抜け出したくなる瞬間は?
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抜け出したくなるのは、今、この瞬間が、楽しくないとき、なので、このところ、1日に何回も抜け出したくなっています。
少し春らしくなって、花粉も感じるので、実際のところ出たくはない。
例年、私は受験シーズンになると、見る夢があって、大抵、「数学やってない」と焦って起きるのですが、昨日の夢は、結局落ちは一緒だったけど、楽しく目が覚めたので、日記がてら覚書。
風景は、なぜか、大学時代の高層階の講義室、ですが、周囲は、売れてないアイドル集団くらいの顔立ちの女子ばかり(最近あまちゃん見てたせいか)、30人ほど、数学の先生がトヨエツ(糖質オフのCMでお父さんやくかーと感慨深かった)で、授業を展開し、「時間の半分、先ほどの講義分のテスト」と問題配布されるも、3問中1問しか解けず、焦る。となりのアイドル顔に「理系なのにね」と言われるが、一人ずつ採点して回る、トヨエツ先生に「解き方は良いよ」と褒められ…
目覚めがよかった。体調がよくなるとこんなにみる夢のコンディションもよくなるんだね、と思った次第です。
現代文学の最前線に立つ姉弟の対話
ロシア文学者・奈倉有里と、小説家・逢坂冬馬。
文学界の今をときめく二人は、じつはきょうだいだった!
姉が10代で単身ロシア留学に向かった時、弟は何を思ったか。その後交差することのなかった二人の人生が、2021年に不思議な邂逅を果たしたのはなぜか。予期せぬ戦争、厳しい社会の中で、我々はどう生きるのか?
ロシア文学者のお姉さんの作品は読んでいませんが、この2人を育てた、家庭環境が、この2人を作り上げたんだなと思う。女らしさ、男らしさ、こうあるべきを、管理せず。私は小説家にはなれなさそうですが、読書は「してていいんだ」と再度思えた。読書をすることで、コスパやタイパがいいとか、ではなく、その時間、「好きだから読む」と思えばいいこととか。
小説はNetflixに対抗できるか、という項では、小説は受け手によって頭で想像する幾通りもの人物造形や風景などパターンがあり、映像は莫大な予算で精密であればあるほど想像の余地なし、というのは、すごく納得。
舞台の映像化は、想像力が膨らまないから楽しめないのかなーと思ったり。自分の目で見たいところみたり、隅っこで動いてる人を見たり。舞台も壮大な視覚的効果はありがたいけど、あまり過剰だったり全部、ナレーションで心の声言われたりすると楽しめなさそう…
余白を楽しむ、ってことは大事なんだなあ。
