11
セイバーはダインスレフに浸食され動きづらいのかストレッチングするように右腕を何回か回しながら屋上に来た霜を見つめた。
“ふむ、これで再びマスターは慎一になったな。”
“そうだな。残りの令呪は一つか。しかし残りのサーヴァントはライダーだけだから問題ないだろう。行こう、セイバー。”
霜はそう言いセイバーから背を向けて屋上の階段に向かう。
その瞬間――
ブーン。
霜の足が一瞬地面から離れ、落ちたのを感じた。
腹に打撃を受けた霜が落ち着く間に自分の上の方から声が聴こえて来る。
“あ、わり。結構危なかったから。”
声の持ち主は露だった。
周りを見回った霜は自分がライダーの車にあることを気付いた。
“どういう狙いですか?”
露は霜の言葉を聴いても地面にあるセイバーを見て口を開けた。
“狙いはあいつが持ってるだろ。なあ、セイバー?なんで霜を殺そうとした。”
“……なに?”
光連車が止まっているビルの屋上の端っこから約十メートル離れたところにセイバーがバルムンクを手にして立っている。
露の言葉にセイバーが面倒そうに口を開ける。
“ライダーとそのマスターか。他人事に興味が多そうだな。困ったもんだ。一気に殺してやろうと思ったものを。”
自分のマスターを殺す、と言ったセイバー。
それに霜が車から立って叫ぶ。
“俺たちを裏切る気か、セイバー!”
その表情には今まで見たことない怒りで満ちていた。
それを見てセイバーが嗤い始める。
“俺たち?さて、俺たちとは誰のことだ?”
“俺と慎一だ!当たり前だろ!”
“くははは!そうか、なら私が裏切ったのは君が言う俺たち、ではないな。クック、お前ひとりだ、霜。”
“何……?”
驚く霜を嗤っていたセイバーは落ち着いたのか霜に向かって話す。
“馬鹿が、未だにわからないのか?私のマスターは最初から慎一だったってことだ。いつまで隠れているつもりだ、慎一。”
セイバーの言葉で屋上の隅の闇から慎一が出てくる。
“あー、僕のことまでばらすとダメでしょ、セイバー”
“ふん、どうせ出るのではなかったか?”
それを見て言葉も出ないのか霜の顔が歪んでいく。
“驚いた?驚くよね。”
“一体どういうことだ、慎一。”
慎一は真剣に聞く霜にちょっとした冗談が混ざったような口調で答える。
“どういうことって、簡単に言えば今からは僕がセイバーのマスターして戦うってこと。”
“慎一……。どうして?”
“どうしてって、そりゃあ聖杯を手に入れるためだよ?”
“俺の願いに同意したんじゃないのか、慎一。”
霜の言葉に慎一は小さく笑って、まさか、と話を続ける。
“その時は拒否したら霜兄が別として聖杯戦争に参加しようと思ったからね。当然でしょ?僕一人で聖杯戦争で勝てるわけないしね。”
“だったら俺の願いは―”
自分の言葉に衝撃を受けた霜の言葉を最後まで聞かずに慎一が呆れたかのように言う。
“馬鹿ね、霜兄。きっと最初に言ったよ?周りの幸せみたいな願いなど正義の味方を目指す小学生が考えるくらいなものって。いや、今頃小学生どころか幼稚園児でもそんなこと考えないないと思うよ?”
慎一の言葉がかなり衝撃だったのか霜が黙り込む。
その代わりなのか、黙って二人の対話を聴いていた露が口を開ける。
“Fuck、敵ながら同感だぞ。ならてめぇの願いはなんだ?俺のあほみたいな弟を騙してまで願うてめぇの願いはなんなのか、ってんだ。”
“うーん、実はね、ないんだ。”
慎一の言葉に露が面白そうに声を上げる。
“は!これはRockだぜ!おい、願いもない奴が他人の願いをバカだなんだと言えるんじゃねぇぞ。Fuckなガキ野郎。”
慎一が自分を罵倒する露の言葉に笑う。
“あはははー、なに言ってるのかわからないー。じゃあそっちは?えっと、なんだっけ?”
“Fuck、これだからガキは嫌いなんだぞ。人の名前も覚えないのか。”
“あー、まあ、名前はどうでもいいでしょ?で、そっちも願いのために聖杯を探すわけじゃなかっただろ?なんだっけ?証明?”
