The Cardigans "Lovefool"

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1996年制作のRomeo + Juliet 

(監督 Baz Luhrmann)

の全体のテーマソングを

Des'reeの "Kissing You"とRadioheadの "Exit Music"

とするなら

ロミオのテーマは

Radioheadの "Talk Show Host"となり

ジュリエットのテーマは

The Cardigansの "Lovefool"となるだろう。

20世紀末独特のロスジェネ感満載の4曲。

特に

 "Lovefool"を日本語にしてみます。

 

Lovefool                                                            ラブフール(きみなしじゃだめになりそう)

 

Dear, I fear we're facing a problem     ねえ、あたしたちヤバいでしょ
You love me no longer, I know        もうあたしのことなんか愛してないってわかるのよ
And maybe there is nothing that I can do 多分あたしにできることなんてなくて
To make you do                 あなたにまた最初みたいにあたしを愛してもらうためにできることなんて
Mama tells me I shouldn't bother      親は言うのよ あたしもうそんなこと悩むことないって
That I ought to stick to another man   あたしもっと別のひとに行くべきって
A man that surely deserves me      あたしにぴったりの男の人に行くべきって
But I think you do!              でもそのあたしにぴったりのってのが、あなただってのが問題。

 

So I cry, I pray and I beg           だからめそめそ泣いて、お祈りして、お願いするわ
Love me love me                あたしを見て あたしを好きだと思って
Say that you love me             おまえが好きだよと言って
Fool me fool me                バカにしてだましてかまわないから
Go on and fool me              そのままあたしを好きなふりしてちょうだい
Love me love me               あたしを見て あたしを好きだと言って
Pretend that you love me          あたしを好きなふりしてよ
Leave me leave me              じゃなきゃほっといてほしいの
Just say that you need me         ただおまえが必要だと言って去って

 

So I cry, and I beg for you to        だから泣けるし、お願いあなたに
Love me love me               あたしを真っすぐ見てほしいし、愛してほしい
Say that you love me            お願い、あたしを愛してるって言って
Leave me leave me             じゃなきゃほっといて
Just say that you need me        そんでただおまえが必要なんだって言ってよ
I can't care 'bout anything but you   あなた以外なんにもあたし頭に入らないの

 

Lately I have desperately pondered,  このごろとにかく必死で考えてる
Spent my nights awake and I wonder  毎夜眠れなくて思ってる
What I could have done in another way あたしどうしたらよかったかな
To make you stay              あなたを引き留めるために
Reason will not lead to solution     理屈じゃ解決しない
I will end up lost in confusion      こうしていつも混乱して終わるのよ
I don't care if you really care      あなたが気にしてるかどうかなんてあたしは気にしてないけどね
As long as you don't go         あなたがほんとに出て行ってしまわないなら。

 
なんかねえ
ほんと
恋の末期症状。
1)叶わぬ恋、振り向いてくれない彼へとさらにはまり
2)周りの意見(あなたには不向きなひとよ)と食い違うと余計にはまり
3)彼自身を好きというより、過去の二人のあの幸せ時代にはまり
 
もはや恋愛の楽しさではなく
苦行にはまる。
 
この歌がジュリエットと重なるとするならば
叶わぬ恋という部分と
周りの反対があるから燃える恋という部分。
 
重ならないのは
ロミオとは相思相愛
だから振り向いてくれないわけじゃない
 
なのにこの歌が
ロミオとジュリエットになんだかはまるのは
結婚とか穏やかな暮らしのために好きになったりするのと真逆な部分。
 
別に幸せになんかなれなくっていい
でも
ただ
理屈を超えてあなたのそばにいたい
二人は出会ってしまったから。
っていうところなのかなー。
 
恋愛っていうのはおそらく
互いに同じ程度のはまり具合だと問題は起きなくて
そのはまったところから目が覚める
どちらかが先に目が覚める
だから
それが問題になってくる。
 
