ども。
逢坂山あたりをじっくりと回っています。
この逢坂山に着いて最初に行ったのが
逢坂山トンネル西口でしたが、
※ 逢坂山トンネル西口の記事は→コチラ
今回は東口にやってきました。
ご覧のとおり、数メートルは中に入れて
そこから逢坂山を抜けた景色をうかがうことができます。
が、入り口周りの足元がぬかるんでいたため
セーフティに中には入らず。
東口のトンネル上部に掲げられている石額は時の
太政大臣 三條実美の筆によるもので、「樂成賴功 明治庚辰七月 三條實芙」と書かれています。
「楽成」とは、本来「落成」の意味ですが、落盤事故の「落」を嫌って「楽」としたそうです。
このトンネルを抜けた先には
旧東海道本線の煉瓦造の橋台擁護壁跡 が。
逢坂山トンネルを出た後、旧東海道をまたぐための桁橋がありました。
橋そのものは撤去されていますが、京阪京津線の現国道161号線の踏切のところに
煉瓦積み橋台跡が残っています。今は、その上に、松浦ビルが建っています。


