慎一が露が間桐家に来た時の話を出すと露が頷いた。
“ああ、Fuckな爺さんたちに俺の能力を見せつけようとな。”
“ほら―”
願いなんかなくてもいいじゃん、みたいなことを言う慎一に露が言う。
“いや、気が変わったぞ。あほみたいな弟に移ったわけじゃないけど自分の血肉の幸せくらい祈ってもいいだろ。”
“えー、なんだ。そっちもあほじゃん、結局。”
“ああー、でも安心しろよ。いくら俺があほでもてめぇの幸せは祈る気はないからな。”
“あ、そう?そのほうがいいよ。どうせ聖杯は僕の手に入るだろうけどね。そういう意味でここで戦ってもいいけど霜兄が邪魔でしょ?柳洞寺の空洞で待ってるから来てね。”
慎一は、じゃあね、と友達と別れるように挨拶をしてセイバーと共に屋上を離れた。
――――――
クラス Saber【セイバー】
マスター 間桐慎一
真名 Hagen von Tronje【ハーゲン・フォン・トロニエ】
性別 男性
身長・体重 190cm・89kg
属性 秩序・悪
ステータス 筋力B 耐久B 敏捷C 魔力C 幸運D 宝具A++
クラススキル 騎乗A / 対魔力B
保有スキル 直感C / 魔力放出B
宝具
幻想大剣・天魔失墜【バルムンク】 / Balmung A+ 対軍宝具
原典である魔剣「グラム」としての属性も兼ねていて手に持った者により聖剣、魔剣の属性が変化し竜類の血を繋いだ者に追加の被害を与える。
剣の柄にある青い宝玉には神代の魔力が保管されておりこれを解放したら黄昏色の剣気を放出する。
破滅をもたらす報復の剣【ダインスレフ】 / Dáinsleif A++ 対城宝具
ニーベルンゲンの魔剣。
持ち主に破滅をもたらす呪いの宝具。
北欧の英雄、シグルドの倒した一族に伝わる魔剣で、元々はファフニール竜が収集していた宝具である。
強力な「報復」の呪いを持つが、同時に持ち主の運命さえ破滅へ追い落とす。
魔剣、聖剣は栄光と破滅を両立させるが、この剣は破滅のみを所有者に与えるという。
真名解放をしなくても持っているだけで持ち主を浸食し最後には心臓に至り持ち主の命を奪う。
伝説によるとその剣を三度目に抜いた時に所有者が命を失ったと伝われる。
――――――
慎一が消えた後、露たちが乗っていた車は空を飛んでいた。
“Fuck、邪魔って、そんなのなくても勝てるわけないだろうが。”
愚痴を出した露がぼっとしている霜を見つめる。
“精神なくなってるな、こいつ。一人にさせるのは心配だな。どうしようかな。”
“あの女のところに行けばいいのではないか?”
“あの女?誰?”
ライダーはリノの名前を思い出そうとしたけど思えだせなかったようで、アーチャーのマスターだぞ、と言う。
“あ、あの女か?ところで、さっき見ただろう?アーチャーのやつ、どう見ても以前とは違っていた。あの女だったら人が多いあんなところでそんなもん使わないだろう。”
“アーチャーは奪われたってことか?”
“さあ、どうだか。そんな簡単に死ぬとは思えない女だったがな。”
露の言葉にライダーが露を睨み、へえー、と言い出す。
それに露が、なんだ、と言うとライダーが答える。
“随分とあの女のことを知っているように言うな、マスター。”
“あ?俺がいつ知ってるように言ったんだ。ええい、やめい。とにかくあの遠坂ってやつのところに行くぞ。一緒に出掛けるくらいだから中が悪くはないだろう。まあ……、頼りがいがないやつだがな。”
ライダーは何かを言いたい表情だったけど止めて、車の方向を遠坂屋敷に変えた。
十時に近い時刻、西洋の屋敷の前。
家主が寝ているとは思わないのか、ベルを連続で押し続けている男がいた。
浅上露。
霜を負った彼の横暴を止めようと家主が出ながら叫ぶ。
“うるさい!誰だ!……はあ?”
それは赤だった。
いや、赤のトレーニング服を着ている遠坂円だった。
“やはり今日も赤か、Fucking Red。赤赤の実でも食べたのか?それとも紅赤朱のコスプレか?”
“いやいやいや、なんで急に責められてるの、僕!っていうか赤赤の実ってなに?それにコスプレじゃないから!”
“うるさいやつだのう。とりあえず入ろう、マスターよ。”
ライダーの言葉を聴いた露が屋敷に入る。
“えー!ここ、僕の家だよ?教会じゃないよ?ちゃんと知ってる?なんでマスターが集めてるわけ?!意味わからない!”
円が露とライダーの後ろを付いて来ながら叫ぶと、ライダーが円を見て言う。
“それほど、おぬしに人徳ってものがあるのではないか?”
“え、そんなもん?まじかー。”
ライダーの言葉に円がすぐ喜んで大人しくなったが、
“嘘だけどな。こいつちょろいぞ、マスター。”
その言葉でまたうるさくなる円。
“ってうそかよ?!じゃあ最初から言うなよ!”
“ゲラゲラ、いつも突っ込みキャラだった、お前。”
“突っ込みたくて突っ込んでると思ってるのかよ!お前らが突っ込むようにしてるじゃんか!”
露は円のことを完全に無視し、負っていた霜をリビングのソファーに座らせて円に話をかける。
“話を戻して、お前、アーチャーのマスターがどこにいるのかは知ってるか?”
“戻すもなにも、始まりだろうが。って、リノさん?”
円の話に露が、そうそう、そんな名前だったな、と頷くと円が手で自分の部屋を指す。
“あっちに居るけど?”
“なんだ、路線変えたか?あいつ。”
露がそう言いながら部屋に向かうと円が露を止める。
“どういうことかわからないけど、入っちゃだめだよ。絶対安定だから。”
しかし既に露は扉を開けていた。
その中には死の匂いが満ちていた。
淨眼。
見えないものが見えるその眼に映ったのは別のものだっただろうか、露は開けた扉を閉めて円を見つめる。
“なんだ、あいつ。なんでそうなってる?”
何故か自分が問い詰められる気分になるくらい鋭く言い放つ露の言葉に円はさっきまでと違って気後れしたように話す。
“いや、それがね。僕もよくわからないぞ。昨日の夜に来た時には既にあの状態だったから。僕ができるくらいの治療はしておいたけど、いつ起きるのかは……。傷より魔力の問題だから病院に行くからって解決できるものでもないからな。”
“昨夜、公園が血だらけになっていた。”
いつ気を戻したのかさっきまで気絶したようにぼっとしていた霜が口を開けた。
“もう大丈夫か?”
