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人は誰でも

フィーチャーされたいんだと思います

"誰かさん featuring "

みたいなやつですね



m-flo的にいうと

"誰かさん loves "

でもいいんですが

それはどうでもいいか



ところが

自分が思うほど

他人は自分のことを見ていないし

良くも悪くも

ほとんど気にもしていないわけです



自分が生きることに懸命で

他人様のことに

そんなに関わってはいられないから



となると

「もっと私のこと見てよ!」

という欲求が強ければ強いほど

自分で自分のPRに努めざるを得ない



" featuring "

な状態ですね



それも度を過ぎると傍目には

"ナルシスト"

に映るわけです



こう考えると

"ナルシスト"

というのは

陰口で言われる

"勘違いなめでたい奴"

ではなく単に

"もっと自分のことを見て欲しい"

という実は

"寂しがりや"

なのではないかと



「自分のことをそんなに好きになれるなんて」

「イイ育ち方したんだなぁ」



自分のなかで

ナルシストとカテゴライズされる人をみると

これまではそんな風に思ってきましたが

印象は

見方を変えることでいくらでも

変えることができます



"人の良い面を見るようにしましょう"



よく目にする教えですが

いくら良い面にフォーカスしたところで

良い面以外があまりにもヒドいと

いくら見続けたところで

気持ちまで変えることは難しいと思います



「嗚呼」

「この人はきっと寂しがりやなんだ」



でも

そう思うことで

気持ちまでは変わらずとも

印象だけでも変えることより

自分の心に受ける影響力に

変化を加えることはできるような気がします