何処まで這ってゆくんだ とSがいった
おれを止めてくれ とおれがいった
夢のように巨大な収穫コンバインの形の物が
人びとの前を動いていった
黒田喜夫「地中の武器」兵士の死
原 神 「Nod-Krai」
今から 8年前の 3月
出張研修で 上京した 私は
機上のひとになるまでの 空いた時間
東京都心を 一望できる
いまは 閉鎖された 地上150メートルの 展望台
浜松町 世界貿易センタービル シーサイド・トップで
或る 「かきもの」を したためておりました。
桜花のように 散って逝かれたひとに 「おくるコトバ」
かなしい 最後で ありました。
末期ガン。気づいた頃には もう手遅れだった。
ひとの痛みを じぶん事のように 感じられる方でした。
血の涙でかかれたような かなしい言葉を 遺して 亡くなられた。

スピリチュアル、精神世界カテに
身を寄せるようになって 久しいですが
後にも先にも あれほど こころ引き裂かれる言葉を
わたしは 目にしたことはない。
『 なにがまちがっていたんでしょうか 』
愛だの 神だの
癒しだの 赦しだの こころよい言葉で
そのひとの かなしみ
そのひとの くるしみ
そのひとの いたみが しんじつ わかるか。
『 しにたくないですしにたくないです 』
そのひとのいのちを お前は救えるのか
「この世界は夢」と みなに教え諭して
彼女の死を そのまま 見過ごしていたなら、
私は 今ごろ さぞや 著名な ACIM 神の教師に なっていた事でしょう。
真実を 観ないための 口実が
まかり通るここは 夢が リアルと化す 人工天国
暮れなずむ
ずっと 夢ものカタりを かきつづける他ない。
Give it back to Heaven. ( T-26.Ⅸ.1:7 )
都会では 地上の星々が 鮮やか過ぎて 天の星を 望めないから。
月は、依然として照って居た。
山が 高いので、光りにあたるものが少かった。
山を 照し、谷を輝かして、
残る
公にしなければならない時節である事、 実に こころ苦しく思います。
何が「悪い」のか
誰が「本当」と 認識し
誰が「嘘」と 判断しているか
数万の ひとのいのちをあずかる政務に ながく関わっております。
見ず知らずのひとに ただしい答、
もっともな アドバイスを 与えつづけて うん十年
とても「よい」私は 他人の不幸で メシを食っている人間といえる。
Here are all the illusions, all the twisted thoughts, all the insane
attacks, the fury, the vengeance and betrayal that were made to
keep the guilt in place, so that the world could rise from it and
keep it hidden. ( T-26.Ⅸ.4:2 )
共有する者の 優位性、
共感させる者の 手練手管、
人心を 掌握する その 「 ヨ イ 」 認知戦 を モトより
わたしは よく存じて 此の
足もとには、沢山の峰があった。
黒ずんで 見える峰々が、入りくみ、絡みあって、深々と
其が 見えたり隠れたりするのは、
この夜更けになって、俄かに出て来た 霞の
其が又、此冴えざえとした 月夜をほっとりと、暖かく感じさせて居る。
「真の」「本当」「必ず」
「神」「愛」「絶対」なる 定型句を並べ
「夢」「幻想」と 言うだけでよい 「覚醒」「悟り」びとの無明 は
どこまでもイイなり
たワケの「いきチ」を くらい続けましょう。
ヤミが よう み得える 光あるものが
主語や目的語が なくても 通じあえる
私たちの母語には 言えば言うほど 自我に ナリ変わる
「よい」
誰より よく分かっている 特別な イイ「私」
誰より よく分かり合える 特別な イイ「私」たちの
特別なイイ関係、ピラミッド型のコミュニティが しぜんと出来あがる
コレ よく「言ったもんガチ」が 許されるバ
往々にして 発言者が 強者に 成り上がる、日本人特有のマインド思考です。