“ああ、礼を言っとこう。それより彼女のことだが。多分キャスターのマスターの業だろ。キャスターのマスターは執行者だ。”
“執行者だと?!”
露が執行者ってことに驚くと霜が頷いた。
“でももう死んでるだろ。ホテルで神父と戦っているのを途中まで見ていた。アーチャーの宝具で最後までは見れなかったがほぼ死んでいた。”
“そうか、それは安心だな。執行者には勝てないからな。”
“ほお、そんなに強うのか?執行者ってやつは。”
露の言葉にライダーが聞くと露が答える。
“ああ、あれと会った時は逃げたほうがましだ。あんな化け物勝てるわけない。”
露はそう言い玄関に歩き始める。
“じゃあ俺は行くぞ。霜、お前はここで赤野郎と一緒にあの女の看病でもしとけ。”
“まって、俺も行くぞ。”
円がなにを言うのかと聞くのを伏せるように露が嗤い始める。
“これはRockだな。サーヴァントもないお前がなにをしに行く。足手まといなだけだ。それともなんだ?死ぬために行くのか?それならいいぞ。俺がここで殺してやろ。”
虚言ではない、と言うように露が霜を見つめてくる。
それでも霜がソファーから立つとしたら、円が横で霜を止めた。
“霜先輩、やめろよ。死ぬぞ?おい、兄さん、霜先輩は僕が面倒見るから早く行って来いよ。”
それで円と霜の口喧嘩が始めると露は笑いながら扉を開け、
“そのFuckなガキを連れてくるから寝とけよ、霜。”
一言を残して遠坂屋敷を離れた。
一方、セイバーと慎一は大空洞の中にある広やかな石の上に座っている。
“セイバー。お前、さっき本当に霜兄を殺すつもりだっただろ?”
“そりゃあ当たり前だ。”
慎一はあまりにも当然なようにいうセイバーを見つめる。
まるで間違ったとでも言う表情。
“どうして?殺す必要はないじゃん。”
“気に入らないから殺そうとしただけだ。”
セイバーの言葉に慎一はちょっと考えて口を開ける。
“じゃあ今からは霜兄を攻撃しないで。”
慎一の言葉をセイバーはおかしいと思った。
裏切った者が口にする台詞でないのは当然として今まではマスターの代役だから殺せなかったとして、必要がなくなったのにわざと殺せないと言うのはなぜか。
“じゃあなんで裏切った、慎一。彼が聖杯を手に入れても問題はなかったはずだ。君に願いはないからな。”
そうだ。
慎一には願いが、聖杯を求める理由はない。
だったらなぜあえて霜を裏切って今自分の隣にいるのか。
そういう疑問を抱いたセイバーに慎一が笑いながら言った。
“それは、まあ、考えを変えさせるため?僕が言っても聴かないからな。爺さんのせいだよ、全部。”
霜が願うもの、自分の周りの人たちの幸せ。
そこに霜、自分は含めていなかった。
それを慎一が知ったのは小学生の時のある日だった。
慎一が霜に聖杯に何を願うのか聞いたら霜は、周りの人たちの幸せ、と答えた。
それに慎一はまた聞いた。
“じゃあ霜兄は幸せになったらなにをするの?”
小学生である慎一の単純な疑問に霜はおかしいとでも言いたいように答えた。
“俺が幸せになることはないよ、慎一。もしあるとしたらこの世全ての人が幸せになってからだろ。”
霜が慎一の疑問をおかしいと思ったように、慎一は霜の答えをおかしいと思ったのだ。
聖杯に願うのは幸せ。
だったら自分もそれによって幸せになるのではないか。
そう聞くと霜は首を横に振った。
“違うよ、慎一。俺が願うのは他の人たちの幸せであって、自分の幸せではないよ。君もきっとこの考えを分かる日が来るさ。”
今まで見ていた無表情とは違い、自信満々気に言ったその時の霜は未だに慎一の頭の中に残っている。
“結局あの時の霜兄と同じ年になった今もその考えがなにかわかってないけどね。でも自分の幸せは願わないとか、間違ってるでしょ?だから止めるんだよ。”
間違ってるから裏切った、と言う慎一の話にセイバーが呟く。
“狂ってるな。”
霜も霜だがそれを知らせるために好きな兄を裏切る慎一もおかしい、と思いうっかり呟いた言葉に慎一が、でしょ?と言い笑う。
‘間桐の言う家自体狂ってるのか。’
そんなことを考えていると慎一が話しかけてくる。
“ところでさ、セイバーは願いあったっけ?”
今考えだしたかとように言う慎一を見てセイバーも今気づいたかのように口を開ける。
“ふむ、そういえば言ってなかったか。私は体を得ることが目的だ。願うのはそれだけだ。”
“それだと今と変わらなくない?”
“いや、違うぞ。今はお前が死んだら私の方も消えるが、体を得たら人になれるのだ。”
自由ってことだ、と言うセイバーに慎一が頷く。
“じゃあ自由になったらしたいものはあるの?”
“うん?そうだな……。それはその時考えようとしよ。”
悩んでいたセイバーを見て慎一が大きく笑う。
“なんだ。結局セイバーも未来など考えてないのか。英雄も変わらないね。”
“そんなもんだろ。英雄と言っても人間だ。まだ確定したこともないことに悩んでも無駄だろ。”
“確かにそうね。それより遅いな、あの人たち。”
話をしてる途中にスマホで時間を確認したらいつの間にか十時をちょっと超えている。
さすがにここまで歩くのもバカみたいからタクシーを乗って来たのがダメだったのか。
こっちに着いたのは九時ごろでもう一時間を超えている。
どうやらセイバーも飽きたようだ。
“来ないんじゃないか?いくら霜を連れてあげるとしてもここまで時間がかかるとはな。あいつら空を飛んでるのに。”
ビルの屋上で露たちと別れたのが八時くらいだったことを考えたらもうついてもいい時間だ。
“うーん、なんか作戦会議とかしてるのかな?”
