明治時代初期、開国して間もない日本でしたが、西洋国家の慣習に習い、国際交流の式典の場などで国歌が必要になりました。

明治政府は古今和歌集から拾ってきた和歌に曲を付けて国歌にしようとしたものの、海外、特にヨーロッパで演奏してもらうためには西洋楽器のための編曲が不可欠でした。
しかし、当時まだ西洋楽器についての深い知識のある日本人はいませんでした。

そこで、明治政府はイギリスの軍楽隊隊長に依頼して作曲してもらいますが、日本語も知らない人の作曲ということもあり残念な結果に終わりました。

・残念な君が代


そのため明治政府は、宮内省雅楽課で作曲した曲をドイツ人に聞いてもらい、西洋楽器での演奏用に編曲してもらう形を取りました。
これが、現在我々がよく聞くオーケストラやブラスバンド編曲の君が代ですね。

・いつもの君が代


なので、本来君が代は日本の雅楽の楽器で演奏するように作曲されたものです。
実際に雅楽での演奏を聞いてみるとしっくり来るので納得できると思います。

・長野オリンピック国歌斉唱