☆★徒然草★☆

☆★徒然草★☆

日々のできごとをつづっています☆
癌で亡くなった母との思い出の記録、
自然妊娠から初期流産の記録、
不妊治療の記録、
そして待望の妊娠の記録、
などを綴っています。
今がどんなに辛くても、いつかこの記事
を笑顔で見返せる日が来ますように…☆

約2週間前、夫が38℃以上の熱が出て、超めずらしく会社を休みました。

次の日、病院で検査したところ、コロナもインフルも陰性。

ほっと安心して、私と子供達は普段どおりの生活をしながら過ごす。

夫も日に日に回復(でも、普通の風邪にしてはしんどかったと何度も言う。)。

 

一週間後、私が微熱。

「あぁ、夫の風邪が移ったかな~。」

娘たちの生活発表会前なので、色んなものに感染しないように軽く引きこもっていたので

夫以外から移ったことは考えにくかったし、ちょうど夫も会社を休めない時期だったので

しばらく様子を見ることにしました。

 

でも、日に日にしんどくなるしおかしいなと思っていたら、微熱から2日後に38.4℃発熱。

病院に行こうと思ったら、子供のうち一人の激しい下痢が始まり、それどころじゃなくな

りました。胃腸風邪も流行っているらしいので、胃腸風邪だと困ると思って、下痢をする

度にトイレの消毒と大掃除をしてたら、だんだんと冷や汗が…。

 

その日は何とか乗り切り、次の日に病院に行って全員検査したら、私だけインフルBガーン

どうりでしんどいと思った~。

そこから隔離して、何とか今のところ家族に移ってはいませんが、インフルBしんどか

った…。いつ治るんや…と経過を調べても、詳しいこと書いている人がいなかったので

経過を書いておこうと思います。

 

0日目    微熱、全身倦怠感、目がうるうる

1日目    微熱、全身倦怠感が強くなる、頭痛

2日目    高熱、頭痛、全身倦怠感、ものすごい鼻水、くしゃみ、咳

3日目(陽性) 高熱、頭痛、全身倦怠感、ものすごい鼻水、鼻づまり、耳が痛い、咳、喉が痛い

4日目    微熱、頭痛、全身倦怠感、鼻づまり、咳、喉が痛い

5日目    頭痛、首と頭が重い、全身倦怠感、下痢

6日目    全身倦怠感、下痢

7日目    下痢 (やっと一人で家事と子育て出来る体調に戻る)

 

なかなかすっきり治りきらず、今も何だかダルオモ大あくび

どうかこのまま子供達に移りませんように…と思っていたら、子供が学級閉鎖。

生活発表会無事に終わりますように。全員参加できますように。

上の子が産まれる約1年前に実母が亡くなりました。

 

亡くなる前から不妊治療をしていましたが、亡くなった後に体外受精等本格的な不妊治療をし、やっとの思いで授かりました。

 

不妊治療を長くしていたせいか、死産だったり、障害だったり、色んなことが頭をよぎって、

 

出産後のことを考えるのがなんだか怖くて、考えないようにしていました。

 

いざ、赤ちゃんを産んで育ててみて一番辛かったこと。

 

それは「孤独」でした。

 

初めての授乳も母乳が出すぎてよく詰まってしまったり、授乳がゆっくりで1時間くらいかかって(15分以降はあまり飲んでないと言われましたが、15分でやめるとその後1時間泣きじゃくり、次の授乳間隔が短くなってしまうので仕方なく)、人見知り場所見知りがひどくて超繊細、よく飲む分うんちもよく漏れるから洗濯も大変で、実家は遠方、夫は多忙、実母は他界していたので、まさに孤独での子育てでした。

 

寝れなくても、誰かが聞いてくれて、わかってくれて、心から「つらいね~頑張ってるね~」と言ってくれるだけで救われるのです。

 

辛いとき、数時間でもいいから赤ちゃんとは別の部屋でぐっすり寝れたら救われるのです。

 

夜泣き対応で眠れない日々、私は一切寝ていないまま、夫が別の部屋から起きてきて出勤していくとき、

「あぁ~また朝が来てしまった…今日一日どうやって過ごそう…。」

と泣きそうになったことを鮮明に覚えています。

 

夫は優しいですが、本当の優しさって何だろうと子育てをしていて考えました。

 

夜中に食器を洗う私を見て

 

夫「寝れてないんでしょう?もう明日でよくない?早く寝た方がいいよ。身体壊すよ。」

 

私「…明日、食器を洗うのは誰?明日泣きわめかれながら食器を洗うよりも今洗った方が楽なんだよ…。(っていうか、洗ってくれよ…)」

 

夫は多忙で帰りも遅く、朝も早く、飲み会もあるし、大変なのはわかるけど、子育ても大変なんだよ。

 

でも、毎日毎日暗い気持ちでいてはいけないと思って、生後二か月から通えるベビーマッサージ教室に参加しました。

(赤ちゃんを連れて時間通りに電車に乗るのは難しくて、時にはタクシーを使って笑)

 

ここからママ友が出来たり、積極的に外に出て、声をかけまくり、孤独から一歩抜け出せました。

 

生きていくためにはコミュニケーション能力が大事だと、心の底から感じ、

コミュ力だけは伸ばしてあげないと!!と感じました。

 

地域のコミュニティセンターや子育てサロンに行けばいいやんって思いませんでした?