慎一がそんなことを言うとセイバーが大空洞に入る入り口を見つめながら立ち上がる。
“来たようだな。二人の気配を感じる。”
“お、やっと来たか?”
慎一がセイバーの言葉に立てて入り口を見たら二人の影が見える。
多分露とライダーだろう。
さて、最後の戦いを始めよう。
新都から離れた私は深山町の商店街にある店のトイレで自分の体の状態と状況を把握して柳洞寺に向かっている。
もうキャスターとアーチャーは失ったけど体には傷一つもなく魔力は十分な状態。
賢者の石を持っていないのにも持っているように全身に魔力が宿んでいる。
きっとキャスターが何かをしたんだろ。
キャスターに聞いた話によると彼女は最後の二人のサーヴァントが残ると柳洞寺の大空洞に向かうと言っていたらしい。
でもどうして?
どうして私は死に向かって走っているんだろ。
既にサーヴァントを持ってない私はこのまま聖杯戦争が終わるのを待って時計塔に戻ればいいだけの話だ。
なのにどうして?
どうして私はキャスターがもう一度繋いでくれた命を捨てるために走っているんだろ。
聖遺物を奪われた時点で時計塔の偉い奴らの責任だ。
だったらどうして?
いつか自分自身に聞いていた同じ問。
今回も答えは同じだろ。
レイヤ、彼女を孤独から抜け出すために――
――と嘘を語るのか。
違う。
その時から知っていた。
孤独なのは彼女ではない。
孤独なのは私の方。
だから独りぼっちな仲間を見つけて、その安全を確認するために走ったのか?
そう。
あの時はそうだった。
でも今は違う。
今はただ彼女に会いたいから。
馬鹿げた言い訳など必要なものか。
バカみたいに深刻だったあの夜と違い私は笑っていた。
祭りでもあるのか賑やかな商店街。
その建物の上を次々と移動していく。
もし彼女に会えたら、ギュー、と抱きしめるかも知れない。
その時はきっと彼女は慌てるのかも。
でも、きっと、なんとかなるでしょ――。
柳洞寺に上がる階段の前、誰かが立っている。
白髪の長い髪、遠くて見ただけでも彼女が誰なのかは明白だった。
“レイヤ!”
私は嬉しすぎたあまりに、走ってる脚を止めずに彼女の名前を呼ぶ。
こっちを振り向く少女。
そんな彼女をそのまま抱き着いた。
当然彼女は私の速度を耐えずに、後ろに倒れようとすることを私の脚で耐える。
“どうしましたか?織衣。”
聞いているのは私がここまで来たのに関してなのか、それとも自分を抱きしめていることに関してなのか。
そんなものはどうでもいい。
ただちょっとだけでいいからこうしていたい。
私の心を知っているのか、きっと知らないだろうけど彼女はなにも言わずにじっとしている。
どれくらい経っただろう、彼女がもう一度聞いてくる。
“どうしましたか?織衣。”
多分私が聞いてなかったと思っているんだろう。
彼女の体を解放して彼女を見つめる。
さて、どう言うべきか。
何度考えても答えはないだろ、しかも遠回しは苦手だ。
“レイヤ、私と一緒にロンドンに行かない?”
聖杯戦争の途中、なにを聞いているのか、と思うだろ。
それに聖杯としての役割が終わると彼女はアインツベルンに戻るだろ。
断れるのは当然。
なら私が時計塔を離れたらいいだけの話。
そうやって心を引き締めて聞いた言葉にレイヤが答える。
“はい、いいですよ。織衣。”
“え?”
思っても居なかった返事に間抜けな反応をしてしまった、失策。
いや、それより今なんて?
私の間抜けた反応で聞いてなかったと思ったのか、彼女がもう一度話す。
“一緒に行きましょう、織衣。”
ちゃんと話す彼女の言葉に嬉しそうなあまりに、パニック。
ぴょんぴょん跳ねそるな体と空に抜けようとする精神を握って落ち着ける。
“だ、だいっ、大丈夫?”
噛んだ。
なんで緊張したらこうもうまく話せないんだろ。
恥ずかしい。
“はい、この戦争が終わると私も行くところがないですから。”
“え?そうなの?アインツベルンに戻るんじゃなかった?”
“アインツベルンは今回の戦争を最後にして聖杯を諦めることにしました。もう戻る必要はないでしょ。でも―”
そう言った彼女はちょっと困ったかのように、
“聖杯の機能を果たしたら魔術を使えるのは難しいと思います。動くのに必要な魔力くらいしか残らないかと、そんな私でもいいんですか?”
