3曲目「ラブリー」終わって。

 

「神秘的」のインストがつま弾かれながら。

 

小沢くんが話す。

 

「あれ、雨降ってきましたね。皆さん大丈夫ですか?

ここ野外だからしょうがないっか。

若い人は知らないかもしれないけれど

ここはね、昔は日本武道館っていう八角形の建物があったんですけど

徳川の骨が埋蔵されてるって都市伝説みたいな話があってそれに憧れたCIAがね

・・・・って

結局燃えちゃったんですよ」(内容記憶によるものなので違ってたらお許しくださいね)

2日のトークでは、「物販のスタッフさん?が三島由紀夫の『金閣寺』みたいに

燃える武道館みたいなロックみたいなことで、とにかく消失した武道館伝説みたいな話だったw」

 

っていう大嘘ww

かわいいなーって感じで会場「くすくす」

でまあとにかく

雨だからねって

ひかりさんが傘さしてくれるなか

お二人横に座って

これよこれ。

 

4曲目は「いちょう並木のセレナーデ」。

ああん。

そら泣かないって訳に行かない。

もう不可抗力。

ハープ、チェロ、ヴィオラのあったかい毛布と布団の間の空気みたいな

ぬくぬくするなか。

あの歌詞が

冒頭二曲の緊張をほどくように

三曲目「ラブリー」の興奮を冷ますように

やってくる。

 

「きっと彼女は涙をこらえて 僕のことなど思うだろう

いつか 初めて出会った いちょう並木の下から」

っていう人によっては外苑のいちょう並木だったり本郷のいちょうだったり

いろんなものをイメージしながら

でもきっとこの想いが届きますようにと願う先は

それぞれの胸の奥底に棲む誰かで。

そんな想いがあるからなのか

おざわくんやひかりさんの声だけではなく

武道館にいる人たちの声やそこにはいなくてもきっと歌ってる人たちの声が

誰にも言わない気持ちをそっとなでるように包み込む。

 

「もし君がそばにいた 眠れない日々がまた来るのなら」

このフレーズを聴くだけで

ただ立ち尽くしてしまう。

 

「流動体について」で小沢くんが

「もしも間違いに気づくことがなかったのなら?」

と仮定する「並行する世界の僕」がずーっと「いちょう並木」時代から

小沢くんの「仮定ソング」の根幹にはあるんだと思うだけで

小沢くんの歩みも

それを聞く人の歩みにも

きっと「間違い」もなく

今生きてることで大正解なんだろうなと胸がいっぱいになる。

 

その流れで

5曲目は「小さな子供の周りにいる人に特に捧げます」と前置いて

「神秘的」が始まる。

 

傘を差しおざわくんのとなりにいたひかりさんは

観客先から見たら

小沢くんとは逆側(センターマイクを間にして二人は等距離で対称の位置に座る)に移動。

 

「闇の中へ高く飛ぶ華やかな緑」とか「陶酔を待つ魔物たちがいるところまで」

っていうような

死がぺったりと張り付いたこの暮らしの現実を

『Eclectic』をイメージする官能的なメロディが支えるこの歌の暗さと

なのに

「土星の環のように 踊る子らが 父と母を悩ます 笑わす」とか

「神秘的 でもそれは台所の歌とともに」って

ものすごく温かさや希望が

現実のもう一つの側面としてあって。

その死のある生のなかで

「光あれ あなたに咲きたまえ」

「確かな時を 遠く照らす」

と、ひたすらに祈ること

それだけが

「神秘的」に見える今を支える希望となるんだなとゆらゆらしながら聞く。

 

でも今年のおざわくんはそんな甘さでは終わらない。

 

6曲目、7曲目で

もしかしてこれこそが

小沢くんの真骨頂なのかな

愛は捧げられるものであると同時に

愛が奪う何か

欲望の怖さが・・・w

歌われるー。

 

この後はまたこんど!