 

そういう場所は赤ちゃんのときから来てる常連組がいて、入りにくい場所が多いのです。

もう出来上がってる感じ。

一度、頑張って常連組に入れてもらおうとしたけど、自分だけ初対面で、出来上がっているグループに入るとお互いに気を遣って終わってしまって、申し訳ないことをしたなと反省して抜けました。

 

色んな場所や制度がこれからもどんどんで出来て、子育てするママが孤独にならない世の中になることを切に願います。

 

私もこのような経験から、お散歩してるママに話しかけてみたり、小さなことから始めていきたいと思います。

お節介や迷惑にならない程度に♡

すっごく久しぶりになってしまいましたが、記録として残しておこうと思います。

 

①で述べたとおり、色んな人にとにかく聞きまわり、年齢的(当時、上の子2歳0か月頃)にも色んなお友達と遊んでストレス発散して欲しくて保育園を中心に探し(とにかく保育園に直接電話して預かり制度ないですかと聞きまわりました。)始めました。そこで見つけたのが、【認可保育園がやっている認可外保育制度】!

 

認可外保育は通常15分200~300円で短時間で預かってもらえる制度ですが、ある保育園で月極で9:00~15:00まで預かってもらえるところを発見!一ヵ月7万円近く(認可保育園の保育料の上限値)しましたが、給食付きで預かってもらえれるし、背に腹は代えられないので独身時代の貯金を使って数か月預かってもらうことにしました。

 

今振り返っても、この保育園を見つけられなければ私は確実に精神疾患を患っていただろうと確信していますえーん

上の子は、超繊細で癇癪もひどく(義母に自閉症を疑われるくらい)イヤイヤ期も相まって、生きていることが嫌赤ちゃん泣きくらい泣いてました。すんごい勢いで。そこに新生児育児+生後7か月頃からの激しい夜泣き+繰り返す熱性痙攣があり、夫も多忙でほぼワンオペ。海外出張で数週間いないからねってさらっと言われたときに、限界が来て、一回過呼吸起こしましたニヤリ

 

大家族で育ったので、祖母は同居、親戚は近くにたくさんいて、家の目の前に公園と児童館があって、そこへ行けば友達がたくさんいて、朝から晩まで遊んでたので、育児って楽しくてキラキラしてて、子供って可愛くてニコニコしてて~ラブって思い込んでましたが、そんなに甘くなかった、現代の子育て。

 

使えるものは全部使おう、お金は最後なんとでもなる!と思って、ごはんはヨシケイのミールキッドとコープの宅配を頼んで、買い物とごはん作りを大幅に楽ちんにして、しんどい日は市のヘルパー事業を使って1時間来てもらったり(結局、お風呂掃除と食器洗いくらいしかしてもらえないけど話し相手として来てもらえてよかった)、と本当に色々なものに頼りました。私は保育園を選びましたが、キッズラインも使っているママ多かったですよ!

 

そして、体調を崩しながらもなんとか現在上の子5歳、下の子3歳になりましたにっこり

もし子供が結婚して出産するとき、「実家の近くがいいよ~」って一言は言っておきたいなと思います絶望

 

使えるものは使って、頼れるものには全部頼って、乗り切りましょう!

 

次回からは子育てについて少しずつ備忘録を書こうかなと思います。

妊娠はとっても嬉しいことラブ

しかし、2人目は嬉しい楽しい待ち遠しいっ♪では、産後生きてはいけませんニヤリ

 

そうです。

1月に妊娠が判明し、悪阻がましになって動き始めたのが4月、出産予定日の9月までになんとか「下の子の出産のとき、上の子をどうしようか問題」を解決せねばなりません真顔

 

私の実母は癌で他界しており、義実家は遠方かつ両親とも仕事をしており、地元ではないので近くに親戚も助けてもらえるあてもなく、それに加えて新型コロナウィルスの影響で色んな支援が中止にチーン

 

産院はコロナで立ち会いも面会も出来ないので、陣痛が起きたときから退院まで上の子とは一切会えません。この期間はどうしても誰かに預かってもらうしかなく、出来れば退院後の産後1ヵ月程度は上の子のお世話を誰かに頼みたいという気持ちでした。夫は忙しく、産後数日は休めるけれど、それ以上はどうなるかわからないという状況でした。

 