きっと無表情だけどそうやって聞いてくる彼女が可愛すぎてもう一度抱きしめてしまう。
“うん、全然いいよ!全てが終わったら一緒に行こう!レイヤ。”
“あー、そうか?こっちはレズだったか。やれやれ、どいつもこいつも聖杯より恋愛ってことか?それにしても聖杯の中身じゃなく体を求めるやつがいるとはな。”
いい雰囲気を潰す輩の声が聴こえて来た。
全然知らなかった。
いつからいたんだろ。
抱きしめていた彼女を放して声が聴こえたほうを睨む。
“誤解はするなよ。覗きじゃないから。俺たちはただ大空洞に行こうとしただけだからな。”
そこにライダーのそのマスターが居た。
レイヤの案内で柳洞寺に登る階段の途中に道を外れ森の奥を歩いていると、魔術で隠しているところがあった。
そこに入り下向けになっている長い洞窟の一本道を歩いていたら、まるで山の下が全部洞窟になっているのではないかと思うくらい大きい空洞が出て来た。
上にはまるで雲でもあるんじゃないかと思うくらいの高い天井。
視線を上からすこし降りたらそこには高い丘があった。
“あの上が大聖杯がある場所です、織衣。”
レイヤの話を聴いて丘を登る。
ほとんど降りたところで見える影が二つ。
“あれ?なんだ。なんでライダー組じゃなくて聖杯とあんたなの?”
彼がセイバーのマスターになったことは聴いている。
“さあ、ところで一つ言いたいことがありますけど、いいですか?”
やぶから棒にかけた言葉にちょっとぼっとしていた彼がいいと言うように頷く。
“ちょっと退いてくれません?”
言葉が終わるのと同時に駆け出して鞘に刺されている刀をそのまま振って彼の腹を打ち飛ばす。
どうしても骨や臓器には傷が残るだろうけど死ぬくらいではない。
それを見る前にセイバーの方から何かを感じたのか私との距離を減らしたけど、空から飛んで来た刃物によって道が付される。
私はその隙を見てレイヤと共に倒れているセイバーのマスターを持ってセイバーから離れた。
セイバーが織衣を殺すのを止めた剣を切り飛ばして空を見たらライダーの車が飛んでいた。
“は!どういうつもりだ、ライダー。”
“どういうつもり、とは?おぬしのマスターがおれば足手まといだから移しただけだぞ。”
“殺すのも出来ない奴を何しに持ってきた。”
“ほお、よく知っているの。喧嘩に負けて死んでしまうとダメだからな、あとは令呪を使うと勝てる方法もないしのう。”
ライダーはそう言い顕明連を出した。
“時間を稼いでも意味はなかろう。さあ、受けるがよい、セイバー。文殊智剣大神通・恋愛発破・天鬼雨!”
空で分裂した何千、何万の刃物がセイバーを向かって落ち始める。
“ちっ、消耗戦か。”
セイバーは引き続けて降って来る刃の雨を打ち続ける。
たった一度の魔力を入れることで発動する顕明連はその魔力量によって数が変わる。
今回はそれを使えるのに露が一つの令呪を使っていてその数はそれこそ数えないくらいであった。
例え一時的だけど化け物であるバーサーカーを止めさせた刃物の雨を、心臓以外を除いては呪いで浸食されていているセイバーが止めている。
剣の英霊はそれこそ剣に関しては、いや、全てのサーヴァントの中で自分が最強というのを見せるように全方向で落ちる刃物を大した傷なく受けている。
‘ふむ、これでは本当に宝具なしでも止めそうだぞ、露。’
自分の宝具を止めているセイバーを見ながら今の状況を遠く離れた慎一と一緒にいる露に伝える。
それに露が悩んでいるとライダーが続けた。
‘光連車を使うしかなさそうだのう。’
‘なに?それはダメだ。バルムンクに切り裂けられるぞ。’
‘しかし方法がないからのう。’
ライダーの言葉に露はちょっと黙っていてから話を続けた。
‘Fuck、仕方ないか。顕明連がなくなる直前に使え。’
露の言葉に頷いたライダーはいつの間にか数が少なくなった顕明連を見てからセイバーを見つめる。
相変わらず大きい傷はなく、その鎧も通り抜けていない。
それを見ながらすごいと思ったライダーだが、そんなことを考えている場合じゃないと判断し光連車に魔力を入れ込み始める。
残りの顕明連はたった百くらい。
それがほぼ同時に落ちる瞬間、車の真名を口に出す。
“空を飛びかける光【光連車】!”
それを感じたセイバーは光連車を避けるのはできないと思ったのか後ろで自分を狙っている刃物を無視して剣を持ち上げる。
“幻想大剣・天魔失墜【バルムンク】!”
何十の刃物が自分の背中を刺さるけどそれを構わずに剣を振る。
天上から地上に落ちる黄金の光と地上から天上を向かい昇天する黄昏の光が自分の威力を誇示した。
露はライダーの報告を受けて心配になったのか、慎一を織衣に任せてその場を離れた。
残ってるのは織衣とレイヤスフィール、そして未だに寝ている慎一だけだった。
そこを狙い近づく影が一人。
なにを狙っているのか、露が離れるのと同じくらいに彼はその場に向かう。
彼の気配を感じて織衣がそっちを向かうとそこには神父が立っていた。
“げっ、なんだここにいますか?あんた。”
織衣が驚いて聞くと、神父が織衣の隣に立っているレイヤスフィールを見つめる。
“聖杯を手に入れるためだ。当然であろ?”
“なにを願ったらサーヴァントも無しでこんなところまで来るわけですか?”
織衣が文句を言うような口調で言うと神父が笑う。
“そういう君も同じではないか、前キャスターのマスターよ。”
“わざわざ前とか付けないでくれます?それに私は違いますよ。願うものはないから。”
彼女の言葉に彼は、そうか、魔術協会の人だったな、と言い何か思い出したかのように話を続ける。
“一つ問おう。君は魔術協会から言われるように動いて自分が生きていると思うか?”