その問題をどう超えてくか
それは
恋愛ではなくビジネスみたいになるのかも。
 
恋愛をビジネスと考えるならば
LOVEFOOLな彼女はまずいったん
彼からは手を引くっていうのが
成功への近道なのであろう。
 
そしてロミオとジュリエットとの一番の違い。
LOVEFOOLの彼女は自分のために彼と一緒にいたいと願い
ロミオとジュリエットは
相手のために互いにそれぞれ死を選ぶ。って意味において
自己犠牲の愛って言うのが成り立つのかしら。
相手のために生きる、相手のために別々に生きていくことができたら
きっとそれは悲劇にはならないんだろうな。
 
 
 
 
 

 

随分時間が経ってしまいましたが

この胸この身体に沁みた

あの夜の興奮はなかなか語りつくせないってもんよw

 

で、どこからかってーと

 

中盤の

きっと小沢くんの内向きな激しさ

止まらない自己否定と自己信頼がせめぎあう

ダークナイト小沢。

「いちごが染まる」

「あらし」

そして

「ふくろうの声が聞える」

 

の後。

 

暗い小沢くんがいるから明るい光に満ちた小沢くんの登場。

 

しかもこの三曲をサンドイッチメドレーにしちゃう。

 

さっきまでの世界の暗さと闇があるからこそ

人間の暗闇があるからこそ

人間の明るい部分も信じられるよね。

 

みたいな感じで。

 

「戦場のボーイズライフ」をこんなに真っすぐしっかり歌ってくれるの聞いたの

いつぶりなの?

ってくらい

もうまぶしくてまぶしくて。

 

「何度も君の名前を呼ぶ

本当のこころ捧げて呼ぶ

この愛はメッセージ僕にとって祈り僕にとってさす光」

 

って、たぶん

今回の小沢くんのライブのテーマのひとつの「光」

それは「春の光」

どんな寒い冬も必ずこの光によって状況は変わるからね。

 

そのスピードと先にある世界を祈りながら歩く歌。

 

ひかりちゃんとのハーモニーがまたたまらなかた。

 

だいぶ覚えてないんだけど

たしかさ

「戦場のボーイズライフ」から「愛し愛されて生きるのさ」に行く直前に

小芝居(笑)が入んのねw

ちがったかなー。

記憶曖昧。

 

「そんな言い訳を用意して」

を何度も繰り返しながら

ああああーって

次は

あああああーって。

「愛し愛されてかー」

みたいな。

 

やっぱこの歌がもうほんとに

ライブで聞くと

すんごいオーディエンスがひとつになんの。

 

歌詞ひとつひとつはものすごい

抒情的なのに

メロなの?

ハープなの?

アレンジなの?

このもの凄い明るい陽の力が

一気にさっきまでの

この世界の薄暗い怖い真実のもうひとつのほんとのとこ

「いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて生きるのさ

それだけがただ僕らを悩める時にも未来の世界へつれてく」

って真実。

 

どんだけどんだけ悲しくても

必ず出口はあって

そのきっかけは愛。

 

そしてその愛の自由さが

 

通称「バラバ」

 

そう

 

「東京恋愛専科・または言ってみりゃ恋はボディー・ブロー」

 

で一気にたかまるー。

 

夜の二人がもうなんでもいいから

からまってもう笑い続けて

でっていうでも

その恋だっていつかは

年を取ればねっていう

 

今50歳の小沢君がこの歌を

20代の時のままじゃない今

でもその真理を否定しないで

年齢なんて

時間なんて

状況なんて

忘れて今だけのロマンスぶっとばしてっていうのが

最強に「オザケン」ソングの強さなのだろうな。

 