文脈、表情、空気、
「共通の背景・前提」に 依存する 日本語は
ハイコンテクストな コミュニケーションを 必要とする 言語。
ソレゆえに 言葉ではない要素や 非常時に 特異な自我 が ヨウ出ます。
言上げをよしとしない 日本の文化的背景には
八百万の神々を はんえいする、みのり 豊かなしぜんとの 調 和 を 尊ぶ
そのもとの「和」を「調」える 言葉のちから、言 霊 信 仰 が あります。
その「ち」からを 誤用、もしくは
貪虐すれば 「
「 痛狂は 酔わざるを笑い、酷睡は覚者を嘲る 」
ヨイ言葉に 心酔、イイつづけて
ヨク増幅増長した 同調の自我による「ヨイ」
ネット上 にんきのコミュニティサイトを見れば 歴 然 ではありませんか
カチ組 センセイと セイトさんの「おカゲさま」
「よい」大本への ゼッタイ服従 サレンダー🩷を きかせアイ、
「いい」縦世界へ 適合させようと ワカリやすい 横の抱一をはかる「カミ」よ
やみくもに 共感を売り、共有を焚き付ける
かように 身ぎれいな そちの「イイ」見殺し ひと殺しの教えを
わたし は これ以上 許容するつもりは な い。
スピリチュアル、精神世界サイトの 検証や
発信源である発言者の人となりを 見分する際 私は それ故
ファクトチェック は もちろんの事
何を言っているか、何を見せているか より、
レトリックの妙、言葉の 間合い、
文体に 様々な感性を 受容できる余地、行間 が あるかを 重視します。
文章のみならず
取り扱う画像映像の センスのあるなし、
多種多様の世界に 調和する 唯一無二の 「主」体者 であるかどうかを 観る。
Love is not learned.
Its meaning lies within itself. ( T-26.Ⅸ.12:1-2 )
寂かな夜である。
やがて 鶏鳴近い山の姿は、一様に 露に濡れたように、
しっとりと して静まって居る。谷に ちらちらする雪のような輝きは、
目の下の 山田谷に多い、小桜の遅れ咲きである。
折口信夫「死者の書」より
ロジカルな文章を 書くより、私は ほんらい
「藝」術 による 非言語 コミュニケーションを 得意とする人間
『 なにがまちがっていたんでしょうか
しにたくないですしにたくないです 』 そうおっしゃった ひとの言葉に
居ても立ってもいられず、 私は メールで こう応えました。
「 彼の言葉を 伝えるだけなら
誰だっていい。誰でもできる。
貴方が 彼の代理人なら 彼の言葉を生きて。
それが 彼の「代」わりに
彼がみせた「理」をなす「人」 彼の代理人じゃないか 」と。
亡くなった師の教えを 彼の代理と称して ずっと発信し続けていた
彼女の師は「しじんさん」
そう、モノカタリ『一献哥』の主人公「彼」なんです。
お月さまの とてもうつくしい夜に 現れます。
“
『愛』と 思い込めば、
その人に とって 「愛」 という現実が 出来上がります。
『真実』と 思い込めば、
その人に とって 「真実」の現実が 出来上がります。
『自分の思いを超えた』と 思い込めば、
その人に とって 「自分の思いを超えた」 現実が 出来上がるでしょう。
いずれも 幻想 に 過ぎない。そんなものは 麻薬でも 体験できること。

うたう しじんさんの そばで おうたを 聞いていました。
“
全てのカルマを解消しない限り、覚醒できないシステムだった。
・・・だが 現代は違う。
未解決のカルマ が
大量に 残っていても 覚醒する可能性がある。
宇宙側の緊急要請だろう。
実際、覚醒者が 次々に現れている・・・・・・。
Kiss my ass !

大きなからだが 小さく 小さくなっていきます。
“
私は 認識論と 実在論(存在論)を 分けて考えています。
認識論の次元においては、我々は この世の 創造者 だと いえます。
同じ出来事に 遭遇しても、
人それぞれ 感じ方・受け止め方・解釈の仕方が 異なります。
その意味では、我々は一人一人が 異なる 宇宙・世界を 生きているわけです。

我々は 自分の意識の力で 太陽を創造しているわけじゃないし、
世界の全てを 創造しているわけでもない。
一部の世界の創造には 関わっていますが、全てではない。
量子力学の理論を スピに利用している人がいますが、
以前 説明した(※)ように、量子力学は スピを一切 支持していません。
( ※ 量子力学に関する記事を書くにあたり しじんさんは 現役の物理学者の方々に
意見を仰いだとのこと。御父様が 理論物理学の学者さんだったそうです。)
かなしい カナシイ・・・って
にゃんにゃんのお胸を 真っ二つに する・・・・・・。
Towa towa to towa towa to
ある論争で、私は 何度も 「行為の純粋性」 について述べた。
大切なのは 言葉でも
それを知った上で、
スピリチュアル・精神世界の危険性に 言及している。
少なくとも、私は「 愛が大切 」などと述べる聖人君子ではない。
「Towa towa to towa towa to」
こんな「かなしい」「カナシイ」おうたを うたうんだろ?
Toishikimanaush, towa towa to
wenshikimanaush, towa towa to
にゃんにゃんは あるとき
うたっている しじんさんに 応えて
しじんさんの「うた」 を 同じように うたってみたんだ。
Toishikimanaush, towa towa to
wenshikimanaush, towa towa to
「ない」は「ない」と うたえる 私よ。

しじんさんは しずかに 目を閉じて おうたを うたったよ。
sarpoki huraot, towa towa to
sarpoki munin, towa towa to
にゃんにゃんは 同じように しじんさんの おうたをうたった。
sarpoki huraot, towa towa to
sarpoki munin, towa towa to
わたしは 此の「私」をいきている私でしょ。
だから 貴方 「しじん」に なったんじゃない?

・・・するとね
しじんさんの目から 泪が あふれて 止まらなくなった。
ointenu, towa towa to
otaipenu, towa towa to
しじんさん 泣いた。
うおーん おんおん
Towa towa to towa towa to
いーっぱい いっぱいに 哭いた。
Towa towa to towa towa to
しじんさん 泣かないで
しじんさん ひとり じゃないよ
inkar hetap neptap teta ki humi okai.
「 貴 方 」 わたし です。
inkar hetap neptap teta ki humi okai.
しじんさん にゃんにゃん いるよ
しじんさん にゃんにゃん いっしょだよ
inkar hetap neptap teta ki humi okai.
「 あなた 」 私 です。

ひとりぼっちの
しじんさんが さびしくて 泣かないように
にゃんにゃんは
しじんさんの「うた」を 夢中で うたい続けたよ。
nitumu chashchash, towa towa to
しじんさんと にゃんにゃん
ゆうらり ゆらゆら
清んだ 謂わぬいろの
キリストは青の夜の人
葛 原 妙 子
♨エセー:一喉謌「 Fly Me To The Moon 」 ~ もうひとつの「一献哥」~
( 2020-12-25 公開 / 現在クローズ)を 加筆編集して お届けいたしました♨