彼の言葉に織衣が、なにバカなこと言ってるの?と思いながら答える。
“なにバカなこと言ってます?哲学?私、そんなのに興味ないですけど。”
どうやら思ってるだけでは足りなかったのかそのまま口に出した言葉に神父が苦笑いをする。
“誰かの生きて動くだけで自分が生きていると言えるか、ってことだ。ふむ、どうやら人間には無理な話だったか。”
“は?まるで自分は人間じゃないように言いますね。その年で中二病ですか?”
“うむ?そこにいるレイヤスフィールに聴いてなかったのか?そうでなくてもキャスターは知っていると思っていたがな。”
神父の言葉に答えるように織衣の隣でレイヤスフィールが口を開ける。
“織衣、彼は私と同じホムンクルスです。アインツベルンの。”
なっ?!と驚く織衣を見て神父が面白そうに笑い話を続ける。
“改めて紹介しよ。今回の第六次聖杯戦争の監督役であるHeydrich von Einzbern【ハイドリヒ・フォン・アインツベルン】だ。”
“なに、じゃあアインツベルンのマスターが二人ってわけ?いや、そんなわけないでしょ?いくらアインツベルンだとしても令呪の権利を二つも持つのはできないはず。”
彼女の言う通り、アインツベルンと言え令呪の権利を二つ以上持つのは不可能である。
それが出来ていたら五つのホムンクルスを用意してこの地に送っているだろう。
彼女の話に彼が頷く。
“ああ、その通りだ。だから単純な話だ。アインツベルンのマスターはそこのレイヤスフィール・フォン・アインツベルンだけ。私はただ自分の意思で参加したとな。”
“うそでしょ?ホムンクルスが意思を持つって。”
“ふん、誰がそれを決める。悩んでまた悩んだ。作られた時から目的は決まっていた。しかしそれは私自身のためのものではなかった。アインツベルンのマスターが聖杯戦争で勝てるように監督役として手伝え、と言うのが私が作られた理由だ。しかしその目的は聖堂敎会に居る十年の間に変わってしまった。”
男、ハイドリヒはまるで他人事を話すように話を続けた。
それは自分が聖杯を求める理由に関した話だった。
ドイツのアインツベルン城から基本的なものを学んで十年、そこから聖堂敎会に入り代行者として使われて十年、その途中にあった一人の異端者は語った。
教会に拘束され言われたとおりに動く貴様らは死んでいるのと同然ではないか、もちろんそれを言ってから、彼はハイドリヒの手に殺されたけど、その言葉だけはハイドリヒの胸の奥に刺さってしまった。
造られた以来、自分の意思を持ったことがあったか、改めて考えたハイドリヒは二十年の間にただ言われた通りに動いていたことに気付いた。
だったら自分は生きていながらも死んでいるということか。
その疑問に聞いて、また聞いた。
異端者を殺す前に聞く。
生きているってことはなんだと思うのか、答えはほぼ同じ、自分がやりたいことをやりこなせること。
やりたいこととはなんなのか。
聞くことを約五年、その間に千人を超える人たちに聞いて来た。
それにも答えは探せず聖堂敎会の者にも聞く。
彼らもまた答えはほぼ同じ。
神を信じることが生きていることと言う。
しかし自分は神を信じて教会に入ったわけではない。
聖杯戦争の監督役になるための過程、だかた彼らの言葉は理解できなかった。
そのある日、教会の中で教会の所属ではない者と出会った。
異端者でありながらも聖堂敎会から容認している彼であればなにか知っているだろうか。
やぶから棒に聞く、生きているとはなんだ、その質問に彼は最初にぼんやりとしたら間もなく口を開けた。
「さあ、なにか目標を持っているってことじゃないかな?」
目標。
自分には目標はあるけど誰かに入れられたものだ。
それを言うと彼が困ったように笑った。
「じゃあ今からでも自分の目標ってやつを探せばいいんじゃない?」
自分だけの目標。
それで彼の言う通り探し始めた。
なんでもするうちにまた気付いたのだ。
これもまた彼の言う通りにしているだけで、自分の意思などないのでは、と。
そうやって丸めて三十年、だったらもうこれ以上は無意味ではないか、と思った私は奇跡を求めることにした。
“そう、きっと聖杯なら私の目指すべき目標を知らせてくれるだろ。”
彼の長い話が終わると織衣が、はあー、とため息をついた。
間抜けな話だ。
生きてる目的を願うために奇跡を願うものは数えないくらいいる。
今回の聖杯戦争を見てもセイバーとライダー、そしてキャスターは二回目の生をため奇跡を願った。
しかし目の前の男はその目的を知るために聖杯を求めると言うのだ。
どんだけ間抜けな話なのか。
“馬鹿じゃないの?自分が見つけるべきの目的がわからないから聖杯に願うって?正気ですか?”
“ああ、正気だ。それより聖杯を前にして言葉が多すぎたな。また死にたくなければ避けたほうがいいぞ。”
ちっ、と舌を打つ織衣が刀を手に持つ同時に彼の足が地面を蹴っていた。
黄昏の光が黄金の光を眠らせその中にいた姿を明かす。
“行こう!光連車!速度を落とすでない!”