だって

一人の人間のなかに

ずーーーーーっと若い時の自分も老いた自分もいるわけだから

そこわかりながら

でも今生きてまた往時の歌をこんなにマジに歌ってくれること

それは奇跡なんじゃなく

2018年の春の夜を信じて

なんとか運よく生き続けられて

それぞれの道で

コツコツ生きてきた人たちが

共有できる時間であり

なんだかね

その会場の空には

きっとそれまで小沢くんを好きだったけど

今はこの世界にいない人もいる雰囲気なんだよね。

いろんなことがあるけれど

でも見えない世界でも見える世界でも

つながれることがある。

それは

あなたは私たちと同じ世に生きてたし

今もそのこと私たち忘れずに生きてるから

だからそばにいてね、いつも一緒に小沢くんの歌流れたら一緒にいられるよって魔法。

その今はそばにいない人たちへの想い含めて

小沢くんのパワーソング三曲によるサンドイッチメドレーの夜は

時間や空間を超えて

生きてる人今は生きていない人をつなぐ特別な夜を作ってた。

 

というわけで、また次につづきまーす。

 

 

 

 

 

SEKAI NO OWARIと小沢君がコラボして出した

「フクロウの声が聞こえる」

のイントロを

CDで聞いた時

なにこの、中原中也の「サーカス」みたいな

アングラさとオケの豪華さの

うらはらな感じ。

更に

フカセくんの小沢くんの息子さん役なのか?

みたいなかわいい声のフカセくんと

いつもより野太い小沢くんの声のやっぱり不思議感。

 

とか思っていたんですが・・・・w

 

これライブでやると

マジやっべーーーーーーーーー!

だったんだよね。

 

服部さんの指揮により様々な楽器の音が

小沢くんとひかりさんの声を厚く熱く大事に包んでいるのもあるけど

一番わたしがヤバいなーと思ったのが

フカセくんと小沢くんのCDバージョンでもあるんだけど

「あん あん あん あん あん」って

すんごいエロいのよね。

 

息子と父のさ

世界で生き抜くための

父が息子に背中見せるやうな歌じゃないのかよ!!!!と

笑いがこみ上げるくらいに

マジにステージの小沢君がドエスに「アンアンアン」を入れるたびに

悶えたのは女性だけではなかったはず。

 

つまり「フクロウの歌が聞こえる」は

「流動体について」とか「アルペジオ」みたいな人生バイブルみたいな歌ではなく

もの凄い問題作。

 

「感じる」ということに性別、年齢、条件はなく。

「フクロウの歌が聞こえる」は

家庭と官能という相容れないはずのものすら並列にそのまま自然体で受け入れちゃうんだよね。

今回のツアーで小沢君がすんごい大きく見えたのは

「エロ」さと「人生に対する真摯な姿勢」を別にすることなく

いや

官能隠してちゃほんとのラブについてなんて語れないんじゃね?

ってくらい

この歌は

家庭と官能という対極にありそなテーマすら

「家庭と官能が一緒にある世界に」

を感じちゃったんですw

 

「家庭」という場所をただただ安全で心地よい

社会と切り離した場所とするんではなく

「怪物」の脅威すらいつやってくるかもしれない状況でも

「怪物を恐れずに進むこと」

を子供に伝えてしまうって意味において

「怪物」ってさ外部にあるものでもなく

自らのなかにある「愛という名のもとに発動される欲望」すらそれは

「怪物」になって自分が欲望に食いつくされる恐れもあるじゃん

みたいなむっちゃ問題作だからこそ

ライブであのファンク交響曲としてぶっ放されると

観客の心に日常では押し殺してるエロさ、官能性、ある種の自らの暴力性、衝動性が

「あなたのなかにあるものですよ、ほら!」と目の前に差し出され。

でも「怪物を恐れずに進む」ためには

「ちゃんと食べること」「眠ること」

つまりきちんと真面目に生きることが

間違った官能に衝動的に突き動かされぬように

自らのわがままな欲求を認めながら生きていく力とか

そんなことさえ指摘されてる気がして

ほんとこれは

こどものための歌ではなく

まだまだまだまだ子供の心をいつになっても失うことのできない大人のための歌なんじゃないかしらとか

深読みしてる間に

また長くなっちゃって

8曲目の「フクロウの声が聞こえる」一曲だけクローズアップしてしまたww

 

9曲目、10曲目、11曲目の

「戦場のボーイズライフ」「愛し愛されて生きるのさ」「東京恋愛専科」が

サンドイッチになったすっごいメドレーについてはまたこの次w