上の子は当時1歳半を過ぎ、イヤイヤ期が始まり、体力もついてきて大変(お昼寝も夜もあまり寝ない子)だったので、お互いになるべくストレスが溜まらないように日中は外で預かってもらいたいな、という希望もありました。

 

まず役所に行き、状況を話し、どんな支援があるか尋ねに行きましたニコニコ

 

●産前産後の一時保育事業

 

右差し待機児童が多くそもそも保育園の空きがない+コロナの影響で受入れ保育園が減っているため入れる可能性は低いバツブルー産前産後利用の優先度はかなり低いので奇跡的に空きが出ても働きたい人が優先されて入れないバツブルー

 

●産前産後の緊急保育事業

 

右差しコロナの影響で受入れ保育園が減っている。緊急事態宣言中は、どこも受入れしてくれない可能性もある。14日間の緊急保育+延長14日の利用が可能だが、限られた園でしかやっていないので自宅から遠く、送り迎えが大変バツブルー慣らし保育もなしバツブルー

 

●産後ヘルパー

 

右差し自宅でのお世話や家事などはしてもらえるが、公園で遊んだり、預かったりはしてもらえない制度だった。

 

●市がやっているサポート事業

 

右差しコロナの影響でサポート会員が減少。予定日の9月頃にうまく条件にマッチするサポート会員がいるかは不明。4月時点では不在バツブルー

 

●民間がやっている預かり事業

 

右差し料金が高すぎて…バツブルー

 

色んな制度があるので色んな制度を利用したら乗り越えられると思っていたのですが、コロナの影響もあってか、制度はあっても利用出来ないものが多く、色んなところで「出来ません」ばかり言われてメンタルが崩壊して、まるで妊娠したことが間違いだったかのように思えてきて。優しかった亡き母を思い出し、一人で家族が寝静まった後、涙が止まらない日もありました。

 

でも、泣いてばかりではいられません。

私はもう母なのですDASH!

産後、安心できる預かり先がないと本当に困るのは愛してやまない我が子なのです。

人見知り、場所見知り、産後私と離れたことのない我が子が楽しく過ごせる場所を探さなければDASH!

そのためには情報収集が必要なので、プロや同じように困っているママに聞くのが一番と考えた私は、まず役所にもらった保育園一覧を持ち、片っ端から電話して「とりあえず見学だけさせて欲しい」と言って、コロナで見学拒否以外の保育園に一つずつ足を運びました。そして、近くの支援センターに行き、同じような状況のママを探しては話しかけることを繰り返しましたキョロキョロ

まさかの自然妊娠が判明し、産婦人科の受診を経て、無事に妊娠が確定びっくりビックリマーク

悪阻が始まるまでが勝負と知っている私は、土日に上の子のごはんを作り溜め、大量の買い置きをしました。

そしてやっぱり始まった悪阻…まだ2歳前の上の子を見ながらの悪阻は相当キツカッタ…ゲロー

一日中家にいて、動画に頼り、ご飯だけはオエオエ言いながら食べさせて…

一日家にいると、体力がありあまって昼も夜もなかなか寝ず、ストレスが溜まり泣きじゃくり、イヤイヤ期と重なってカオス真顔

疲れ果てて、寝かしつけと共に毎日撃沈ゲッソリ1歳半を過ぎて、やっと少し出来た長女就寝後の自分の時間はもはや皆無汗

2歳差が一番大変と聞いていた理由がわかった気がしましたえーん

たまにスマホを見れば出てくる「動画の見せ過ぎは良くない。」「子供の身体を作るちゃんとしたごはん。」「親に出来ることは早寝早起きの環境づくりだけ。」という育児記事。これもメンタルやられましたゲロー今は無理~落ち着いたら頑張るから~と自分に言い聞かせて耐えました真顔

 

 

でも、なぜ自然妊娠できたのか。当時と何が違うのか。

考えた結果、やっぱり生活習慣な気がしてなりません。

 

上の子の妊活のときは、夫の仕事に合わせて生活していたので、夫の遅めの帰宅後一緒にご飯を食べて、テレビを見てまったり。

少し寝るのが遅くなったら、休日にゆっくり寝る。

そこまで乱れた生活ではなかったけれど、長女が産まれてからは長女に合わせて早寝早起き、決まった時間に適量のごはん、おやつはフルーツ、公園や散歩など自然の中へのお出掛け、夫は出来る限り長女をお風呂に入れるために定時退社。

劇的に生活習慣が改善されたことが要因の一つじゃないかなと感じています。

夫とも長女のおかげで第二子を妊娠出来たなと話しています。

 

 

そして、安定期アップしばらく悪阻は尾を引きましたが、だいぶ楽になった頃グラサン

さぁ大変!!

下の子の出産のとき、上の子どうしよう問題ゲッソリゲッソリゲッソリ

続きます。