光の結界が破られても速度を落とさず自分に迫って来る光連車にセイバーの剣が反応する。
右馬の首がセイバーの剣により切り落とされる瞬間、左馬の右の一番目の足がセイバーの胸を踏んだ。
くっ、とした音がセイバーの口から出るのと同時に大通連と小通連がセイバーの首を狙って飛び込む。
しかし、かちん、とする剣を切り飛ばす音が聴こえるのとほぼ一緒にセイバーの剣が馬の脚を切りそのまま首まで切ってしまう。
その間にライダーは車から降り距離を開けた。
ちょっと離れた距離、セイバーなら一瞬でゼロにできる距離を間にして二人は向き合った。
セイバーの背を刺さった剣は今は消えているがその傷は残り、血塗れになったセイバー。
一方、何の傷もなく立っているライダー。
その姿だけ見たらきっとライダーの方が勝てると思えるが、ライダーは光連車を失い残ったのは三つの剣だけ。
しかしセイバーは魔力の諸費はあったが傷は時間が経つか治療魔術で解決できる部分で宝具に被害はない。
“ふむ、終わりだのう。”
“その分列する剣はもう使わないのか?”
“ふふ、使う前にその剣でわしの首を切るであろ?”
きっとライダーの言う通り顕明連を飛ばして速攻でセイバーの剣がライダーの首を切るだろう。
“そうか、じゃあ大人しく死ね。”
セイバーがライダーに走る。
その時、
“Fuck!!このまま死ぬのか?!”
誰かの叫びにライダーが見つめた時には既にセイバーが目の前まで来ていた。
死ぬ寸前、ライダーができることは露に話しかけることだけだっただろう。
‘今までありがとうな、ロ―’
叫びが聞こえたところからすごい量の魔弾が飛んでくるけど、セイバーは構わずにライダーの首を切り落とした。
するん、と風の音と共にライダーは世界から消えた。
“ライダーのマスター。この程度の魔力を慎一に使ったら消えるのは私の方だったことを、バカだな。”
“Fuck!黙れ、セイバー。今でも殺してやろうか?てめぇのマスターの頭に穴でも作ってやろうか?!”
露の言葉にセイバーが嗤う。
どうせできないと思っているだろう。
実際できるものであったら慎一を攫った時に殺していただろう。
“いいぞ。自分の負けが確定したのだ。それくらいの罵倒は理解しよ。”
セイバーは露を通り抜け慎一のところに向かった。
後に残された露はただライダーが消えた場所を見ているだけだった。
慎一がいるところに着くとそこにはキャスターのマスターがいた。
しかし問題なのはそれではなく、彼女の前に立っている男だった。
白髪の彼はボロボロになった神父服を着ている。
“ここまで来たか、アサシンのマスター。”
私の言葉にキャスターのマスターが後ろに距離を開ける。
彼女も慎一を守ろうとしたのかそれとも聖杯を守っていたのかは知らないが周りに戦った痕跡が残っていた。
“慎一は任せるぞ。”
どうせ私が消えると彼女は神父の手に殺されるだろ、なら慎一を任せても問題はないと判断した。
それにどうせ聖杯って言うものはサーヴァントがいないと手に入れないもの、願うのは目の前の敵を倒してからでも遅くないだろ。
体を手に入れた途端、殺されたら意味がない。
“やはり最後に残ったのはセイバーか、残念だな。そのままライダーと一緒に消えたらよかったものを。”
“どうも私を倒せるやつは居なかったようでな。で、サーヴァントもない貴様はここに何の用だ。”
“聖杯が必要でな。譲る気はないか?”
“サーヴァントもない奴がどう使おうと?”
私の言葉に神父が笑った。
“そうか、まだわかってないのか。聖杯を手に入れるのができるのはサーヴァントだけ、と知っているな?”
“そんなもんだろ?だから魔術師はサーヴァントを召喚し聖杯を求めている。違うか?”
“ああ、それは違うな。聖杯とは本来七つの英霊の魔力量を集める器に過ぎない。その膨大な魔力は魔法、つまり根元の渦に至るくらいのもの。実際にはどんな願いでも叶えてくれるものではなく、その魔力量に相応しい願いだけ叶えてくれるものなのだ。”
“そうか、だからなんだ?”
与点だけ言えって感じで言うと神父が話を続ける。
“要するにサーヴァントを持つが持たないがその魔力を使えるってわけだ。”
神父の言葉に気付いた。
もしあそこにあるキャスターのマスターが先にその魔力量で魔術でもなんでも使ったらその魔力量の分だけなくなるってことになる。
“ちっ、どうやら早く終わらせないとダメそう、だな!”
話しながら神父を向かって飛びその体を切り落とすことで終わり。
きっとそうなるべきだった。
しかし、かちん、と刃物がぶつかる音がする。
油断したのか、神父がバルムンクを右手に持った剣で貰いとっさに左手に持った刃物で私の心臓を狙ってきた。
それを把握しバルムンクを戻すが、既に胸が刺され、距離を開ける。
神父の剣がもうちょっと入っていたら心臓まで届いていただろう。
“ホムンクルスだから人と違うとは思っていたが、予想外だな。”
セイバーは今自分の体が呪いに浸食され、ライダーの戦いで傷ついていたとは言え神父が自分に傷つけたことに驚いていた。
いつから寝ていたのか目を覚ますと、その前にはアインツベルンのマスターと魔術協会のマスターが居たけどこっちを気にしていなさそうだった。
一応上半身を立てて座る。
それに魔術協会のマスターが気付いたのかこっちを向けた。
“あ、起きました?”
“うう、どこなの?ここ。いや、それより一体なにが起こったの?”
“あれ?覚えてません?”
なんでここで寝ていたのか思い出せない。
きっと彼女が僕の前にまで来たのは覚えてるけど――
“あ。”
思い出した。
この女、きっと僕を殺す気で打っていた。
“あんた、僕を殺すつもりだったのか?!”
