たちのCDを買い始め
たんですよ。たぶんそれぐらいからテクノが好きになったんだと思う。自分たちが
やってることに自信が持てるようになって、いろんな人に聴いて欲しいって心から
思えるようになった。友達にも凄く聴いてほしいなって」
-それまではあんまり友達には……
あ「できれば観てほしくない(笑)できれば聴いてほしくない。できれば目に付いて
ほしくない(笑)」
か「ライブにもなるべく呼びたくない(笑)」
あ「だけど、今はこんな風にコメントできるようになりました」
すごく自虐的な発言です(笑)そうとうなストレスと戦っていた3人。
やっぱ、上京後にテクノをやる事になって、でもコンピューターシティから好きに
なったということは、ほぼ3年間も「もやもや」してたんだなぁ。
最近の「楽しかった」という発言はたぶん、この今の境遇から考えて、絶対に
通らなければならなかった「試練」だったと思えるからこそ、前向きにこの頃の事を
言えるようになったのかなと思います。
2009年4月 「音楽と人」
もう何度も叩きのめされて、いっぱい下に落とされてきたから感じる気持だったり、
これはすごいことなんだ!って思える気持ちや、この人たちがいてくれるから自分が
こう出来るんだっていう感謝の気持ちとか持ててる。きっと今の、私と同じ年齢の人
たちとは絶対に違う経験をさせていただいてると思います。
-何回も聞いてるけどよくやさぐれなかったよね。
そうですよねえ(笑)。それは何かを勘違いしていたのか、もしくはもうダメだって
思っても、この3人でいられることが自分たちの一番の喜びだな、って思い始めて
いたからなのか ……売れたいってあんまり思ってなかったのかもしれないですね。
それは最近凄く感じます。なんでなんだろうな、って自分でも考えるんですよ。もう
逃避して考えないようにしていたのか。諦めてたのか ……や、でも諦めてなかったなぁ
代々木前、ワンルームディスコをリリースした頃のインタビュー。
「今」が売れているからこそ、その頃の心情をようやく話す事が出来たんだと思い
ますが、そこまで追い詰められていたのか、諦めの境地に半分入っていたのか、と
その頃のあ~ちゃんの心境を思うと、これを初めて読んだ時なんだか胸が張り裂け
そうになりました(泣)
それでも、ある意味事務所の放置状態、上の人からも重要視されていないという
事実をしっかり熟知していて、何を達成したら次にいけるのかという目の前の
明確な目標を「あ~ちゃん」が常に提示し、2人を鼓舞していたからこそ、
Perfumeは頑張って来れたのだろうと思います。
また今Perfumeを見てこんなにも熱く語ったり、熱狂したりできるのは、各時代の
マネージャーさんの奮闘やアドバイス、献身的に支えてきた結果であり、本当に
彼らには頭が上がりません、パフュファン全員足を向けて寝られませんねです。
次ぐらいで終わるかな?…
