いつも、節目の日には発したくなるので、今日も書くことにする。
毎度同じような内容なので、聞き飽きている方はスルーしていただいてもちろん構わない。
でもどうか、少しでも関心があるなら、ぜひ続きを読んでいただきたい。
本当に毎度のことだけど、
私は、祖母の東京大空襲の体験談を聞きながら育った。
今年の3月。
息子の小学校での、朝の読み聞かせの担当日。
以前から決めていた、東京大空襲の話をした。
おばあちゃんの体験談を、日記の形に記して読んだ。
「きっと、こう感じたんじゃないかな」と思われる日常、
おばあちゃんとおじいちゃんの出会いなんかも交えながら、
命のやり取りと日常が隣り合う日々を、読んだ。
読み聞かせのために選んだ服は、
私が生まれた時のお宮参りで、おばあちゃんが着ていた着物。
私とおばあちゃんとの、命のつながりを示す着物。
私が子どもたちに一番伝えたかったのは、
その、つながり。
自身の周りが360度すべて炎に包まれる中で、
『たまたま』生き残ることができたおばあちゃん。
戦災を乗り越えて、『たまたま』生まれてこれた父は、
母と出会い、私は生まれ、息子は生まれた。
戦災に限らず、様々な災害を乗り越えて人は生きてきた。
私たちは誰もが、かつての災害を乗り越えた人々の末裔だ。
24時間365日、毎日常になんかじゃなくていい。
それでも節目の時くらいは、
生まれてこれたこと、今生きていることに感謝しながら、
今まで乗り越えてきた記憶を思い出したい。
そして、
世界が平和であるように、少しでも平和であるように、願いたい。