“あちゃー、思い出したようですね。まあ、いいんじゃないですか。こう生きてるし。”
うん?確かに生きている。
なんで寝ていた間殺せなかったんだ?
それを聞こうと口を開けようとした瞬間、まだ僕の意識は切られた。
どうやらさっきのはセイバーが油断していたからでは無さそうだった。
セイバーの傷が増やしていく。
それはハイドリヒが令呪二つで自分を強化したこと、そしてセイバーがダインスレフの呪いに浸食されていることによるものであった。
ホムンクルスであるハイドリヒが令呪のバックアップを受けるってことは普通の人がそれを使うこととは話が違う。
戦うために造られたホムンクルスが令呪のバックアップによってサーヴァントくらいの力を持つことになったのだ。
それを感じたセイバーはこのままでは負けるかも知れないと思いダインスレフを持ち出した。
その瞬間呪いが自分の心臓を食らおうとするのを感じた。
残った時間は十秒もできないだろう。
しかしダインスレフを持っている時は全身に広がった呪いが魔力を与える。
ならばその間に倒せばいいだけの話しだ。
それこそあっという間にセイバーが飛んで神父に至りそのまま剣を振る。
それを黒鍵で止めるがそのまま黒鍵とその腕さえも壊して、神父さえ切ろうとする。
神父がそれを避けるため後ろに飛んだが、追い詰めるセイバーの方が遥かに早かった。
すぐ腕を治した神父だがセイバーの剣は既にその心臓に刺されていた。
約三秒くらいの時間、その間に神父は心臓を刺されひざまづいたのだ。
しかしセイバーにも問題はあった。
今回で三回目のダインスレフ。
過去の伝説が今ここで再現する。
十秒も過ぎてない時間にダインスレフを手放したけど心臓を狙う呪いは止まらず――
“呪いを避けるのはできないということか。はは、せめて慎一を殺すかも知れない奴は殺したからいいか。”
自分が消えるかも知れないってことを知っていたにも自分のマスターの敵を殺し、結局彼は呪いに全身を食らわれ黒い霧になってその姿を消した。
慎一と話していた織衣は驚いた。
急に慎一が倒れたのだ。
それどころか彼の心臓の周りには服の上でもわかるくらいに黒い魔力の集まりが現れた。
織衣が急いで慎一の体を確認すると、それは死に近い呪いだった。
こんな呪いが発生する原因はたった一つ。
彼女はセイバーを見つめた。
その手には赤黒い剣、ダインスレフが持たされている。
彼女がそれを見たのは三度目。
バーサーカーを倒す時、アーチャーの宝具を止める時、そして今。
その伝説によると三回目その剣を持ち出した時にその呪いは持ち主を食らうという。
結局ハイドリヒを指したセイバーは呪いに食べられるように消え去った。
そしてその瞬間、自分の隣で膨大な魔力が感じられる。
そこにはレイヤスフィールが居た。
しかしその全身には魔力回路が浮いてる。
最後のサーヴァント、セイバーが倒れた今、聖杯の器である彼女の体には英霊七つ分の魔力が流れている。
聖杯戦争の本来の目的である根元の渦に至る道。
それがこの極東の地、冬木市に現れたのだ。
きっと一時間も過ぎない時間に魔術協会と聖堂敎会からこの事実を把握して取り掛かるだろう。
しかしここに居る魔術師たちで根元に興味がある人はいなかった。
むしろ根元に繋がりレイヤスフィールの人格がなくなるのを心配する空小路織衣。
もうこれ以上聖杯に興味がないのか、それとも慎一が心配なのか倒れている慎一に走り出す浅上露。
そしてもう一人、根元よりも自分の存在疑義を知りたがるホムンクルス、ハイドリヒ・フォン・アインツベルン。
心臓を刺されて死んだと思っていた彼が起きる。
ホムンクルスである彼に心臓と言うものはなく、心臓の代わりに魔力のコアが存在する。
そのコアが破壊されたらさすがにホムンクルスでも動かなくなるだろう。
しかし人間ではない彼らには補助の動力源を持つ。
たった何分、魔術師一人殺すのには十分な時間。
レイヤスフィールと織衣に向かって脚を動き出す。
織衣はレイヤスフィールが心配でそれどころではなかった。
彼女の心配でうっかり手を伸ばして、それを止めるためにハイドリヒが走りながら手に持った黒鍵を投げようと腕を振り―――
止まった。
動けなくなった人形はそのまま地面に突っ込まれる。
そして織衣の手がレイヤスフィールに届いた。
それによってなにかが起きたのが光っていたレイヤスフィールの回路はそこ光を失い、それと共に体から力が抜けたように倒れる。
“レイヤ!大丈夫?!”
倒れるレイヤスフィールを支えて織衣が話かけると、気を戻し目覚めた。
そしてぼっと織衣を見つめて口を開ける。
“織衣?”
窓の外には吹雪。
森の大地を凍りつける極寒の夜。
凍りついた地に建てられた古城がある空は真っ暗だった。
漆黒の大気に食われそうな古い城のとある部屋に、城の全てのホムンクルスを集めたものにしては少ない数のホムンクルスがいた。
それだけでもうこの城の主であるアインツベルンが衰退したことを知らせている。
まるで死んだように横になっている彼らを見つめる老人が口を開ける。
“準備は終わった。この時からアインツベルンは聖杯を諦め、長い永眠に入る。”
たった一言。
それで十分だったのか。
老人は目を閉じ、城にある全ての存在が凍ったように動きを止めていた。